4.連隊長の息子 御園家のお坊ちゃま
全国各地、各管轄から選ばれてきた十組だけの『ジェイブルー』パイロットたち。
指揮本部長になるウィラード大佐が簡単に主旨を説明した。
「各管轄にて追跡任務をしている諸君の中から十組選抜した。詳細はまだ伏せるが、この十組でアグレッサーと訓練をしてもらう」
詳細は伏せる? 藍子と祐也は顔を見合わせ、互いに眉をひそめた。
伏せると言うことは『知られたくない主旨がある』と藍子は判断した。やっぱりマイナス要素があって選ばれたのか。そう思うと落ち込む。
自分が女性パイロットで操縦担当だから? しかし他のジェイブルーのバディのほとんどが操縦担当は男性。しかもベテランぽい人がいる。そんな先輩にもなにか支障があって呼ばれている? そうは思えない。
特にあの人……。藍子はその白髪まじりの男性をそっと見てみる。彼の隣にいる相棒はとても若い青年。栗毛の……。あれ、どこかで見たことがあるかも、と藍子は首を傾げた。
藍子の視線に気がついた祐也が同じ方向を見てギョッとした顔になり、私語はできないので、筆談でノートに書いてきた。
【 マジかよ。栗毛のほう、御園のジュニア!!】
藍子もギョッとして、また振り向いてしまう。白髪交じりのベテランオジサマの相棒は、あのミセスの息子!
ミセス御園はつい最近までこの小笠原訓練校の初代校長を務めていた。まだ女性が戦闘機パイロットになり始めた頃の一人で、小笠原基地の礎を築いてきた幹部の一人、指揮官として空母の艦長も務めてきた女性。ミセス准将と呼ばれた後、ミセス校長、そして今はこの小笠原基地の連隊長に就任。司令の一人になっている。つまり!
【 小笠原連隊長の息子だ。そんな御曹司まで選ばれている。なにかありそうだな 】
祐也の筆談に藍子は頷く。
「それでは資料を配る。そこに今回のジェイブルーメンバーも掲載しているため、自己紹介は省く」
ウィラード大佐の補佐官が資料を配付し、藍子はさっそくメンバー記載のページを確認する。
あった。『千歳基地 御園海人』とある。本当に連隊長の息子だった。
確かに、ちらっと見てもエミリオ戸塚のように、日本人とは違う顔つきで彼も人目を引く。母親の面影がある。
ミセスの息子もパイロットになったという噂は聞いていたが、パイロット候補生から実務へと移ったばかりの時期のせいか、そこの基地のどの航空部隊に配置されたという噂はまだ聞こえてこなかった。
まさか。戦闘機パイロットではなくて、中等連絡機の追跡隊に配属されていただなんて。意外だった。
「明日から実際にアグレッサーと飛んでもらう。まずは『持ち点』を所持した状態で、訓練の中での飛行状態にて減点をしていく。加点はない。あくまで減点方式でどのような結果をペアで打ち出すかを見させてもらう」
減点方式? もうそう聞いただけで藍子は不安になった。なにかをすれば持ち点を減らされるということだった。
「初日にて持ち点は『50点』、そこから十日間の訓練で減点をしていく。減点対象については資料に記載がある。しかしそこにある減点対象の飛行や機動はあくまで目安であって、こちら指揮側の判断で内密に採点する項目もある。どれだけ減点したかは翌朝のブリーフィングで通知する」
減点方式の訓練をするということらしい。
藍子も祐也も、ほかのジェイブルーパイロットも資料を黙々と読み込んでいる。
いちばんの減点対象は『侵犯行為』、訓練で定められた『ここから侵犯』という設定を破ったら、かなりの痛手。
「この三つを気をつけないと。『侵犯で15点』、次が『キルコール、撃墜墜落でマイナス10点』、その次が『領空から外に出ても、対国指定のADIZ侵入のみで留まれば3点』……か」
敵機に撃墜され墜落や殉職するよりも、侵犯のほうが重い減点だった。つまり死ぬより敵国に足を踏み入れるほうが厳罰、重大ということらしい。
50点中の15点がどう響くかはわからないが、最大減点数だから気をつけなくてはならない。
いつものアグレッサーとの研修でも『侵犯をするかしないか』という飛行ケースは訓練内容にある。だが『こういうケースにはこう対応してみよう』という応用編で飛ぶという意識を確認するだけのことで、点数をつけられたことはない。
それをあのアグレッサーと訓練して追い込まれたら、絶対に侵犯をするように持ち込まれると藍子は感じた。
こうして最大減点対象として提示されているからには、アグレッサーにそうなるよう持ち込まれる可能性が大きいということなのだろう。
初日のミーティングは二時間ほどで終了。
「本日はこれまで。各地から遠い小笠原までの移動で疲れていると思う。この後はゆっくり休養をとり、明日からの訓練に備えてくれ」
現場の最高監督の大佐も淡々と指示をするだけ。小笠原基地での過ごし方、研修隊員の時間割などを説明して終わった。
大佐が出て行く。その後にサラマンダーのパイロットたちも立ち上がった。
また。エミリオ戸塚がこちらを見ている。口元がやっぱり『アイアイ、モンキーちゃん』と動いているのがわかって、藍子は顔をそむけて無視をした。
「海人! ひさしぶりだな、おかえり!!」
ひときわ大きな声が響いた。雷神エースだった鈴木少佐だった。しかもサラマンダーのパイロットたちが飛行隊隊長のクライトン中佐を始め、千歳基地からきた栗毛の青年へと『おかえり』、『待っていたぞ』とわっと集まっていく。
栗毛の青年はちっとも嬉しそうな顔をしなかった。
「ただの研修隊員だから、そっとしておいて欲しいんだけれどな」
「なにいってんだよ! おまえが北国の基地に配属になって、こっちになかなか帰省してこられなくなって、みんな寂しそうにしているんだからな。特におまえのママ!」
「ママって言うな。あの人が俺がいないくらいで寂しいわけないだろ。いつだってあっちこっち動きまくっているんだから」
なんとまあ冷たい息子。いやどこの息子もこんなものか。御園家という軍人一家のジュニアでも、よく見る普通の息子らしく見えて藍子もほっとする。
栗毛に琥珀色の眼はきらりとして温かみがあるのに、面差しはクール。声を発した彼を見て、藍子も思った。『どっちの親にも似ている』と。
父親はミセスの夫、御園隼人准将。パイロットたちの飛行データを管理、分析。藍子たちが搭乗する『ジェイブルー』がアクセスする『データベース』を蓄積し管理、構築する工学部署『データ管理部』の管理長を勤めている。
容姿は一目で母親似なのに、声を発すると藍子も研修で何度かお会いした父親の御園管理長にそっくりだと思った。やはり男の子は大人になったら父親に似てくるんだと見入る。
そこで藍子も気がついた。そうか、母親のパイロットという職務と、父親の『飛行データベースを構築する』という職務のどちらも彼は引き継いで『ジェイブルー』への入隊を望んだのかもしれない。
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