8.彼はヒール、悪役
訓練可能区域に指定されている海上まで到着。
小笠原での訓練と研修は一年に数回あるため、初めてではない。
その空域に到着した時点で、管制から無線が届く。
『ジェイブルー105、ただいまより訓練開始とする。飛来してきたアグレッサーの機体については、敵機か味方機であるかは目視で判断、あるいは管制からの指定と指示にて判断するように』
管制指令のコールサインは『スコーピオン』、ウィラード大佐が管制で指揮をしているため、彼の元タックネームを利用している。アグレッサー訓練担当の官制員と行うとの通信に、藍子と祐也は揃って『ラジャー』と返答する。
『開始』
スコーピオン大佐のクールな声に、藍子は操縦桿を握りしめる。
まだ機影は見えない。レーダーには遠く四機を確認。二機と二機に別れて、離れた位置で飛行をしている。
「さっき離陸していたネイビーイエローとカーキーイエローの四機だな。エレメントで別れて飛行している」
隊長機のスプリンター、相棒のバレット。戸塚少佐のクインと相棒のシルバー。彼らがどのような役割を持っているのかはまだわからない。
しかし彼らは設定空域ギリギリを飛行していて、『ここがADIZ』と設定している位置を飛行している。
「どっちが敵機役かな。スプリンターとバレットだったら一気に撃墜されて、減点10だぞ。それとも四機とも敵機か」
「でも離れて飛んでいる。どちらか二機が敵機で、どちらかが味方機なのかも」
「藍子、ADIZ設定空域に入ってきた。ネイビーイエロー二機だけ」
『こちら訓練管制スコーピオン。ADIZに2機確認。ジェイブルー105に追跡指令――』
いつも業務飛行でそうしているように、管制から追跡の指示が出た。これぐらいのことは普通のこと、藍子は『ラジャー』と返答し、レーダーに見える『領空に近づこうとしている四機』がいる位置へ機体を旋回させる。
追跡指令にて管制が指示した空域に到着するが、そこには見慣れたサラマンダーの機体が二機。ネイビーイエローの迷彩柄、最強のコンビがいるのを確認。
「目視確認、機体番号確認できず」
あんなダークな濃紺に反対色の強烈な黄色、そこに訓練用の機体番号をペイントさせている。コードがあるから訓練の時はそれを撮影することになっている。
ここからは祐也の仕事。彼の仕事を助けるために、藍子は少しずつ機体をサラマンダーの機体へと接近する。
機体番号は尾翼に示されているため『TAIL NUMBER』とも呼ばれている。その番号を撮影し、映像から拾った番号をデータベースが解析するというシステムをジェイブルーは持っている。
「だめだ。めちゃくちゃ分かり難いところに、訓練用TAIL NUMBERのコードを貼られている。迷彩のペイントも濃くてカメラが判別できない」
「もう少し接近する」
「気をつけろ。あまり近づくとあの二機には一気に接触されて撃ち落とされるぞ」
持ち点は20点、撃ち落とされたら10点、他の減点をされたらもう数点しか残らないだろう。その恐怖もあって、藍子も慎重に近づく。
だがあちらはこちらの機影もはっきり見えているはずなのに無関心とばかりにただまっすぐ飛んでいるだけ。
「クインさんとシルバーさんはどこだ」
「まだ遠くにいる。でも彼らもこちらに接近している」
「どっちなんだ。スクランブル指令が出た時に駆けつけてくる味方機なのか……、それとも……」
判断しかねる位置にいる。
『ジェイブルー105、解析情報未達。至急、不明機のデータを送信するように』
滅多にない指示が来てしまった。
「くそ。実務でもこんな分かり難いことないぞ」
わざとだ。藍子もきっと祐也もそう思っている。解析しにくい機体に施して、こちらの仕事をやりにくいように持ち込まれている。
これで恐らく減点だ。速やかな情報収集と解析と送信。これを怠ったらこちらも減点対象だと資料に明記されていたから。
「もっと接近してみる」
焦りが、徐々に通常では犯さない判断ミスを誘い込む。祐也も止めない、藍子も止まらない。
『ジェイブルー105、対国のADIZと予測される空域に到達している』
しまった。まだ侵犯ではないが、今度は対国が警戒しスクランブル指令を出すだろうと予測されている指定空域に入っている。
「本国と対国が指定しているADIZのめちゃくちゃ狭い空域に誘い込まれているぞ、藍子」
「私たちが侵犯するまで何分の空域?」
「五分だ」
あと五分、サラマンダー側に近づくとジェイブルー105があちらの領空に接触してしまう。
この時点で藍子は悟った。実務でもほとんどあり得ない状況だが『あちらの領空に誘い込まれている』、つまり『やはり侵犯をやりそうな状況に追い込まれる訓練』だと。
ここからは混乱を極めた。
『ジェイブルー105、解析不可の場合は撤退をするように』
これも実務ではよくある指示だった。ただ困ったことに、この訓練では『解析不能、情報が得られなかった場合』も減点対象。
「藍子、撤退しよう。ムリだ。きっとワザと解析しにくい状況にしている」
「でも減点されるよ。あともう少し接近してみよう、これで最後……」
祐也も止めなかった。彼もこの減点がなにを自分たちペアにもたらされるかわからないから、それは避けたいのだろう。
だがこれも間違いだった。藍子が最後にサラマンダーのスプリンターとバレットの先輩二機に接近を試みたその時。
『ADIZにさらに二機確認』
管制からの報告に、藍子は青ざめる。それは祐也も。
「やられた! クインとシルバーの二機も敵機役だぞ。藍子、撤退だ。これ以上は危険だ!」
「わかった!」
こんな危険な空域でサラマンダーの四機に囲まれたら中等連絡機のジェイブルーなんてひとたまりもない。
だが遅かった。藍子が操縦桿を握って旋回をしたそこに、カーキーイエローの迷彩機、クインとシルバーがいた。
右に最強のコンビ、スプリンターにバレット。左にはその二機に次ぐ中堅パイロットのクインとシルバー。四機に囲まれてしまった。
『スクランブル指令』
管制からの指令にほっとする。いまから戦闘機部隊が飛来してくる。それまでに持ちこたえねばならない。
「藍子、報告しろ」
はっと我に返り、藍子は管制に告げる。
「こちらジェイブルー105、対国機四機に囲まれている」
『了解。戦闘機部隊が到着するまでそのまま維持を』
「ラジャー」
「スクランブル部隊が到着するまで何分だ。俺たちこのまま囲まれていたら少しずつ押されて、あと数分で侵犯目の前の空域につれていかれる」
さらに藍子は息を呑む。距離を取っていたサラマンダーの四機が少しずつ距離を縮めてきた。しかも戸塚少佐のクイン機が真横にぴったりとついてくる。
少し斜め右上にはネイビーイエローのバレット、鈴木少佐の機体が、右真横には飛行隊長のスプリンターが、左斜め下には戸塚少佐の相棒、シルバー機が進行方向となる空間を塞いできた。
「どこにも旋回できない状態にされたぞ、藍子」
「大丈夫。こっちは小回りが利く小さめの機体、あっちは大型。隙間が少し有れば抜けられる」
そのラインを藍子は見極めていた。ただ……。そこにわざと滑り込めるように誘い込みのラインとして用意されている気もした。サラマンダーはそういうことも出来る軍団。
それなら上に逃げてちょっとムリな機動でかわすしかないか。藍子は戸塚少佐の機体の斜め上を一応確認する。きっと右側のミニッツキラーの二機を相手に隙をみつけるよりかは、戸塚少佐のコンビのほうに隙をみつけたほうが良さそうだった。
それでも戸塚少佐だってクールで機敏な飛行をする。しかもあっちもこっちも怖いけど、あっちはもっと怖いからまだ格下の少佐のエレメントのほうに隙を見つけるなんて……、サラマンダーを相手にするとどっちが格上で格下でも藍子がさらにさらにさらに格下なのだから敵うわけがないのだ。
その通りにどこの隙もなしに、祐也の予測どおり徐々に徐々に行ってはいけない方向へ連れて行かれている。
「維持なんて悠長なこと言ってられないぞ。藍子、少しずつ対国領空のラインへ押されている」
「こちらジェイブルー105、スクランブル部隊到着まであとどれぐらいですか」
『こちらスコーピオン管制、スクランブル離陸にトラブルあり、先ほど控えの飛行隊を出動させた。あと五分で到着』
さらにあと五分も待たなくてはならない!? もう間に合わない!
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