1-10.ミゼアの街~
広い平原の中に円形の大きな街、ミゼアがあった。
外敵から守るためだろう、街全体を2mほどの高さがある石壁が囲いっている。
その石壁の向こうには2階建ての石で出来た家々が乱立しているのが見える。
村から続いた踏み固められただけの道は、高さが3mを超える立派な門に飲み込まれている。
大きく開かれた門の両脇には、鉄で出来た鎧を着こみ、手に槍を持った門番が立っていた。
しかし門番は通行人のチェックをすることもなく、ただっ立っているだけで、多くの人々が門を自由に出入りしていた。
アルスとミヅキは門の前で馬を降り、大きな門を見上げていたが、通行人に邪魔だとばかりに肩をぶつけられ、せかされるように門をくぐった。
門をくぐると道は石畳の整備されたものに変わった。
街の大通りは大勢の人が行き交い、活気にあふれていた。
初めて見る街の風景に、村出身の幼い2人はキョロキョロと辺りを見渡していたが、ミヅキが何かを発見したようだ。
「アルスちゃんあれ!」
ミヅキが指さすほうを見ると、ひと際大きな3階建ての建物があった。
その建物の裏には背中合わせに、更に背の高い立派なお屋敷がそびえたっていた。
大きな石造りの建物の入り口には、大きな字で冒険者ギルドと書かれた看板が掲げられている。
軒先には、盾の形をした板がぶら下がっていて、剣と杖の絵が描かれていた。
そういえば、ミヅキは字が読めるようだけれど、アルスは読めるのかな?
人のことを偉そうに言っている俺はどうかというと、なぜか見たことがない形の記号の羅列を、読むこも出来し意味も解る。
そして今頃気が付いたのだが、俺は習たことがない、この世界の言葉を理解できていた。
あまりにも自然と理解できていたので気が付くのが遅れたようだ。
「冒険者ギルドって書いてあるよ。入ってみようよ」
「う、うん」
ミヅキはアルスの手を引っ張り冒険者ギルドへと向かっていく。
「あ、でも馬を盗まれてしまうかも……」
しかし、ミヅキは途中で馬のことに気が付いたようで立ち止また。
「わかった。じゃー僕が中に入ってお願いしてくるよ」
「うん、お願い」
ミヅキは、男らしく即答したアルスを目を輝かせながら見送った。
ミズキの手には2頭の手綱が掴まれている。
アルスが一人で冒険者ギルドの中に入ると、正面には受付のカウンター、左側には食事処、右側には道具や武具を販売する売店があった。
この冒険ギルドは、村長のお屋敷より大きいのではないだろうか。
カウンターには誰も並んでいないが、食事処では昼間だというのにお酒を飲んでいる冒険者で、席が半分ほど埋まっていた。
全員がお酒を飲んでいるところを見ると、食事処というよりは酒場の様だ。
アルスは、どうしていいかわからずに入り口で戸惑っていたが、意を決したのか手を強く握りしめてカウンターへと向かい始めた。
アルスがカウンターに近づくと、奥の部屋から一人の女性が現れた。
銀色の癖毛をショートカットにまとめ、若く凛とした顔立ちで、華奢な女性だ。
「あの~~、ゴ、ゴブリン退治をお願いしたいんだけど……」
「はぁ~、ゴブリン退治ですか」
受付嬢は営業スマイルを浮かべているが、少し困っているようだ。
「早く、アスカお姉ちゃんを助けてほしいんです」
アルスは勢いよく訴え掛けるが、受付嬢は落ち着いたものだった。
もしかしたらよくある話なのかもしれない。
「あのね僕、ゴブリン退治の相場は規模にもよるけど、金貨5枚もするのよ」
「…………」
アルスは銀貨と銅貨が入った袋をカウンターの上に出そうとしていたが、途中で手が止まった。
俺はこの世界に来てから、金貨なるものをまだ見たことがない。
あの小さな村ではきっと、流通していなかったのだろう。
通貨に関する知識をどこかで得る必要がありそうだ。
アルスは項垂れて、入ってきた扉へ向けてトボトボと歩き出すが、諦めきれないのか、途中で向きを変えると、酒場に向かっていった。
一番手間へのテーブルでは、屈強そうな3人の男がカードで遊びながら酒を飲んでいた。
「あの~~」
「あぁ~~ん!?ガキはあっちに行きな」
アルスは勇気を出して話しかけようとしたが、門前払いを食らった。
「はぁ~」
諦めて、再び外へ出ようとしたアルスの目に、他の粗野な冒険者とは違った雰囲気の青年が映った。
青年は軽そうなソフトレーザを着こみ、窓辺のテーブルに一人で座り、もくもくと食事をしている。
足元にはまるで影のように、黒い毛をした立派な体格のオオカミが寝そべっていた。
アルスが青年に近づいていくと、オオカミの耳がピクピクと動き、アルスを一瞥したが、興味がないのか再び眠りに就いてしまった。
「あの~~」
「ん?」
青年は食事をしながら、アルスを見ないまま返事をした。
「あの~、村を襲ったゴブリンを退治してほしいんですけど」
青年は顔を上げっると、遠慮することなくアルスのつま先から頭までに値踏みするような視線を向けた。
「坊主、そのショートソードはどうした?」
「え?とうさんから貰った物だけど」
「ちょっと見せてみな」
アルスが許可するのを待つでもなく、青年は素早くショートソードを奪い取る。
青年はショートソードの刃を確かめた後、握りての部分に巻いてあっる皮ひもを、断りもなく剥がし取ってしまった。
「あっ、ちょっとやめてよ」
アルスは慌ててショートソードを取り返そうとするが、青年に睨まれると引き下がってしまった。
「親父の名前は?」
「クリフ」
青年は名前を聞き、一瞬驚いた顔をしてアルスを見つめたが、すぐに物思いにふける顔になった。
「…そうか。今はどこにいる?」
「死んだよ」
「………」
青年は無言のままショートソードをアルスに返した。
「それでゴブリンのことなんだけど……」
「そうだな。そんなにゴブリン退治をしたいなら自分でしたらどうだ?付いてこい」
青年はいつの間にか食べ終えた食器をそのままに、冒険者ギルドの受付にやってきた。
「おい、シルフィー………さん。…コホン」
カウンターの向こうへ赤い顔をして大声を上げた青年の声は最後のところで小さくなった。
『おや、照れているのかな』
カウンターの奥から先ほどの銀髪をした受付嬢が現れた。
確かに顔はとても整っており、制服の下の色白の体を想像するとグッとくるものがある。
「クーガーさま、何か御用でしょうか」
受付嬢はアルスのことをチラッと見た後、礼儀正しくクーガーと呼ばれた冒険者を接客していく。
「あの、なんだ、え~とだな。この坊主が冒険者になりたいって言うんでな。ほれ」
青年、クーガーは照れながら言うとアルスを前に突き出した。
「え、えーと」
受付嬢の前に来たアルスは、どうしていいか判らずキョロキョロする。
「はぁ~、それではお名前と年齢を教えてください」
何かを察したのか、受付嬢はため息を吐いた後、しかたなく手続きを始めた。
「あ、お前の名前はなんだったけ?」
慌ててクーガーが間に割ってくる。
「アルサスだけど」
「そーそー、アルサスだ。15歳だ」
「???」
クーガーが勝手にアルスの年齢を答えた。
アルスの頭の中は?マークでいっぱいの様だが、これはあれだ。
たぶん規定かなにかで、15歳以上じゃないと冒険者になれないのだろう。
もしかしたらこの世界の成人は15歳からなのかもしれないな。
そして俺はアルスの年齢を知らないが、背格好からして15歳より幼いのではないだろうか、このクーガーにしても見た目はベテランの戦士の様だが、年齢は15、6というところか。
つまりこれは年齢詐称だ。
まぁこの世界には身分証明書もないようだし、そのへんはいい加減なのだろう。
アルスは祭りの時にお酒を飲んでいたしな。
受付嬢はジトーーとクーガーを見た後、手元の羊皮紙にインクを付けた羽ペンでサラサラと記入していく。
「それでは、アルサスさん。クラス(職業)は如何しましょうか。ファイター、クレリック、マジシャン、スカウトなどがありますが」
「そうだな~ファイターでいいんじゃないか?」
アルスの腰から下げているショートソードを見て、クーガーが適当に答えていく。
「最後に出身地を教えてください」
「ほれ」
クーガーが促してくる。
「ダリルの村」
「はい、申請手続きは以上となります。これから冒険者証を作成しますので、しばらくお待ちください」
「あ、あの~」
「なんでしょう?」
アルスがおずおずと尋ねる。
「もう一人、登録をお願いしてもいいですか?」
アルスがミヅキが馬と共に外で待っていることを説明すると、シルフィーさんが馬は冒険者ギルドの裏で、1頭につき銅貨1枚で預かってくれることを教えてくれた。
そしてアルスはミヅキを連れて、もう一度冒険者ギルドに入っていくと、酒を飲んでいる男たちのいやらしい視線が一斉にミヅキに向けられた。
『む、ミヅキをそんな目で見るとはけしからん』
とはいうものの、赤い女袴の腰まであるスリットから垣間見える、白い足は煽情的で男心をくすぐる物があるのも確かだった。
そして同じようにミヅキも15歳の巫女として冒険者登録をすませた。
クレリックの方が一般的なようだが、ミヅキが巫女という名称にこだわったのだ。
ちなみに冒険者への登録料は一人につき銀貨3枚だった。
クーガーが登録料を払おうとしたが、アルスは断り自分で銀貨6枚を支払った。
空腹だった二人はクーガーに連れられ、冒険者証が出来るまで酒場で食事をすることになった。
2人は酒場で一番安い銅貨3枚の食事にした。
食事をしていると、慌てたように受付嬢のシルフィーが現れた。
「あの、すみません。冒険者証の形を聞くのを忘れていました。」
受付嬢は慌ててテーブルの上に見本を並べていく。
「ペンダント型、腕は型、指輪型の3タイプがあります。あとペンダント型や腕輪型を調整して足に着ける方もいらっしゃいまが、いかがしますか?」
見本の冒険者証は銅で出来ていた。
クーガーを見ると、鉄で出来たネックレス型の冒険者証をしていた。
ペンダントトップには青色と灰色が混ざったような宝石の様な石が付いていた。
ミヅキは迷わずペンダント型を選んだが、アルスは悩んだ末、腕輪を選択した。
「ねぁ、アルスちゃん。なんで腕輪にしたの?」
「なんとなくなんだけど、腕輪の方が戦うのに邪魔にならないかな~と」
「あ~、そういう選び方もあるんだね」
「あの~クーガーさん。その狼を触ってもいいですか?」
素早く食事を終えたアルスが、クーガーに尋ねる。
「いいが、噛まれるぞ」
「え!」
すでに床に寝そべっている黒い狼に、手を伸ばしていたアルスは、慌てて手をひっこめた。
ミヅキが食べ終えて、しばらくすると真新しい銅で出来た腕輪とネックレスを持った受付嬢がやってきた。
それぞれの冒険者証には透明な石がはめ込まれていた。
受付嬢は幼い二人の前に、それぞれの銅で出来た冒険者証と、先ほど記入した羊皮紙の登録証を置いていく。
受付嬢はアルスに裁縫で使うようなピンを渡して説明する。
「そのピンを親指に刺して出てきた血を、冒険者証にはまっているクリスタルに垂らした後、そのまま親指で羊皮紙に拇印をしてくだい」
アルスは言われるままに、冒険者証に取り付けられている透明なクリスタルに血を一滴たらす。
するとクリスタルは不思議な色、そう無理して形容するならば虹色だろうか、に変わった。
そして羊皮紙で出来た登録証に血の付いた親指を押し付けると、羊皮紙に黒いインクで書かれている文字が光った後、クリスタルと同じ虹色に変色した。
「とてもきれいな色ですね。初めて見ました」
受付嬢は少し驚きつつも笑顔で教えてくれた。
アルスと同じようにミヅキを親指にピンを刺した後、それぞれに血を付けていく。
ミヅキのクリスタルは、満月のように白くなり、微かに輝いていた。
「まぁ、もしかしてミヅキさんは、月の女神に仕える本物の巫女さまでしたか」
受付嬢の反応から察するに、ミヅキが神聖魔法を使えると思っていなかったようだ。
それとも、この辺りでは月の女神に仕えること自体が珍しいのかもしれない。
2人は嬉しそうに新しい冒険者証を身に着けた。
こうして冒険者登録は無事に終わったのであった。
受付嬢はアルス達を同じテーブルの席に腰を下ろすと、登録証を大事に巻き取り、冒険者の規則について幼い二人に説明を始めた。
途中で、クーガーが逃げ出そうとしたが、受付嬢に素早く襟をつかまれて再び席に座らされた。
説明は長々としたものだったが、要約すると以下の2点となる。
1.冒険者ギルドとの約束を守ること。特に契約は守ること。
2.犯罪を犯さないこと。犯罪を犯すと冒険者の資格は剥奪される。
あと冒険者にはギルドからLVが付けれれる。
LVが10上がるごとに、ブロンズ(銅)→アイアン(鉄)→シルバー(銀)→ゴールド(金)→ミスリル(?)とランクが上がっていく。
ランクが上がると冒険者証の素材も変わる。
そしてクーガーのランクは下から2番目のアイアンということになる。
冒険者ギルドの壁にある掲示板に貼られた依頼書を選んで仕事をこなしていくと冒険者LVがあがり、ランクもあがる仕組みになっている。
さらに掲示板はランクごとに分かれていて、自分よりも上位ランクの掲示板に貼られている依頼は受けることが出来ない。
「以上で説明は終わりです。あとクーガーさま、二人の指導官に任命します。一週間よろしくお願いします。」
受付嬢はすました顔でクーガーに、そう告げた。
「え、まさか本気じゃないよな」
「いえ、ギルドの決定です」
「そんな~」
「もちろん、報酬はギルドからお支払いします」
受付嬢、たしかシルフィーさんだったか。
彼女のしてやったりという表情をみるに、先ほどの年齢詐称への仕返しか、罰みたいなものなのだろう。
「ほら、行くぞ」
クーガーはぶっきらぼうに告げると、席を立って漆黒の狼を伴い掲示板へと向かう。
アルスは慌てて食事代をテーブルに置くとクーガーの後を追った。
「「ふふふ」」
受付嬢とミヅキは微笑み合った。
そしてミヅキは、受付嬢のシルフィーさんに深くお辞儀してから、アルスの後を追った。
クーガーはブロンズクラスの掲示板から2枚の依頼書を剥がすと、先ほどの受付嬢に手渡した。
「じゃーいってくる」
クーガーは、ムッツリと受付嬢に別れを告げ冒険者ギルドを出て行った。
「お気をつけて」
受付嬢は姿勢を正してお辞儀をすると、三人を冒険へ送り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます