27.絶対に男だな🤔
藍子の相棒が御園ジュニアになったことで、岩国ジェイブルー飛行部隊の隊員たちが騒然としていた。
しかも彼らがやってきた翌朝のブリーフィングで、久しぶりに藍子が復帰する報せの際に、河原田部隊長が『岩長少佐は指揮側で、御園海曹は朝田と暫く飛ぶ調整を岩国で行うことになった』と彼らを紹介した。
突然やってきた千歳のジェイブルーパイロット。これから藍子と小笠原の新部隊に転属するという話も話題になり、あの御園ジュニアが暫く岩国基地に滞在するとあって、一緒にカフェテリアで食事をしていても、男性も女性も海人を一目みようとやってくる。
アイアイとカープが破局したことから、藍子だけが小笠原に選ばれたことから、祐也は新人に等しい操縦士と慣れるのに四苦八苦してるせいで怒りっぽくなりイライラしているとか、藍子の新しい相棒が御園ジュニア君だったとかで、もう人の視線がまったく外れない状態になった。
この日も午後のフライト前、海人とランチを取っていると、いくつもの視線を感じてしかたがない。
「大変だね。お母様とお父様がお偉いさんだと。千歳でもこんなかんじだったの」
目の前で和定食を食べている海人に聞いてみる。
「さあ、別に気にしたことはないですね。子供の頃からずっとですから」
さすがお坊っちゃん。慣れていて堂々としている。何くわぬ顔で淡々と食事をしているのだから、藍子は感心するしかない。
「私なんか、ちょっとのことでも気になっちゃう」
「仕事でペアを組んでいたのに、まるで奥さんを挟んで愛人の如くいざこざしたみたいな言われようですもんね」
この子、ほんっとにはっきり言うな――と、藍子は眉をひそめた。しかしかえって気が楽だった。
「確かに、彼女からは愛人を見るような目で見られていたかもね」
「女性らしいですね。でも、きっと新しい相棒君のことも酷い物言いをしていると思いますよ?」
「なんで。男同士になったから安心したと思うんだけれど」
「そんなもんでしょ、藍子さんが女性だったからとか同期生だったからとか、ただのいちゃもんつけたい為の格好の理由だっただけで、今度は新人だ、相性が悪い、また夫の足をひっぱってると言い出しますよ。賭けてもいいですよ。なんとなくそんな匂いがするんですよー」
そんなもんて、なんか藍子より達観した大人みたいな口ぶりで、でも生意気に見えて全然違和感ないのが凄い。さすが坊ちゃんと、藍子は唸るしかない。
若い男の子だから脂っこいものをがっつがつ食べるかと思ったら、食の選び方も繊細。和洋そろっているカフェテリアで彼が好むのはバランスが取れたものばかり。そして意外なのが、食後には必ず甘いものを食べることだった。
その海人がランチ前に基地内コンビニで買ったプリンを頬ばっている時だった。
「ほら、来た」
カフェテリアの入口、向こうに祐也と新人君のペアが見えた。あちらは午前のシフトを終えて上空から帰投、いまからランチのようだった。
「さて。ご馳走様ー」
プリンを食べ終わった海人が定食トレイを片手に立ち上がった。
藍子も既に食べ終わっていたので一緒に席を立つ。共に食器返却口へ向かう。
目の前をすらりとした体型で堂々と歩く海人。彼が向かう先を知って、藍子は自分だけ回れ右をして逃げたくなる。
そこにいまからトレイを手に取ろうとしている祐也と新人君がいたからだった。
このブラックお坊っちゃんめ、ワザとでしょ、ワザと!! そう言いたくなるような、海人からの接近だった。
「お疲れ様です。斉藤准尉、今日の上空はいかがでしたか」
余裕の笑みで海人が祐也に話しかけた。祐也の後ろに控えている新人君が、藍子と海人を見てお辞儀をしてくれる。でも祐也は強ばった表情、明らかに海人からの接触に戸惑っている。
「春特有の強い気流はあったが、晴天で特になにもなかった」
「そうですか。ありがとうございます。北国のサハリン付近や国後沖の上空と対馬沖の上空はだいぶ違うみたいなので戸惑っています」
「そうなんだ。お疲れ様」
そっけない態度で答えると、大人しくひっついているだけの新人君に目線で促して離れていった。
「冷たいですね。元カノを取った男扱いかな、俺って」
「またそういう例え方して面白がらないの」
「こうして普通に接していたほうが、人の目から見ても『大丈夫なんだ』と見てもらえるでしょ」
なかなか勇気があるのは彼が常に人目にさらされてきたからなのか。藍子は唸る。
そんな時、スマートフォンから通知音。きっとクインさんだと、藍子は海人と歩きながら確認してしまう。
「歩きスマホ、叱られますよ」
「じゃあ、先に行っていいよ。ここで止まって見ているから」
ほらクインさんだ。藍子はつい頬を緩めた。
【 お疲れ、元気か。こちらでも聞いた。御園家の海人とペアになるんだってな。驚いたよ。だがいい相棒が見つかって安心した。海人は若いが有望なパイロットだ 】
そうなの、突然だったの。こちらからまだ伝えられないことだったが、アグレッサーには伝わっているようだった。
【 俺も同じ住宅地に住んでいるので、海人が御園の実家に帰省した時にはよく話す。こちらに一緒に転属してくる日を楽しみにしている 】
あの住宅地にはけっこう軍人が住んでいて、元々はあそこに御園家が住み始めたのがキッカケだと聞いている。
「絶対に男だな」
先に行っていいよと伝えたのに、結局、少し離れたところで壁に背をもたれて海人が待っていた。
「プライベートだからね。教えない」
「通知音が鳴って、メッセージを確認するたびにニヤニヤしている」
「自覚しています」
「そうして女性の顔もするんですね」
藍子はドキリとする。でも恋人のふりだから、そんな素振りでいいよね……、いや、もう恋人のふりは必要なくなったのに。そうだった。小笠原に転属したらお別れしなくちゃ。違う。元々お別れするような付き合いでもないと我に返った。
「ところで藍子さん。小笠原に転属するにあたって、住居は決めましたか」
「あー、うん。もうこの歳だから基地の寄宿舎暮らしをするつもりはないの。自炊もしたいから。だからって官舎も躊躇うんだよね~。あそこはやっぱり家庭ある人の住まいだよ。いよいよ民間の借家かな」
奥様たちの目線が気になってしかたがなかった三年間、祐也が結婚してから住み心地が変わってしまった。
ただ。ここのところ、恐らく戸塚少佐が藍子の家に泊まった後から、若い奥様たちの態度が変わったのを肌で感じていた。
いままで目も合わせてくれなくて素っ気なかった若奥様たちが、階下の郵便ポストやゴミ捨て場などで会うと藍子に『おはようございます』、『暖かくなりましたね』、『桜が咲きましたね』と挨拶をしてくれるようになった。
三年前はそれが当たり前だったのに、彼女たちが小さな子供や赤ちゃんがいる家庭のため、里奈が出産してからよそよそしくなった。
それはしかたがないことかもしれなかった。若い彼女たちの夫もまた若く、里奈の夫である祐也はパイロットでもあって上官でもあった。子供のため、官舎で付き合いやすくするための妻たちの付き合いの苦労は藍子もよくわかっている。彼女たちがそれで官舎で暮らしやすくなるなら、独身で基地で働いているだけの藍子は冷たくされてもかまわないと思っていた。
それがここ半月ほどで元に戻った気がする。そこで感じたのは、家庭で夫とどのような話をしたかだった。そして、里奈や祐也の家庭がどう見られるようになったかだった。
藍子は海人を見る。この子と一緒にいることで気にくわないという女の子は現れそうだけれど、この子は御園家の長男だからおいそれトラブルを起こすようなことはしないだろうし、その前に上層部から除去されてしまいそうなほどのガードがありそうだった。上官たちのお目付が厳しくて、女の子も安易に近寄れない雰囲気。一緒にいれば逆に安全なのかもしれない。
もう官舎は離れたい。いよいよ民間で借家をしなくてはならないかと考えていた。
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