7.彼らは、ネイビーダークネス


 肩まで伸びている黒髪を藍子はひっつめてひとつに結ぶ。


 本当はショートヘアのほうが好ましいのだけれど、どうしても女らしく見えるものをひとつはもっていたと思って、こうして長めにしてしまっている。幸い、扱いやすい髪質で自然に乾かしてもすこしふわりとクセがつくくらいで手入れはしやすい。


 相棒と一緒に耐Gスーツを身につけたコバルトブルーのフライトスーツ姿で、ヘルメット片手に滑走路へ。


 上空での訓練が始まって四日目、アグレッサーのパイロットたちは最初に顔を見せただけで、彼らにお目にかかれるのは滑走路と飛行している時だけになった。


 それでも滑走路に出ると機体へ向かうサラマンダーのパイロットたちを、遠く見かける。


 そんな中、エミリオ戸塚少佐は遠目でもすぐに見つけられた。濃紺の飛行服に耐Gスーツをまとって、その日もきらめくダークブロンドの姿、カーキーとイエローの迷彩模様が描かれている彼の機体まで歩いていく。


 彼を見かけるといつもあのシャボンとアールグレー、ベルガモット紅茶の匂いを藍子は思い出してしまう。あれメンズトワレのはずなのに、ちょっと甘くていい匂い……。


 そんなエミリオ戸塚少佐も搭乗するサラマンダー4号機へと向かっている。


 今日の彼はどのジェイブルーのペアの演習担当なのだろう。


 アグレッサーのパイロットだけあって、しかも元が横須賀のアクロバットチームのマリンスワローにいただけあって、もの凄く精密な飛行で攻めてくる。


 翼ギリギリに寄せられたり、機体を掠めるように上から下へ降下して脅かされたりヒヤヒヤする。


 それでもいま大陸国の若いパイロットたちはイエティと張り合うだけあって荒っぽい飛行をする者が増えた。戸塚少佐が高度な飛行技術と機動をもって『こんな煽られ方をしても落ち着いて対処できるのか。またどう撮影をして記録が出来るのか』、滅多にない実戦を体験させてくれる。


 特に彼の飛行はブレを感じることが少なく、スワロー出身者だけあって、ピタッピタッと綺麗に動く。そして戦闘能力も素晴らしい。さすがアグレッサーの男だった。


「さて、持ち点はあと20点だったな。侵犯をさせられたらマイナス15点、持ち点残り5点。そうなると明日でお終いかね」


 コックピットへ乗り込む梯子を登る祐也が溜め息をついた。


 藍子は相棒が登っていくジェイブルーカラーの青い機体を見上げる。




 ジェイブルーの『ジェイ』は鳥の『カケス』を意味する。

 カケスは『ジェーイ』と鳴くことから英名では『ジェイ』と名付けられた。


 さらに日本のカケスも海外のカケスも羽に美しい青色がある。その青が『ジェイブルー』と呼ばれている。カケスは物真似が上手い鳥でも知られていた。他の鳥の鳴き声、木こりの音、チェーンソーの音まで真似るという。藍子たちが乗る『ジェイブルー』はそんなカケスの羽と習性からつけられた。


 カケスのように『戦闘機を真似て飛べ』、『カケスのように出現した不明機の情報を取れ』、そんな意味合いが飛行部隊の由来。データ収集に特化するように設計された機体は中等連絡機タイプ、塗装は『ジェイブルー』の美しい青色と褐色ライン、藍子たちの飛行服もコバルトブルーに褐色のラインがある。




 今日もその飛行服と耐Gスーツを着込んで、藍子も祐也に続いてコックピットへ向かう梯子を登る。


 コックピットに乗り込んで整備士と飛行前の最後の動作確認をして、管制の指示を待つ。


 滑走路で待機していると、目の前の滑走路からアグレッサーが四機飛び立っていった。


 目立つ迷彩柄は何種かあるが、本日は濃紺とイエローの迷彩柄が二機、カーキーとイエローの迷彩が二機、離陸していく。その迷彩を見て藍子と祐也は青ざめる。


「マジかよ。ネイビーとイエロー迷彩って、飛行隊長の『スプリンター』とエースの『バレット』だよな。クインさんも飛んでいったぞ」


 瞬殺のミニッツキラーと呼ばれるクライントン中佐と鈴木少佐が飛んでいく。さらに藍子が倦厭している戸塚少佐も飛んでいった。


 きっと今日の訓練相手だ。そう思った。


「やべえ、絶対に今日、侵犯をするかしないかに持って行かれる気がする!!」


「ほんとうね。フレディさんと英太さんに攻められたらひとたまりもないわよ、ただの連絡機の私たちなんか」


 なのに最強のエレメントを空に送ってきた。そこへ藍子たちも今から向かう。


「どっちが敵役で、どっちが駆けつけてくるスクランブル部隊の味方機をやってくれるかだよな。まさか四機とも敵? 考えたくねー!!」


 祐也のそんな叫びを聞きながら、藍子の手元は離陸発進へと動く。


 サラマンダーの機体は、元は『ネイビーホワイト』と呼ばれている雷神飛行部隊と同じ機種だが、もうホワイトとは言えない塗装になっているため『ネイビーダークネス』と呼ばれていた。


 その機体よりジェイブルーはひとまわり小さい。中等連絡機という役割しか持っていない。なのにあんな大きな戦闘機に四機も囲まれたら絶体絶命だ。


 藍子の脳裏に過ぎる。侵犯か殉職か。そのステージを用意された気がした。


『離陸します』


 ジェイブルーも小笠原訓練校の新滑走を真っ青な南の空に機首を上げテイクオフ。


 ジェイブルーのコバルトも美しいが、小笠原の青は多彩で煌めいている。その海上と上空を行く。


「はあ、訓練じゃなければ楽園のフライトなんだけれどなー」


 後部座席に控えている祐也は藍子が機体を上昇させている間に海を見下ろしていた。


 だが藍子は考えている。


 あの点の減らされ方。まるで侵犯か殉職か追い込むような減点だった気がする。


 そうして置かれた状況でどう対処するか、判断するか? もしその状況に追い込まれたらどうする?


 操縦するのは自分だ。そんな緊張感で美しい珊瑚礁はも見えなかった。

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