1-8.月夜の収穫祭~
なんでも鑑定士となった俺と、アルスは平和な日々を過ごしていた。
これまで俺が得た情報を、整理してみようと思う。
この村の名称はダリルの村。
村長は準男爵で家名がダリル。
人口は約250人。
家は40件ほどの小さな村だ。
主な産業は農業と畜産、反物の生産。
なかでも反物は村で一番の特産品らしい。
情報によると、その反物はジャイアントスパイダー糸から作られており、通常の絹織物よりも光沢があり丈夫なんだとか。
あの凶暴なジャイアントスパイダーから糸をとるとは、命知らずがいたものである。
あと、この村はミーゼリア国とルーア国の国境沿いにあるため、両国の文化と人種が混ざり合っている。
ミーゼリア人は明るい色の髪をしていて、ルーア人は黒や暗い色の髪をしている。
服装もミーゼリア人は洋服、ルーア人は和服に、それぞれ近い物を着用している。
まさにミーゼリア国は西洋文化、ルーアは東洋文化といった感じである。
アルスはミーゼリア人、ミヅキはルーア人の血をそれぞれ濃く受け継いでいると考えられる。
そいて村の南側にある道を行くと、ミーゼリア領の街、ミゼアがあるらしい。
あと、例の雇われ冒険者たちだが、クリフが死んでからは、しばらく姿を消していたようだが、一か月ぐらい前に村に舞い戻って来ていた。。
彼らはゴブリンなどの魔物や害獣から、村を守る名目で雇われているようだが、ごく潰しとして村人たちからは、かなり嫌われていた。
アルスの母を襲い、アルスを殺した、山の様な大男の名前はギガンと判明した。
ヤツは、アルスと再会した時は驚くと同時に凶暴な顔で睨みつけてきたが、アルスが村長の家に住んでいるとわかると、距離を置くようになった。
アルスもギガンには怒りを覚えるようだが、今のままではかなう訳もなく、ぐっと我慢しているようだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
季節は廻り収穫の季節がやってきた。
ちょうどその日は満月で、昼間には大規模な狩り、そして夜には盛大な収穫祭が模様されることになっていた。
お祭りには狩りで獲った獲物が振舞われるらしく、アスカはいつも以上に張り切っていた。
そしてミヅキだが、お祭りの準備があるとかで、狩りには不参加だった。
アルスは何時もの様に、アスカと行動を共にし、2人だけで3頭の鹿と、大きな猪を仕留めることが出来た。
アルス達が獲物を持って村にもどると、すでに祭りの準備が出来ていた。
村の中央にある広場のさらに中心には、手作りの祭壇が設置されている。
その祭壇の上には、白く大きなお皿の様な物が祭られている。
祭壇を囲むように立てられた4本の柱の先端を、白い紙でできた飾りが帯状になり繋いでいる。
さらに広場をぐるりと囲むように、薪を乗せるための鉄製の黒いスタンドが置かれていた。
アルス達が獲物の解体を終え、日が沈みだすと収穫祭は始まった。
広場を囲むように、かがり火が順番に灯されていくのを、アルスはアスカの隣で見ていた。
かがり火を灯しているのは、真っ白な小袖(着物)と緋色の女袴(スカート型)に身を包んだ、巫女装束のミヅキだった。
真っ白な足には、赤い鼻緒の黒い下駄を素足で履いていた。
長く伸ばされた艶やかな黒髪は一つにまとめられ、いつもの幼さはなりを潜めていた。
ミヅキが着る、白い小袖は丈が短く、緋色の女袴には、足の付け根まである長すぎるスリットが4か所も入っていた。
小柄なミヅキがかがり火を付けるために背伸びをすると、緋色の袴に入れられているスリットが細く開き、その隙間から白く細い足が覗く。
村人たちは、かがり火の中で、家族や仲間たちと思い思いに集まり、ござの上に座って祭りが始まるのを首を長くして待っていた。
みんな早く飲み食いしたいらしく、うずうずしていて落ち着きがない。
祭壇の前には村長と杖を持ったカナデ婆が黙って立っている。
ミヅキが祭壇の両脇にある、かがり火を灯したとき。
「月の女神の恵みに感謝を!」
村長は声を張り上げると、手に持ったエールを一気に飲み干た。
「「「月の女神の恵みに感謝を!」」」
村人たちも、村長にならい声を張り上げ、一斉に飲み食いを始めた。
アルスとアスカもエールの入った器をあげ一気に飲み干した。
「はぁ~、苦~~い」
「うぇ~」
勢いで飲んだ二人だったが、初めてのお酒は合わなかったようだ。
「ふぁ~~あ」
そしてアルスは、早くも大きなあくびをした。
「ようアルス、今日はお手柄だったようだな」
大役を果たした村長が、アルスの肩をたたいてきた。
「は、はい。猪は倒しきれなくて、アスカお嬢さんに助けてもらいました」
「そうよ、私がいなかったら大変なことになっていたんだからね」
「そうか、そうか」
村長は愉快そうに笑い、バシバシとアルスの肩を叩いたあと、上座へと進み胡坐をかいた。
アルス達が座るござは村長と同じため、とても広く料理も豪勢であった。
特に真ん中に鎮座する、大きな猪の丸焼きは圧巻だった。
そう、それはアルスとアスカが仕留めたものだった。
村人全員が、にぎやかに食事を楽しんでいると、
シャン……!
シャン……!
祭壇の奥から鈴の音が聞こえてきた。
シャン
アルスが振り向くと、祭壇の裏から長い錫杖を両手で掲げた、巫女姿のミヅキが現れた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、広場が静まり返る。
…………
…………
シャンシャン
錫杖の先端には幾つもの鈴が飾られていて、ミヅキが錫杖を捻るたびに涼やかな音が夜空に響き渡る。
シャン
シャシャン
巫女装束を着たミヅキは大きく滑らかに音もなく、右へ左へと舞っていく。
シャン
シャシャン
すました顔のまま、月あかりを受けて舞うミヅキは神秘的に輝いていた。
ミヅキがくるりと回った。
腰まで入ったスリットが一斉に開き、緋色の袴が大きく広がる。
緋色の大輪の花の中心に、白くしなやかな雌しべがあらわになった。
全ての村人が、男も女もミヅキの舞いに魂を引き込まれていった。
シャンシャン
シャンシャン
シャンシャン
…………
広場が静寂に包まれると、ミヅキは錫杖を胸に抱え祭壇の前に跪き、しして神に祈りを捧げた。
それは、俺がこの世界で初めて見た光景だった。
「月の女神よ我らに祝福を……」
…………
祭壇に飾られた白く大きなお皿が、白く強く輝いた。
それはまるで空に浮かぶ満月の様だった。
ミヅキが祭壇の前から下がった後も、お皿は白い光を放ち続けていたが、しばらくすると、ふっと瞬き輝きを失った。
すると、我に返った村人たちが、前にもましてどんちゃん騒ぎを始めた。
アルスとアスカも食事を再開した時だった。
大きな器に入ったエールを飲みながら、大きなバトルアックスを背負った、山のように大きな男、雇われ冒険者のギガンが現れた。
そうとう飲んでいるのか、大男の足元はおぼつかない。
「よ~アスカ嬢ちゃん。うっひ。俺にも酒を、うっひ、注いでくれ、うっひ」
酒臭い息をアスカの顔に吹きかけながら言うと、ギガンはアルスを押しのけるようにして、アスカとの間に割り込んできた。
「いやよ!なんであんたなんかにお酌しなくちゃいけないのよ」
アスカは席を立ちギガンから離れていく。
「なんだと~。うっひ。村長の娘だからといい気になりやがって!」
ギガンは足をもつらせながらもアスカの腕をつかんだ。
アルスは既に寝ぼけているのか反応出来ない。
その時、村の入り口の脇にある家から火の手が上がった。
…………
……
炎に包まれた家の脇を通る町へ続く道の上には、満月の光を背に巨大なゴブリンが立っていた。
その右手には巨大なバトルハンマーが握られている。
そう、あの洞窟にいたホブゴブリンに間違いなかった。
「うぁ~、なんだあれ~~」
広場では、混乱した村人たちが我先にと、バラバラに逃げ出していく。
すると、広場を囲む家々の物陰から、次々とゴブリンが現れ、逃げ出した村人の無防備な背中へと、次々と武器を叩きつけていく。
「ぎゃ~~助けて~」
「ギャルルル」
不意打ちということもあり、次々と村人達は倒されていく。
そして、広場のいたるところで、乱戦状態になっていた。
『まずいな』
俺はアルスの中で焦りを覚えた。
村の出口ともいえる街に続く道を火事とホブゴブリンで封鎖。
反対側は夜の森。
そして周囲の家からのゴブリンの襲撃。
あっという間に広場に閉じ込められたようなものだ。
「なんだこのやろ~!」
アルスの傍では、ギガンがその巨体で大きなバトルアックスを振り回しゴブリンと戦っている。
しかし、酔いのせいか振りが大きく、ほとんど空を切っており、けん制にしかなっていなかった。
それでもゴブリンを遠ざけるには十分であった。
「ピィ~~イ! アルス、しっかりしなさい!」
馬を呼ぶ指笛を鳴らしたアスカも、ダガーを構えゴブリンを近づけないようにけん制している。
アルスは朦朧とする意識の中、何とか立ち上がるのがやっとという状態だった。
『くそ、アルスしっかりしろ!男だろ!』
ギガンが奮闘するも倒すことは出来ず、包囲するゴブリンの数が徐々に増えていった。
アルス達のもとに、巨大なバトルハンマーを引きずるホブゴブリンがやってきた。
ホブゴブリンがニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、巨大なバトルハンマーを振り上げる。
「うわぁ、くそ~」
ギガンは恐怖に顔を歪め、傍にいたアスカの腕をつかむと、ホブゴブリンの方へ投げ飛ばした。
そしてギガンは、振り返りざまに背後のゴブリンたちへと、バトルアックスを盾にしてタックルをかましして逃走を開始した。
振り降ろされたバトルハンマーは、途中で軌道を変え、投げ出されたアスカの横にいたゴブリンを叩き潰した。
グシャ
ゴブリンは青色の血をまき散らしながら、悲鳴を上げることも無くただの肉塊と化した。
「ひぃ~」
その惨状を間近で見た、アスカが悲鳴を漏らす。
舌なめずりをしたホブゴブリンは、肉塊の上にあるバトルハンマーをそのままにして、腰を抜かして動けないアスカの右手を掴んだ。
「いゃ~~~」
アスカは泣き叫び、長い足をジタバタさせるが、筋肉の盛り上がったホブゴブリンの手はびくともしない。
『くそ、これじゃーファイアを使えない』
俺はファイアをホブゴブリンに叩き込む隙を伺っていたのだが、アスカが掴まっていては使うことが出来なかった。
「フィアー」
アルスの背後から凛とした少女の声が響き渡った。
この声はミヅキか!フィアーは対象に恐怖を与える神聖魔法のはずだ。
恐慌に陥ったゴブリン達は包囲網を乱し、バラバラに逃げ出していく。
グシャ
しかしホブゴブリンにはフィアーが効かなかったのか、逃げ出したゴブリンを平然と左手に捕まえると、握りつぶした。
「ひっぃ」
アスカは握りつぶされたゴブリンの青い血を顔に浴び、失禁しながら気絶してしまった。
茫然と立ち尽くすアルスの前に巫女姿のミヅキが、錫杖を水平に構え立ちふさがった。
気のせいか、ミヅキに後ろ姿に美しく神秘的な女性の姿が、ぼんやりと重なって見えた。
ホブゴブリンは巫女衣装のミヅキを、つま先から頭までを嘗め回すように見ながら、舌なめずりし、いやらしく顔を歪める。
吊り上がった大きな口からは牙がのぞき、その脇を大量の涎が垂れていく。
後方から馬の蹄の音が聞こえてきた。
「ホーリーフラッシュ」
ミヅキは、再び高らかに神聖魔法を唱えると、錫杖から放たれた光に辺り一帯が白い世界に変わった。
その直後にアルスは眠りに落ち、俺には暗闇が訪れた。
俺は暗闇の中、駆ける馬の振動だけを感じていた。
いや、背中には温かい小さな手の感触も有った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます