28.恋仲と言え


 小笠原に転属したら、官舎でなく民間の借家で住もうと藍子は考えているのだが。


「でも島の住宅事情がわからなくて調べている途中、行ってから検討してもいいかなと思って、とりあえず決めるまで宿舎にいさせてもらう予定」


「俺も実家には戻らないつもりなんですよ。今度は独り暮らしをする予定です。でも住みたい家が実家の住宅地内なんですよね~」


 え、あの、戸塚少佐が住んでいる海辺の住宅地? あそこ素敵だったなあと藍子はそっと思い返している。


「あのあたり、うちの系列の不動産が開発したんですよ。ひとつやふたつ、空いていたら率先して住まわせてくれると思うし、転属で来る隊員優先でも入れてくれるんです。よかったら、俺、一緒に申し込んでおきますよ」


 はあ!? あの海辺の住宅地一帯が、実家系列の会社のもの!? 急にさらっと実家の規模の大きさを呟いたので藍子は絶句する。


「2LDKの平屋でいいですよね。経営している社長の伯父に伝えておきますよ」


「お、伯父さまが? 経営?」


「うーん、伯父さんというより、伯父さんの部下? 資本は海外にあって、俺も良く解らないけれど、御園の資産の経営はそっちの親戚が回してくれているらしくて、本家のうちはどうしてか軍人という職になっちゃっているんですよ」


 藍子は身震いをしてしまう。なにこの子、セレブの子じゃないと驚愕!


「やだ、海人が急に本物の王子様に見えてきた」


「そんな、本物に失礼ですよ。でも、そのうち慣れますよ。ガンさんも最初はいちいち驚いて、俺に遠慮したり俺に配慮しすぎたりして困惑していたけれど、いまじゃ本当に隣のおじさんてかんじですからね」


「隣のお姉ちゃんになれるかしら!?」


「もうなってますよー。岩国にいるうちに、広島風お好み焼きの店に連れて行ってくださいね!」


 ほんとうに『お日様君』だなあと、藍子も笑顔になってしまう。つい最近まで常に重い空気の中にいて鬱々としていたのが嘘のようになってきた。


 春の花が咲き始めたように、軽やかになっていく。


 するとまたメッセージの着信音。先ほどのメッセージの続きらしい。


「まめな人ですね」


「仕事でもまめな感じかな。繊細な仕事ぶりだから」


 どんなカレシですかと不思議そうなお日様君。カレシではないけれど、敬愛しているのは変わらない。いつのまにかそうなっている。


 だが藍子はそのメッセージを見て飛び上がる。




【 もう一点、伝えたいことがある。今日、ウィラード大佐に呼ばれて、藍子と恋仲なのかと聞かれた。『はい、そうです。恋仲です』と返答しておいたからよろしく。そちらも上官に問われると思う。藍子も恋仲と言っておけ 】




 なにこれ!! 藍子はメッセージを凝視する。しかも、いつもの上官口調で切られてる。


 上官から問われた? はい恋仲ですと答えちゃった!? もう頭の中が真っ白に。




「どうしたんですか。カレシから悪いお知らせですか」


 海人も気にして、離れていたのにこちらに近づいてくる。藍子は慌ててスマートフォンをフライトスーツのポケットに隠した。


 そうして心を落ち着けるようにして、海人とデスクへと戻ろうとする。


「午後からのフライト、大丈夫ですか。プライベートには踏み込みませんけど、大変なことなら相棒の俺に伝えてくださいよ」


「うん、大丈夫。ほんとに」


 そちらも上官に問われると思うってなに? どうして? 隊員のプライベートの確認なんていちいちしないはず? なにかあったのかと藍子はデスクに帰ったらなにか言われるのかと構える。


 ジェイブルー飛行隊、パイロットのデスク室へ辿り着いてすぐだった。


 臨時のデスクにいるガンズさんが、二人の帰りを知って手招きをしている。


 岩長少佐のデスクへ海人と向かう。


「藍子。河原田中佐がお呼びだ。部隊長室へ。私も行くよ」


 新しいボスになる少佐は既に、海人同様、名前で呼んでくれる。


 海人が俺は? と親父さんを見た。岩長少佐は戸惑っていた。相棒に知らせる知らせないということなのだろう。


「いや、そうだな……、困ったな。藍子のプライベートのことだから」


 だが藍子は、いずれ伝えなくてはいけないことだろうと相棒にも見届けてもらおうと心を決める。


「サニーも一緒でかまいません」


「そうか? そうだな。海人にも事情を知っておいてもらうか」


 事情とは? ただのプライベート確認ではなさそうだった。




 そのまま部隊長室へと、ガンズさんと海人と一緒に入室。


 中佐のデスクへ向かうと、岩長少佐は河原田中佐の側に、藍子と海人の向かいに控えた。


「ご苦労様……」


 河原田中佐が疲れた溜め息をこぼしている。


 そんな中佐がデスクの上に画像をコピーしたものを藍子へと差し出した。


 そこには玄関先で寄り添っている藍子と戸塚少佐の姿が。やっとわかった。本当に里奈があの撮影した画像を利用して、上官に訴えたんだとわかった。


 さすがに海人もぎょっとしてその画像を見下ろしている。


「え、え。藍子さんのカレシさんって、戸塚少佐だったんですか」


「こら。海人。上官の言葉を待つ」


 ガンズさんの窘めに、海人も藍子から一歩後ろにさがって控えた。


「いまの御園の反応どおりでいいのだな、藍子。この画像が届いた。藍子の官舎の部屋に戸塚が一泊したと聞いている」


 だが藍子も毅然と答える。


「プライベートです。認めなくてはいけないのですか」


 岩長少佐がはらはらしているのが窺えた。


「いや、俺だって藍子にこんなこと聞きたくない。いや……、むしろ。いい男を捕まえたじゃないかと、いや! いまのは個人的な感想で聞かなかったことにしてくれ。そうではなくてだな」


 河原田中佐も戸惑っているようだった。


「この画像が届いたのは小笠原総合基地の本部だ」


 小笠原の本部……? そんなことをしちゃったのかと藍子は気が遠くなりそうになった。

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