1-11.特訓1~

 冒険者ギルドを出た2人は、クーガーに案内され裏通りにある小さな汚い露天商にやってきた。


 どうやら中古品を扱っている露店のようで、並べられている品はどれも汚れている。

 そこから素早くクーガーが品物を選んでいく。


 アルスには皮で出来た小さな盾、スモールシールド、ミヅキには長さの短い槍、ショートスピアをそれぞれ手渡した。


 クーガーは店の親父と二言三言話しをすると代金を銅貨で支払った。


 「あの~代金は」

 「達成報酬から天引きするから気にするな」


 アルスが代金を払おうとすると、クーガーは面倒くさそうに答えた。


 そしてクーガーは無言のまま、幼い二人を連れて街の外へ歩いていった。


 クーガーが連れている漆黒の狼は、アルス達が連れている馬にも興味がないのか振り返りもせず、まるでクーガーの陰のように付き従っている。


 一行は小さな川にかかる橋を渡ったところで、街道を左へ外れ森の近くまでやってきた。


 「一角ネズミを連れてこい」


 クーガーは立ち止まると、漆黒の狼に短く指示を出した。


 すると漆黒の狼は音もなく森へ飛び込んでいく。


 ガサガサ


 ほどなくして、茂みの中から白い角を生やした黒い体毛のネズミが飛び出してきた。

 ネズミと言っても、大きさは子豚ぐらいある。


 「よし二人で倒してみろ」


 クーガーは後ろに下がり、腕組みをして幼い二人を見ている。


 アルスとミヅキの前では、一角ネズミがせわしなく身動きをして逃げ出そうとするが、茂みから現れた漆黒の狼が先回りをしてそれを阻止している。


 「えぃ」


 アルスは右手に持ったショートソードで一角ネズミを攻撃するが、一角ネズミは素早い動きで攻撃をかわすと、たまらず反撃をしてきた。


 「痛い!」


 アルスは一角ネズミが突き出してくる角をかわそうとするが、右足に

角が刺さってしまう。


 「ミヅキ!刺せ」


 クーガーは攻撃を受けたアルスの事に構うことなく、ミヅキに鋭く指示を出す。


 「!」

 「キー」


 慌てて突き出したミヅキの槍が、一角ネズミの脇腹に浅く突き刺さる。


 「アルス、とどめだ!」


 アルスは右足の痛みに耐えて、ショートソードに体重を乗せ、一角ネズミの背中に突き立てた。


 「キーーーー」


 一角ネズミは甲高い声を上げ絶命した。


 「痛ーー」


 一角ネズミの小さなニンジンぐらいある角が、アルスの右ふくらはぎに刺さり、血が流れ出ている。


 ミヅキは慌ててアルスの足元にしゃがみ、角をそっと抜き取る。


 「……ヒール」


 そして神に祈るようにヒール呪文を唱えると、アルスの足は温かい光に包まれ、傷口が閉じていった。


 「ふ~~、ありがとう。ミヅキちゃん」


 『すごい、激痛が引いていく』


 アルスの感じる痛みを、体に同居する俺も一緒に味わっていたのだが、ヒールの効果であっという間に痛みが引いていった。


 アルスはゆっくりと立ち上がり、足の感覚を確かめる。


 「ほぉ~~本当に回復魔法が使えるのだな。それにしてもアルス、お前が左手に持っている物はなんだ?」


 クーガーはミズキを褒めと、アルスに遠回しな指摘をした。

 アルスの視線の先には皮で出来た古ぼけたスモールシールドがあった。


 「いいかアルス、素早い動きの敵と戦うときは、盾で攻撃を受けてから攻撃しろ。それにミヅキ、お前はアルスの斜め後ろにいて、敵が動きを止めたところを突け」


 「わかった」

 「はい」


 幼い二人はクーガーの指示に素直に返事をした。


 「よし次だ」


 …………

 …………

 …………

 …………


 それから、さらに5匹の一角ネズミを二人が倒したところで、休憩となった。


 アルスはもう一度、一角ネズミの攻撃を受けてしまったが、上々な結果だった。

 どうやら、若い2人は呑み込みが早いようだ。


 「あの~、クーガーさん。僕の、いや、とうさんのショートソードになにかあったの?」


 アルスは冒険者ギルドでの事を、言っているのであろう。


 「ん?その剣は北にある大きな街の警備隊の物だ」


 クーガーは腰にあるロングソードの柄に手を添えた。

 そこにはアルスが持つショートソードと同じ模様があった。


 「もしかして、とうさんのことを?」

 「あ~、俺が新米だたころの上官だ。さ、次に移るぞ」


 クーガーは話を打ち切ると、森の中に入っていた。


 森の少し開けたところへやってくると、


 「次はゴブリンだ」


 クーガーがつぶやくと同時に、漆黒の狼は茂みの中に消えていった。


 しばらくたつと茂みの向うが騒がしくなる。


 「グギャ、グギャ」

 「ギィ、ギィー」

 「グガ」


 腰の高さはる茂を、漆黒の狼が大きく飛び越えてくると、それを追うようにして茂みの中から3匹のゴブリンが姿を現した。


 「一匹でいい、二人で倒せ」


 クーガーは幼い二人に告げると同時に、踏み込み左側にいたゴブリンをロングソードで袈裟切りにする。


 そして右側に立っていたゴブリンの首を漆黒の狼が噛み千切った。


 「ごく」


 アルスは、あまりの素早い動きに付いていけず、唾を飲み込む。


 「ほら、くるぞ」


 クーガーが注意するのと同時に、最後のゴブリンがアルスにナイフを向けて襲い掛かってきた。


 「!」


 アルスはスモールシールドでナイフを防ぎ、すぐさまショートソードをゴブリンに叩きつけるが、かわされてしまう。


 さらにゴブリンは横にズレると、アルスの盾にしてミヅキが攻撃出来ないように位置取りをした。


 意外とゴブリンは頭が回るのかもしれない。


 「無暗に攻撃するな」

 「はい」


 クーガーから鋭い指摘が飛ぶ。


 アルスは返事をすると、盾による防御に専念した。


 ゴブリンは2度、3度と続けざまにアルスを攻撃をすると、疲れたのか一瞬動きを止めた。


 隙を見せたゴブリンにアルスのショートソードが肩へ、アルスの背後から飛び出したミヅキのショートスピアが脇腹へ、ほぼ同時に叩き込また。


 「グギャーーーー」

 「よし」


 この後も3人と一匹の狼は、9匹のゴブリンを倒してから帰路についた。


 なお倒した魔物を倒した証拠として、一角ネズミは角、ゴブリンは右耳を剥ぎ取ることも、幼い二人は教わった。


 正直、ゴブリンから耳を剥ぎ取るのは、見ているだけでも気持ち悪かった。


 冒険者ギルドに戻ると、笑顔で受付嬢のシルフィーが迎えてくれた。


 「お疲れさまでした」


 「これ」


 クーガーは、一角ネズミの角とゴブリンの耳が入った袋を笑顔のシルフィーさんに渡した。


 「はい、確かに受け取りました。そのままお待ちください」


 受付嬢は、袋をもって奥に入ると、すぐに報酬をトレーに乗せて戻ってきた。


 「こちらが一角ネズミ討伐とゴブリン討伐の報酬になります。一角ネズミ6匹とゴブリン12匹ですので、合わせて銀貨3枚と銅貨30枚になります。」


 受付嬢は手際よくクーガーに報酬を支払った。


 『出来る女は違うね』


 クーガーは銀貨2枚を掴むと、銀貨1枚と銅貨30枚が乗ったトレーをアルスに押して寄こした。


 「宿はここで取れ。明日の朝、ここに集合だ」


 クーガーは幼い二人に、そう告げると冒険者ギルドを出て行った。


 「うふふ、あんな風ですけど、悪い人じゃないんですよ」


 受付嬢は、笑顔でクーガーに手を振りながら囁いた。


 「あの~宿なんですけど」

 「はい。ブロンズの冒険者さまは、特別に半額の銅貨5枚で一泊できます。しかも朝食付きですよ」


 アルスが尋ねると、受付嬢はニコニコと教えてくれた。


 アルス達は一旦、馬小屋に戻り、馬に乗せた荷物を取ってから教えられた部屋へと向かった。


 アルス達に割り当てられた小さな部屋には、綺麗なシーツが掛けられた小さいベットが二つ置いてあった。


 「ミヅキちゃん、今日は疲れたね」

 「うん。しかも冒険者になっちゃったね」


 ミヅキは嬉しそうに胸に付けた淡く輝くペンダントを眺めている。


 「そうだね。早く強くなってアスカ姉ちゃんを助けに行かないと」

 「うん、明日もがんばろうね」


 2人は一階にある酒場で早めの夕食を済ませると、部屋に戻りそのまま眠りに就いた。


 こうして幼い二人の特訓1日目は終了した。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 特訓2日目。


 朝日が昇り、徐々に外が明るくなっていく。

 幼いアルスとミヅキは、まだ眠そうな目を擦りながら冒険者ギルドの階段を下りていく。


 まだ早朝だというの受付の前は、むさっ苦しい冒険者達で溢れかえっていた。


 掲示板の前にはロープが引かれ、その中で制服を着た受付嬢たちが依頼書を掲示板に張り付けている。


 シルフィーさんもブロンズクラスの掲示板で作業をしているのだが、ブロンズの掲示板が一番量があるにもかかわらず、すでに貼り付け作業は終わりそうだ。


 『さすが出来る女は違う』


 魂だけの存在である俺は、睡眠を必要とせず、睡魔と戦う必要もないことから、気分良く、じっくりと、朝から綺麗なシルフィーさんの姿を堪能している。


 アルスが眠りに落ちると、俺は真っ暗な空間に閉じ込められた状態となり、することも無く朝まで我慢しているのだから、これくらいは許してほしい。


 まぁ、時折聞こええるミヅキの可愛い寝言に、布団をはだけた姿を勝手に想像して、グッと来ているのは内緒だ。


 冒険者達は依頼の紙を張り終わるのを、飢えた野獣のごとく待ち構えていた。


 依頼書が張り終わりロープが引かれると、ゴブリンの群れのように掲示板へと殺到する。


 アルスとミヅキは冒険者たちの怒号に背を向けて、閑散としている酒場へと向かった。


 …………


 ちょうどミヅキが朝食を食べ終わる頃を、見計らったようにクーガーがやって来た。


 「よし、行くぞ」


 クーガーの手には2枚の依頼書があった。


 この日も昨日と同じく、一角ネズミとゴブリンを3人と一匹で退治した。

 ただし倒した魔物の数はちょうど昨日の2倍だ。


 なお、アルスはミヅキに3回も、ヒールを掛けてもらった。


 クーガーは報酬から銀貨3枚をとり、ギルドを出て行った。


 こうして2日目の特訓も、問題なく終了した。

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