25.こんにちは、相棒
デスク待機にはなったが、空を飛んでいるジェイブルー部隊を地上でサポートする業務に追われることになった。
部隊長から小笠原転属への話を聞かされてから暫く。その日も地上勤務だけの業務を終え、夜遅く帰宅。藍子はようやく、戸塚少佐にメッセージを送った。
【 お疲れ様です。やっと心が決まりました。小笠原へ転属します 】
それからすぐだった。スマートフォンから着信メロディ、電話がかかってきてしまった。
「はい、藍子です」
制服のネクタイをほどきながら、ソファーに座って答える。
『藍子、メッセージを見た。そうか、決めたか。新部隊への配属、おめでとう』
「ありがうございます。もうご存じかと思っていました」
『ジェイブルーの新部隊設立については、俺たちアグレッサーの仕事は終わったからな。もう設立に関しては空部隊本部担当になっていて、進捗などはわからない。それに俺もまたアグレッサーの演習スケジュールが詰まっていて忙しくしていた。メッセージも少なめでごめんな』
いえいえ、もう。だから、どうしてそう恋人に気にするようなことを本当に気にしちゃうのとまた妙な錯覚に陥りそうになるが、藍子はなんとか正しい思考になるよう努める。
「でも、ちょっと思っていた結果と違っていて、戸惑っています。結局、斉藤とは一緒に行くことが出来ませんでした」
『カープは行かないことになったのか。やはり、藍子と一緒に業務をすることを妻が許さなかったのか。俺という恋人がいても』
そう、彼らが望んだとおりに『夫が恋愛対象にならないよう相手を見つけて欲しい。妻が不安にならないよう相手を見つけて欲しい』を叶えても、効果はなかった。
「ごめんなさい。まだ新設前で、私からも詳しくお話できない情報があって……」
『そうだな。そこはかまわない。お互いに部署の機密を持っている。また話せるようになったら聞かせてもらう。こっちでもそのうちに情報が流れてくるだろうしな』
「本当にご迷惑おかけしました。少佐がわざわざ来てくれて、あんなことまでしてくれたのに、彼らとは修復できませんでした」
『藍子にもう一度会いたかったし、宮島にも行きたかった。藍子のキャリアも潰したくなかった。それだけだ』
それだけと言われても、まだ恋人同士みたいな言い方をされてしまい、藍子の胸が痛んだ。
「これでもう……、恋人の意味もなくなりますね。ありがとうございました」
『とは言ってもな。すぐに別れたと噂されるのも嫌だろ』
「かまいませんよ。戸塚少佐がふったとでも言ってください。それが自然です」
『馬鹿だな。そこは女の藍子が傷つかないように、藍子が俺をふったことにしろ。あー、いけすかない意地悪な男だったと言いふらしてもいいぞ』
「そんなことしたら、何様のつもりって女の子たちに叩かれちゃいますよ! もうこれ以上、女性に睨まれて揉めるのは嫌です」
『めんどくさいな。だったら、もう暫く継続だ。いいな!』
「え、ちょっと、でも、それは」
『小笠原で待っている。帰ってきたばかりだろ。ゆっくり休め。もう切るな、グッナイ!』
本当にぷつりと切られた。
「もう、」
まだ恋人のふり、継続になってしまった。
でも小笠原に転属したら、ケジメをつけなくてはと思っている。
ネクタイをほどいただけの制服姿のまま、藍子はソファーに深く座り込んで、持っているままのスマートフォンを眺める。
アルバムアプリを開いて、宮島散策の写真を眺めてしまう。
最近、こうしてこの散策の写真を見るのが癒しになっていた。ただのエミリオを見られるのも楽しいが、彼が撮ってくれた自分の写真も良く眺めている。
不思議だった。とても綺麗に撮ってくれている。それも自然な藍子の表情を。海を見つめているだけの藍子、鹿に笑いかける藍子、枝先の春の花をつまむ藍子、あなごめしを頬張る藍子、そしてかわいい雑貨をみつめている藍子。たくさんの藍子。
自分のことを、綺麗だとかかわいいと思えるのは初めてだった。
そんな目線で撮ってくれたのかと思うと、嬉しくて、でも、やっぱり彼は大人の慣れた男性、彼にとってはどんな女性でも、そうして見ることが出来る当たり前の目線なのかもしれないと期待しないようにしていた。
それでも、少しずつ自分に自信が持てるようになっている。そんな気がしている。
春の夜風が心地よく、つい最近まで心が毎日毎晩淀んでいたのに、いまは静かだった。
空も数日ほど飛んでいない。祐也には新しい相棒が出来た。河原田中佐が新人の操縦士を見つけてきたらしい。
祐也は空を飛んでいるのに、藍子は地上待機。そして転属の準備を始めていた。
―◆・◆・◆・◆・◆―
桜が咲き始めた頃、転属の日程も決まり、まだデスク業務をしていた藍子を、河原田中佐が部隊長デスクにくるようにと呼び出した。
地上勤務を続けているため、その日の藍子は紺の冬制服、パンツスタイル。その出で立ちで向かった。
「失礼致します。朝田です」
部隊長室のドアをノックすると『どうぞ』と部隊長の声が聞こえため、藍子もドアを開ける。
小笠原の転属について細かな打ち合わせをするようになっていたので、こうして呼ばれるのは近頃よくあることだった。
そう思って気楽にドアを開けると、青いフライトスーツ姿の二人。藍子の動きが一時静止する、その二人がどんな男たちか知っているから。
「お久しぶり、朝田准尉」
ガンズこと岩長少佐と、
「研修ではお疲れ様でした」
栗毛の青年、御園ジュニアの二人だった。
二人揃って椅子から立ち上がると、藍子へと一礼をしてくれる。
どうして千歳組のふたりが? 藍子も『いらっしゃいませ』と挨拶をしながら二人のそばへ行くと、向かい合って座っていた河原田中佐が隣に座るようにと促した。
「先ほど、千歳からジェイブルーに乗って来てくれた」
だから二人ともフライトスーツを着ている姿だということらしい。
その部隊長がいきなり藍子に告げた。
「朝田、しばらく空を飛んでいないからなまってしまいそうだろう。どうだ、サニーと飛んでみないか」
え! なに言いだしたの? 相棒を失った藍子を気にしてわざわざ千歳から来てくれた? 訳もわからず言葉にならず、藍子はただ目を丸くし部隊長を見るしかできない。
「よろしくお願いします。アイアイさん」
サニーこと、御園海人二等海曹はまったく動じていない。
「ですけれど。岩長少佐はどうされるのですか。それにここは岩国で、千歳での業務はどうなってしまうのですか」
藍子の戸惑いを見て、向かい側にいる親子のような千歳ペアが顔を見合わせた。
「朝田准尉、君の小笠原での新しい相棒はこの海人だ」
岩長少佐が告げたことに、藍子は絶句する。
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