24.さよなら、相棒


 藍子もやっと我に返る。


「あの、どうやって私とその片方になってしまった隊員を組ませることになったのですか」


「研修後にペアを解消した合格者がいたそうだ。片方は他の業務へ異動することになり、片方は小笠原が欲しがっていてペアを探してなんとか来させようとしている」


 そんな片割れの一人でも欲しいとスカウト側の小笠原に思わせる隊員ということらしい。そんな優秀そうなパイロットと組まされるだなんて、藍子も不安になってくる。


「小笠原のジェイブルー新設担当の本部が、その相棒を探していたところに、岩国のペアを組み替えて欲しいという希望。あちらのパイロットも上官も、岩国のペアが解消するのであればアイアイを是非と選んだそうだ。小笠原側も了承している」


「ですが、斉藤と一緒に行けるのなら、そのほうが慣れていて業務上は問題がないと思うのですけれど」


 藍子の問いにも、河原田中佐は致し方ない笑みを浮かべるだけ。


「実力とキャリアでいうと、あちらのペアが上と小笠原が見なしている。欲しいのは岩国のおまえたちよりも、そちらのペアなんだそうだ。だから片割れになっても手放さない。そのパイロットの相手だけを望んでいる。その彼はデータ担当だ、操縦担当を探している。それも朝田だけを選んだ理由だ」


 ペアを組み替えて欲しいなんて言い出さなければ。要らないなんて結果にはならなかったのではないか。それもひとつの方法とよく考えもせずに祐也の提案を承知してしまったことを藍子は後悔した。


 あらためて小笠原からの通知を差し向けられた。そこにはいつまでに意思確認の返答を待つとある。


「朝田。行ってくれるな。いや、行け。おまえのパイロットとしてのチャンスだ。それとも女として生きる道を少しは考えて、小笠原へ行く道に躊躇いもあったか?」


 藍子は首を振った。


「いえ、女の道はいまは考えられませんでした。それならば、まだパイロットとして頑張りたいと思っています」


「では。行く決意ということでいいな」


 そこですぐには頷けなかった。まだ飲み込めないからだ。あまりにも状況が変わりすぎる。そして藍子は祐也を見る。ついこの間まで、この彼しか見えないほどに一緒に空を飛んでいたのだ。まさかペア解消の覚悟をしたとたんに、こんなすぐに訪れることとは思っていなかった。


「斉藤にはすぐに新しい相棒を見つける。藍子を引き抜く以上、小笠原からも候補をピックアップしてくれるとのことだ」


「俺とその片方になってしまったパイロットでは駄目なんですか。俺は操縦も出来ます」


 祐也もまだ諦めていない。


「小笠原本部もその片方になった彼も、その彼の上官も、この前の研修でアグレッサー相手に回避を決めたアイアイの機動を記録動画で見たそうだ。それが決め手だったそうだ」


「俺も、操縦の訓練はしてきました。ただ、俺もデータの腕をあげたかったから!」


「だが今回は決め手となる実証をアイアイが持っていた。その時の縁というものもある。藍子にとって藍子がやってきたことでその縁を引き寄せた。それだけだ」


 どうあっても覆らない残念な結果に、祐也が『くそ』といきり立った。


 河原田中佐も良いキャリアアップの話だったはずなのに、残念な結果になってしまい決まりが悪いらしい。


「そもそも、どうしてペアを組み替えたいということになったのか。まずそれが、いい結果と運と縁を逃した原因だと思わないか。あの希望がなければ、今頃は小笠原に二人揃って行けていただろう?」


 そうだ。里奈のことで危うくても、いままで一緒にやってこられた。今回も危うい関係性でも小笠原に行くことはできたはずだった。藍子もあの時、ペアを組み替えられるのなら一緒に行けるのかと思ったことを悔いた。


「おまえたちは業務では息のあった良いペアだった。カープが集めてくるデータや撮影した画像に動画は、アイアイの絶妙な操縦と相まって、中央でも重宝されるものだったらしい。だからこそ、小笠原の新設部隊へと期待をされて研修に選ばれた。そして見事にアグレッサー相手の演習にて合格となった。しかし……、それはあの研修までだ。おまえたちが保ていたバランスは転属の話の後、あっけなく崩壊した。まず、何故だ、どうしてペアを組み替えようなどと思いついた。そのことはもう、おまえたちがいちばん解っていて、ずっと悩んできたことなのではないか」


「そ、それは自分の妻が原因ということですか」


 ショックを受けている祐也が、なんとか声を振り絞った。


「里奈さんが悪いなら、それを食い止められなかった斉藤も悪い。俺はそう思う。小笠原から問い合わせがあった。ペアを組み替えたい理由を知りたいと。余程のことがなければ相棒を変えたいなど言い出さないはずだと追及された。私生活に事情があり、ペア持続が難しくなってきていると報告した。里奈さんがどうこうとは伝えていない。だが、それとなく他の部署の隊員から報告を受けていた。おまえの妻は官舎で口さがない様子で夫の仕事相手を罵っていたそうだな」


「しかし日中の妻同士の会話程度で、自分にはまったく……」


「対象は夫の仕事相手だけではなかったようだ。聞き漏れてくる妻たちの会話に不快感を抱いている隊員もいれば、官舎の妻もいた。そして彼女は特に藍子を毛嫌いしていたそうだな。それがいつまで経っても解決が出来ない様子だった。業務上、おまえたち二人は、同期生同窓生として本当に息が合った良いペアだった。業績も上々で岩国の部隊長として期待もしていたし鼻も高かった。そして俺にも責任がある。そんな問題を見過ごしたのも、業績をあげてくれるペアを解消させたくなかったからだ。もっと早く、藍子から詳しく事情を聞き、祐也には妻の行動についてはもっと厳しく指導しておくべきだった」


 『すまない』。部隊長ほどの中佐が、若い隊員に頭を下げる。余程のことだった。


 さらに部隊長が告げた。


「おまえたちはもう元に戻らない。ここが潮時だ。部隊長としても任務遂行の安全のためペア解消を命ずる。小笠原にも私の判断を伝えてある。それ故の朝田のみの引き抜きとなった」


 だからなのか。祐也ももうなにも言わなくなった。そしてそのまま飛び出して行ってしまった。


「祐也!」


「藍子、そっとしておけ」


 中佐にそう言われ、藍子も駆け出しそうだった足が止まる。


「もう一緒には飛べない状態になった。本日のシフトから外す。こんなことになりそうだと、昨夜のうちにシフトは組み替えておいた」


 もう岩国では飛べない? 祐也とも最後? それにも藍子はショックを受ける。


「いえ、彼が落ち着いたら飛べます。ずっと相棒だったんです。最後まで飛べます。転属まで……」


「最後まで、か。やはりな。小笠原に行くということだよな、藍子」


 名前で呼ばれる時は、彼が父親の気持ちで心を砕いてくれている時。だから、藍子もついに答える。


「はい、お願いします」


「わかった。祐也のことは、俺からもう一度、腹を割って話し合ってみる。だがもうペアでのフライトは許可できない。藍子はデスク待機だ。いいな」


 いまの状態で飛ぶのは危ない。部隊長の判断だったから、藍子も素直に頷くしかなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る