5.アイアイは、お猿じゃない


 久しぶりに小笠原に帰ってきたジュニアとは、どのパイロットも顔見知りなのか、まるで兄貴か伯父のようにして栗毛のおぼっちゃまを取り囲んでわいわいと賑やかになっていく。


「海人、今夜、御園の家に帰ってくるだろ。俺も、葉月さんも、杏奈も、そうだソニック准将も心優さんも夕食に集まるって言っていたから」


 パイロットたちの憧れ、ソニック!! 城戸准将も!? 声が大きい鈴木少佐の会話から聞き取り、誰もが振り返った。


「いかない。ソニックには会いたいけれど、母親にも杏奈にもそう言っておいてよ。俺は仕事で帰ってきたのであって、帰省したのではないってね」


「はあ、隼人さんと同じこと言うな。てか、おまえ、最近ちょっとオヤジに似てきたぞっ」


「ほらな。父さんはそう言うと思った。ということで、パス。鈴木少佐から伝えてください。お疲れ様でした。明日からよろしくお願い致します」


「えー、なんでだよ! 海人! 兄ちゃんも寂しいだろ!」


「もうこっちもそっちもいい歳だろ、寂しいってなんだよ。俺はもう子供じゃないし、バレットもおじさん」


 彼が鈴木少佐をタックネームで呼んだ。鈴木少佐は雷神時代から『弾丸 バレット』と呼ばれている。


 おじさんってなんだ! なんて、鈴木少佐がいきりたった。若い青年が大人に見えて、大人の鈴木少佐が子供っぽく見るなんて? 藍子は見間違いかと目を擦ってしまう。


 なんだか鈴木少佐も雷神の強靱なエースだったが確か7号機を操縦していた。もしかして、7号機て『年若くて手に負えないやんちゃな男』が乗るって定められているの? イエティの城戸雅幸海曹に似ている気がする? なんて思った。


 鈴木英太少佐は御園家の一員として有名だった。なので御園海人とは長く一緒にこの小笠原で過ごしてきたとかで、兄と弟、あるいは叔父と甥のような関係らしい。


 それでも御園ジュニアは、大きな兄貴に敬礼をするとすっと背を向けて講義室を出て行ってしまった。一緒にいた年配のオジサマも苦笑いを見せ、アグレッサーのパイロットに一礼をして青年に付き添って出て行く。


「藍子、俺たちも行こう」


 祐也の声に藍子も頷き、席を立つ。


 他のジェイブルーパイロットたちもペアの相棒と一緒に資料を眺めながら、気になることを話し合っているようだった。


「俺と藍子は宿舎が別だから、どこかで話し合おう。カフェテリアがいいよな」


「そうね。この減点方式、すごく気になる」


「俺もだ。なんの意図があるのか考えてみて、明日からの訓練のイメージと方向性を確認しておこう」


 祐也と一緒に講義室を出たドアのそば、そこに濃いブロンドの男が立っていた。


「ハイ、アイアイ。モンキーちゃん、今回も遠い広島からいらっしゃい」


 エミリオ戸塚だった。にやりとした意地悪い笑みを見せ、藍子を見下ろしている。それだけでムカツクのに、またモンキーと言った!


「岩国は山口県です。広島ではありません」


 藍子の切り返しにも彼は動じていない。むしろ面白そうにさらににんまりと微笑んだ。


「知ってる。アイアイはやっぱその顔がいいな」


 はあ? ワザとワザと私をムッとした顔にしたくてからかっているの? ますます藍子は目をつり上げたくなった。


 しかし藍子は准尉だが、あちらはさらにさらにさらに上官の少佐。あまり口答えが出来ない。


 なのに、彼の美しい顔が男らしく引き締まった。藍子が手に広げながら眺めていた資料へと、少佐の視線も落ちていく。


「あんまり気張るなよ。いつも通りに飛べ。それだけだ」


 濃いブロンドは光加減で明るい色になったりクールな色になったり、そして不思議な翠色の眼。その目元が凛々しく藍子を見つめていた。


 彼が着ている飛行服は黒に近い濃紺、袖には真っ黄色の炎の中にいる火蜥蜴のイラスト、サラマンダーのワッペンが飛行服に映えている。


 足も腕も長くて、確かに戸塚少佐は日本人の血をひくけれど、美しく見える。しかも男らしい匂いとシャボンとアールグレーのような清々しい匂いもする、会うたびに。


「あの、減点法になにか意味があるのですか」


 彼がパイロットの顔になったから、藍子も思わず尋ねてしまった。アグレッサーなら『どう訓練するか』そのテーマと主旨を知っているはず。


「さあ。俺たちは部長が『こう飛べ、やれ』と言ったとおりの仮想敵を演じるだけ。アイアイ、酷く自信のなさそうな顔をしていたな。らしくない、動揺するんじゃない」


 そりゃこんな意味のわからない研修に呼ばれたら深く考えもする。


「減点なんか気にするな」


 戸塚少佐はそれだけ言うとふっと去っていく。その背中も美しかった。濃紺の飛行服に、ブロンドとサラマンダーの黄色ワッペンのコントラスト。均等が取れたスタイルに大人の男の匂い。藍子より少し大人の……。確かに、美しいし、かっこいい。それだけに近寄りがたくもある。


 藍子のそばで黙っていた祐也はただただ恐縮している。どうも男性同士になると、年齢も階級も上だと無言になってしまうらしい。


「はあ、歩くだけですげえ色気ふりまいてんな、クインさん。おまえ、戸塚少佐に気に入られているだろ。やっぱりな。おまえはそうして男を引き寄せるんだよ」


「やめてよ。あんな目立つ人と一緒にいたらそこらじゅうの女性隊員たちに睨まれて面倒でしょ。私が女で操縦をしているからからかいたいだけなんだって」


 会うたびにさきほどのようなからかいを受ける。

『知ってるか。アイアイて猿はな。素晴らしく恐ろしい顔をしているんだ。現地では悪魔の使いなんだ』

『猿のアイアイが由来でじゃないです! 朝田藍子という名を岩国の上官が間違えて 《アイダアイコ 》と呼んじゃってアイアイみたいな名前だなと言いだしたのがキッカケです!』

――なんて、やりとりをしたことも。


 しかも演習訓練で空を飛ぶと、彼は藍子が操縦する機体に接近し容赦なく煽り、からかうように焦らしたその後、手加減なしに追い込んでいく。他のパイロットより焦らし方が酷い。ひと思いにやってくれたらいいのに、焦らして藍子が操縦に困惑しているその時間を楽しんでいるようにも見えて、空の上でも『嫌なヤツ』だった。


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