1-9.旅立ち~
しばらく馬は走り続けていた。
馬が止まると、アルスは引っ張られて降ろされた。
落ちて行く体を、小さな体が必死に受け止めようとして、一緒に倒れたみたいだ。
少し痛い。
その後、引きずられながら運ばれると、柔らかいところに寝かされた。
アルスが寝てしまっているため、今の俺には外の様子を伺う手段がない。
ただ、運んでくれた相手が非力なことから、ミヅキだと考えて間違えないだろう。
それにしても、先ほどの魔物の襲撃には違和感を覚えた。
まずは襲撃してきた位置と順番だ。
①村の唯一の出口ともいえる、街道の脇にある家を燃やすことで、村人に恐怖をあたえつつ注目を集める。
そこにホブゴブリンの登場だ。
村人はさらに恐怖に陥り、出口とは反対の方向へ逃げだす。
火事とホブゴブリンにより心理的に村の出口が封鎖されたのだ。
②村の反対側は夜の森だ。
夜の森は奴らのテリトリーだ。
それに気が付いた最前列の村人は立ち止まるだろう。
しかし後ろから来た村人は止まらない。
さらに混乱することになる。
③広場を囲む周囲の家々に隠れ潜んでいたゴブリン達が逃げ惑う村人を背後から襲いかかる。
まだ無事な村人が他の道へ進もうとしても、ゴブリンが隠れているかもしれないと足がすくむことで逃走が遅れる。
そう、これで村人は広場に閉じ込められた状態となる。
村は柵で囲われていないので、逃げようと思えばどこからでも逃げることが出来るのだ。
しかしそれを上手く誘導することで包囲したのである。
一人も逃がさないために。
しかも村人のほとんどが非戦闘員である、戦える男たちにしても酒が入った上に、逃げ惑う村人がじゃまで、満足に武器を振ることも出来なかっただろう。
しかし邪悪なゴブリンは周りを気にすることなく武器を振るうだろう。
やつらは味方に武器が当たることすら気にしていない様子だった。
次に襲撃してきた時期だ。
今日は満月で夜目の利くゴブリンにとっては、若干不利であったはず。
しかし今の村には収穫したばかりの大量の穀物と狩りで得られた獲物がある。
さらにほとんどの住人は祭りで広場に集まっている。
普段の夜であったなら、村人は外に出ることなく家に閉じこもったことだろう。
そうこれはただの魔物による偶発的な襲撃ではなく、計画的な襲撃なのだ。
知能の低いゴブリンに、ここまで計算された計画を立てることが出来るとは思えなかった。
必ず黒幕がいるはずだが、正体を探るための情報はあまりにも少なかった。
そういえばホブゴブリンやコボルトの装備が整っていたのも不自然に感じた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
朝、アルスが目を覚ますと、見慣れない白っぽいザラザラした石で出来た天井が見えた。
隣からは甘い匂いと、かわいらしい寝息が聞こえた。
アルスが起き上がると、寄り添うように寝ているミヅキが見えた。
寝相が悪いのか、神事の時に来ていた巫女装束は乱れ、緋色の布の間から白く細い足が、付け根まで見えている。
白い小袖も胸元が開かれ、白く滑らかな肩が露わとなり、膨らみを帯びた始めた胸元をのぞかせている。
『ごくり』
いつの間にか美しく成長した少女を見て、俺は思わず興奮してしまった。
アルスは自分に掛けられていた毛布をミヅキに掛けてやり、外の様子を見に外へ出ていく。
『おいおい、男ならもうちょっと鑑賞しようぜ』
2人が眠っていたのは森の奥にあるお婆の家だった。
外には黒毛の牡馬と黒い鬣をした仔馬が草を食んでいた。
辺りを見渡しても、赤毛の牝馬は見当たらなかった。
二頭はアルスに気が付くと、ゆったりと近づいてきた。
「そうか、君たちが助けてくれたんだね。ありがとう」
アルスは馬たちをやさしくなでた。
「ピィ~~ィ」
アルスはおもむろに指笛を鳴らした。
…………
…………
しばらく待っても赤毛の牝馬は現れなかった。
「アルスちゃん。おはよう」
指笛に起こされたのか、赤く充血した目を擦りながら、巫女姿のミヅキが家から出てきた。
「あ、ミヅキちゃん。昨日の夜のことは途中から覚えてないんだけど…… きっと助けてくれたんだね。ありがとう」
「ううん。それよりアルスちゃん、いくら揺すっても起きないから心配しちゃった」
ミヅキは目に涙を溜めながら抱き着いてきた。
アルスはどうしていいかわからずに、手をわなわなさせて固まている。
『う~ん。前より肉付きがよくなって……。いかんいかん』
なぜかは解らないが、俺はこの子だけは、絶対に手を出してはいけない気がするのだ。
「あ、そうだアスカねえちゃんは?」
「ううん、わからないの。あの時は夢中だったから、私もあまりよく覚えていなの……」
「そっか。じゃぁ、探しに行こう」
「そうね。いってみましょ」
『おいおい、装備を整えもしないで行くのかよ。奴らがまだいたらどうするんだよ』
しかし俺の叫びを聞く者はいなかった。
シュン。
せめて俺も話すことが出来たらな~
二人は黒毛の牡馬に跨り走り出すと、黒い鬣をした仔馬も後をついて走り出した。
アルスは昨日から腰にぶら下げている、ショートソード以外は何も装備を持っていなかった。
ミヅキは、ある種の攻撃力があるかもしれない巫女装束ではあるが、錫杖すら持っていない状態だ。
ちなみに馬には手綱は付いているが、鞍は乗っていない状態だ。
アルスは前で手綱を操り、後からミヅキが腰に手を回して座っていた。
背中には柔らかな感触。
眼下には、はだけた緋色の袴から延びた、白く細い足が朝日を浴びて輝いていた。
『はぁ~。実にいい眺めなんだけどね~。うん』
指一本動かせない俺にとっては、拷問にも等しい時間が過ぎて行った。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
村に到着すると、以前の平穏だった村の面影はなくなっていた。
村にある全ての家に火が放たれていた。
木でできた家は、完全に燃え尽き崩れ去っている。
数は少ないが石で出来た家は天井がなくなり、壁は真っ黒にすすけていた。
辺りには、木や肉の焼けた匂いが混ざり合い、煙が立ち込めていた。
馬は村の中を道沿いに進むと、あちらこちらに村人の亡骸が横たわっていた。
背中に矢が付き立ったもの、獣に食い荒らさたように原型をとどめていないもの。
ミヅキはアルスにしがみつき、こみ上げてくる物を必死で我慢している様子だ。
アルスは口を手で塞ぎながらも、懸命にアスカの姿を探していた。
広場に着くと、そこはまさに戦場だった。
戦国時代の戦の後は、こんな感じだったのだろう。
広場には所狭しと死体が横たわっている。
ほとんどが人間だが、ゴブリンの死体も少なからずある。
まさに村は滅びてしまっていた。
全滅だろう。
ただし俺が見たところ死体は男性ばかりだったことから、女性たちは奴らに連れて行った可能性が高い。
ゴブリンにはメスが存在しないため、人間の女性を孕ませると聞いたことがある。
まぁ、どちらにしても地獄なのは変わりがないか……
しかも今回の襲撃は計画的なものだ。
これにも何か意味があるのかもしれない。
残された時間はあまりないが、今の戦力ではどうしようもないのも事実だった。
アルスとミヅキは馬を降りると、村長たちがいた場所、アルスとアスカが食事をしていた場所へとやってきた。
ござの上には食器と食べかすが散乱し、一緒に食事をした村人たちが何人か冷たくなって横たわっていた。
少し離れたところに村長と馬の調教師が倒れていた。
村長はホブゴブリンにやられたのだろうか、遺体は大きく損傷していた。
馬の調教師は全身に矢を浴びて倒れていた。
きっと馬の調教師は鞭の達人だったから、ゴブリン達は鞭に阻まれ近づくことができずに、しかたかく遠距離から攻撃したのだろう。
ミヅキとアルスは二人の遺体に短く祈りをあげた後、アスカを求めて周辺を必死に探したが見つからなかった。
次に二人は広場の中心に向かった。
燃え尽きた祭壇の横に、小柄な人が着てたと思われるローブの燃えカスが落ちていた。
「お婆さん……」
「…………」
ローブは燃え尽き炭となり、杖や首に着けていた装飾品が無くなっていたが、まぎれもなくカナデ婆さんだった。
それにしても、肉だけでなく骨までも燃え尽きたのだろうか?
ミヅキは、灰となったローブに覆いかぶさるように泣き崩れた。
…………
……
「あっ」
どれくらい経っただろう、ようやく泣き止んだミヅキが、小さな声を上げた。
ミヅキが握りしめた灰の中から赤い玉が出てきたのである。
「アルスちゃん、これ」
涙の枯れたミヅキは赤い玉を手に平に乗せて、アルスに見せた。
「もしかして、これはあの時の?」
アルスは確信がないようだが、それは紛れもなく、まだ幼い二人がいたずらをして山火事を起こしかけた、あの赤い玉であった。
アルスが受け取った赤い玉を、俺は早速鑑定してみる。
名称:★精霊玉(火)+2
スキル:精霊魔法(火)LV+2
なるほど、所持者の精霊魔法(火)スキルのLVを+2するようだ。
直ぐにアルスのステータスを見ると精霊魔法(火)のLVが0(+2)になっていた。
まぁ、それでも魔法をコントロール出来るかは怪しいが……
それであの時、精霊魔法を使う資質はあるが、まだ習得はしていないアルスにも、ファイアを出すことが出来たのか!
「それはアルスちゃんが持っていて」
「え、いいの?」
「うん、私には精霊魔法を使う力がないから……」
「わかった、じゃー借りておくね」
「うん」
これで少しは戦力がアップしたわけだが、ホブゴブリン相手ではどうしようもないな。
ミヅキがカナデ婆の亡骸に祈りをささげた後、二人はその場を後にした。
やってきたのは、村で一番大きな家、村長の屋敷であった。
村長の屋敷も石で出来ており、壁は焼け残っているものの、中は何も残されていたなかった。
裏手にある馬小屋は焼け崩れ見る影もない。
残念ながら鞍も燃え尽きていた。
村から立ち去るときにも、何度か顔見知りの遺体を見かけたが、例の雇われ冒険者たちの遺体は、どこにもなかった。
その後、アルスとミヅキは相談して、町に救援を求めることになったが、その前にそれぞれの家に立ち寄ることにした。
…………
…………
まず二人は、アルスの住んでいた小さな山小屋へやってきた。
板を張り付け固定されたドアは破られていた。
そして室内は何者かによって荒らされていた。
アルスが一人で中へ入っていく。
寝室に来たアルスは、自分が使っていたベットを引きずりながら横にずらした。
すると床には小さな扉があり、中は床下収納になていた。
アルスはそこに入っている物を全て取り出した。
アルスの所持品に以下の物が加わった。
・所持金:銀貨×13、銅貨×35
・ラウンドシールド×1(丸い形をした盾)
・ハードレザーアーマ×1(硬い皮で出来た大人用の鎧)
・ロングソード×1(両刃で長さのある直刀)
・ロングボウ×1(背ほどの長さがある弓)
ちなみに使い慣れたショートボウは馬小屋と一緒に燃えてしまった。
あと銀貨のうち8枚は、ゴブリンの巣を発見した時の報酬だ。
アルスは、よく鍛え上げられた立派な黒毛の牡馬に、次々と荷物を括り付けていく。
修業の成果だろうか、流れるような動きにはよどみが無かった。
鞍の代わりに毛布を馬の背に乗せ、右側にハードレザーアーマの入った袋、左側にロングソードとラウンドシールドを吊るすようにして固定した。
アルスの腰にはショートソード、背中にはロングボウを装備している。
少年のアルスには、大人用のロングボウは大きすぎるようで、いまににも地面を引きずりそうだった。
アルスは少しの間、山小屋を見上げていた。
そして無言のまま馬に跨ると、振り返らずに立ち去っていった。
…………
…………
次に二人が向かったのは、ミヅキとカナデ婆が住んでいた、岩肌をくり抜いて作られた、洞窟の様な家だった。
今度はミヅキが一人で中へと入っていく。
しばらくするとミヅキが出てきた。
眉の高さに揃えられた前髪は整えられ、一つにまとめられていた黒髪は、きれいに梳かされ肩へ流れるように落たされていた。
しかし服装は昨夜から着ている巫女姿のままだった。
手には錫杖、背中にはショートボウ。
肩には、膨れ上がったカバンが一つあるのみだった。
「あの…… ミヅキちゃん、服はなかったの?」
「うん、着替えは村に有ったから……、他のはもう小さくって、あ、でも下着は変えたから……」
声が尻つぼみに小さくなり、ミヅキは恥ずかしそうにうつむいた。
「そっか、僕はその服好きだよ」
「うん」
アルスの天使スマイルがさく裂したのか、ミヅキは顔を真っ赤にしたて元気よく頷いた。
『あの巫女装束を鑑定したいな~』
なお、ステータスウィンドウでは自分以外(パーティメンバー)の所持品を見ることは出来ないようだ。
「よし、それじゃーミゼアの街に向けてしゅっぱーーつ!」
2人を乗せた黒毛の牡馬に続いて、ミヅキのカバンを背中に乗せた、黒い鬣をした仔馬がついていく。
「ねぇ、アルスちゃん。この子達に名前は無いの?」
「ん?あー馬のこと?そうなんだよ。先生が軍馬に名前はいらないって言って、付けさせてくれなかったんだよ」
「そうなんだ。なんだかかわいそうね」
「じゃー名前を付けちゃおうか!」
「うん、そうしよう」
「そうだな~、仔馬はアレックスで、黒いのは……ダリル!」
「え、ダリルってアスカさまの家名じゃないの?」
「まずいかな?」
「う~ん、どうだろう?」
「じゃーアスカ姉ちゃんが駄目って言ったら変えよう」
「そうね」
「よろしくなダリル、そしてアレックス」
そしてその日の夜、二人は野宿することになった。
そう問題はアルスが暗くなると寝てしまうことだ。
一応、夜の番を交代ですることに二人で決めたのだが……
ミヅキが持っていた干し肉とパンを食べた後、アルスは眠りに就いてしまった。
『はぁ、大丈夫かね』
…………
「ギャーオーー」
「キャーーー」
ゴブリンの喚き声と、ミヅキの悲鳴が聞こえてきた。
「ヒヒーーン」
…………
……
グシャ
『音だけのお化け屋敷かよ』
…………
…………
…………
朝、アルスが目覚めると、一睡もできなかったのか、目にクマをつくり、髪を乱したミヅキがいた。
「お、おはよう。アルスちゃん」
「おはよう。ミヅキちゃん。あ、ごめんね。やっぱり起きれなかったみたい。」
ほほを染めたミヅキを見るに、今日もアルスの天使スマイルは輝いているようだ。
罪な男子だ……
その日の昼過ぎ、午後の3時ぐらいだろうか、まだ幼い二人はミゼアの街に到着した。
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