40.アイアイさん、俺とつきあって!
「でも、私、年上」
「関係ないっすよ! 俺ね、小笠原に研修に来ている准尉を遠くに見つけて、いっつもときめいていたんですよ。だってすげえクールだし、フライトもクールだし!」
「それで、いつも上空で私に『俺のケツについてこい』て言うの?」
「ですから。それは俺の闘志が燃えている時の口なんですよ。ほんっとに失礼だと思っていたんですけれど、あの泣きぼくろの横顔のアイアイさんがコックピットにいるかと思うとドキドキしちゃって」
海人がやっと動いた。
「って、ユッキー。ほんとうにそんな前から藍子さんを気にしていたのかよ。絶対に嘘だろ。しかも上空で俺のケツってなんだよ!」
海人がつっこむと、イエティの雅幸もいきりたつ。
「嘘じゃねえよっ。でもいつ会えるかわからないから、ちょっと胸の奥に秘めていただけじゃないかよ。こんなチャンス滅多にねえから思い切って申し込んでるんじゃねえかよ」
「藍子さん、本気にしなくていいですからね」
イエティの雅幸はなんだとと怒り出して、弟のブラッキー雅直はずうっとにやにやしている。
「つーかさ、おまえ、俺より後輩だろ。なんでいっつも偉そうなんだよ。御園の坊ちゃんでも上下関係わきまえろよ」
「えー、だってさ。おまえら一度試験落ちちゃって、俺と一緒に海曹になったじゃん。それに入校する前から知っていたじゃんか。ソニックと心優さんの結婚式あたりから、俺の家に平気で遊びにきていたじゃないかよ。父さんも母さんもまだ軍人じゃないおまえらかわいがっていただろ」
へえ、そうなんだ――と、藍子もお偉いさんたちのプライベートなエピソードが次々と出てきて、告白されたことも忘れてしまう。
「それにさ。おまえらさ、初めて小笠原に来た時。なにしたんだっけ」
海人の冷めた視線に、城戸の双子がぐっと食べているものを飲み込めなくなったような慌てた顔になる。
「うちの母親をさ、准将だったのに土下座させたことあるんだろ」
「なにそれ。御園少将が双子のために土下座てこと!?」
「そうなんですよ。この基地に来るなり、滑走路にで・・」
「わー、言うな! それだけは言うな!!」
「それは俺たちの黒歴史でトラウマだから言うな!!」
双子揃ってわーわーと大きな図体で騒ぎ出して、藍子は耳を塞いだ。ほんとうになんて騒がしい双子だろう。竹原氏が『コントロールが大変なんですよ。なにするかわからない子供みたいなものです』と言っていたのをまた思い出す。
「でも滑走路でどうしたの? 気になっちゃうじゃない」
「ですから。無断で滑走路にとび・・」
「やめろーー」
「言うなー」
「えー、滑走路に無断で飛び出しちゃったの! どうして」
「岩国基地の輸送機が上空待機させられちゃったんですよ」
「うそ、信じられない。それでどうしてお母様が土下座に!?」
それでそれでと、藍子が先を促した時、玄関のチャイムが鳴る。
海人と一緒に『あ、来た』と顔を見合わせる。そのまま海人がにやっとしながら、なにも言わずに玄関へと向かった。
海人がいなくなるといまの内にとばかりにイエティが藍子に詰め寄ってきた。
「俺、知っていますよ。藍子さん、フリーでしょ。岩国のジェイブルーの後輩にいっつも探りをいれているんですよ」
「え、そこまでしてくれていたの……」
「そうっすよ! 今度会ったらと思って」
『でも、そういう候補の女の子はあと三人』とブラッキーが何食わぬ顔でカレーを頬張って呟いたので、藍子はイエティを睨んだ。
「いや、ほら、気になる子といつご縁があるかわからないじゃないですか。いまこの時なんですよ」
「断ります。決まった男性がいますので」
「えー、嘘でしょ。そいつ、同じパイロットですか? 俺、雷神のパイロットですよ。コンバットだって八対二まできているんですよ!」
「そういうことではないと思うけど。それにひと目で私だとわからなかったでしょう。それぐらいのことだと思うの」
「だあって、凛々しい制服姿だったからあー」
「ごめんなさい」
藍子がしかめ面できっぱり断ったところで、エプロン姿の海人がその男を連れてきた。
「賑やかだな。お、ユキにナオ。双子も一緒だったのか」
同じく夏の白シャツ黒ネクタイの制服姿でエミリオ少佐が到着。
華やかな大人の男が現れて、イエティとブラッキーがぴきんと背筋が伸びて固まったのが藍子にもわかった。
「お、お疲れ様です。戸塚少佐」
「お疲れ様です。クインさん」
二人がまたびしっと立ち上がって敬礼をした。
「藍子さん、紹介しちゃっていいですよね」
でも。藍子はちょっと戸惑って戸塚少佐を見てしまう。彼はなんのことかわからずに首を傾げていた。
「こちら、エミリオ戸塚さん。藍子さんの恋人です」
海人の突然の紹介内容に、戸塚少佐が面食らった顔。
「は、なんだよ。海人、いきなり。そんなこと言わなくてもいいだろ」
「あいつが藍子さんを口説いていたから」
海人がイエティを指さした。当惑していたエミリオ少佐も『なんだって』と雅幸を鋭く射抜いた。その目がまたサラマンダーのクインの目。戦う男の目で藍子は驚く。
「ナオ、早く食え」
「おう、ここは退散だな」
二人がさっさかと海人のカレーを食べ尽くす、あっという間で藍子が呆然としているとまた敬礼をして立ち上がった。
「失礼致しました」
「ご馳走様、海人。では、俺たちはここで。相棒と恋人同士でどうぞ!」
さっと制服姿の双子が素早く勝手口に向かい、そそくさと出て行ってしまった。
さすがの戸塚少佐も呆気にとられている。
「なんだあれ。別に一緒にいてもいいのに」
「自分より強敵パイロットで格上で上官で大人の男だったから、敵わないと思って退散したんでしょ」
「藍子、ほんとうに口説かれていたのか」
「断りましたよ。他にも候補の女の子が三人いるとナオ君が教えてくれましたし」
戸塚少佐が呆れた顔をした。
「まったく、あいつら、ほんとうに騒がしいな。しかもあんな調子で女の子を漁って大丈夫なのか?」
「いきなり押しかけてきたんですよ。ほんっと昔から遠慮がないっていうか……」
「でもあいつら憎めないんだよな。けっこう手強い機動をするぞ」
「そうなんですよねー。あんなんだけれど、仲間思いで気概があるし、俺もいろいろ助けてもらったことがあって……」
あんなに双子を煙たがっていたのに。なんだかんだ言って、騒がしい双子とお坊っちゃんは良い友人関係のようだった。
「これ。海人に引越祝いな」
「わ、俺が好きな紅茶だ。千歳で飲みきってしまって、まだ買っていなくて恋しかったんですよ。よくご存じでしたね。ありがとうございます!」
「葉月さんもその銘柄、好きだもんな。きっと海人も実家で飲んでいただろうと思ってたんだよ」
海人にもちゃんと引越祝い。ラッピングされている高級な紅茶缶だった。
こういう細やかな気遣いも少佐らしくて藍子も笑む。
「おー、いい匂いだ。海人のビーフカレーは美味いからな」
「ピクルスは藍子さんが作ったんですよ」
「藍子のポトフも、美味いもんな。お父さん直伝でパイロットなのに料理上手だ」
なんなく言いのけたエミリオ少佐を見て、海人が驚いている。
「うわ、既に藍子さんのポトフを食べちゃっているだなんて。いつのまに。二人とも恋人なんかいないって顔していたのに、ほんっとに恋仲らしいことしちゃってたんですね!」
その言葉にエミリオ少佐がちょっと我に返っていて、藍子も『その時はまだ偽の恋人同士だったんだけれどね』と、たまたま食べさせてあげていたことが、心底、海人に信じてもらう話になってしまっていた。
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