1-6.ファーストキス~


 さすがに、いつまでもアルスの母親の捜索を続けることは出来ず、アルスはアスカの勧めで村長の屋敷に住み込みで働くことになった。


 一人暮らしをするには、まだ幼いというのが表向きの理由だったが、実際はアスカが父親である村長に強く要望したことにより実現したというのが真相だ。


 アルスの寝床は村長の屋敷の裏てに馬小屋の、屋根裏の片隅が与えられた。


 アルスの一日は、馬の世話に始まる。

 その後、畑仕事に薪割りと続く。

 

 午後になると、アスカと共に乗馬や戦闘訓練を受けたあと、馬の世話をして終わる。


 アスカ達の教師する男は、過去に騎士たちが実際に使う軍馬の調教をしていたらしく、鞭を使た馬の調教にとても長けていた。


 男の指導は、村長の娘ということもありアスカには遠慮したものだったが、アルスに対してはまるで馬を調教するかの如く容赦がなかった。

 そしてアルスは、馬の世話、調教、鞭の使い方と次々に叩き込まれていった。


 ある日の休憩中、アルスが母親が使っていた青いピアスを眺めているところを、アスカに見つかってしまい、無理やりアルスの耳にピアスを付けられてしまうというハプニングがあった。


 アスカ曰く

 「これで落とすこともないし安心でしょ。それに似あっているわよ」

 とのことだった。


 アルスの、きらめくような金髪、額には空色の青いバンダナ、耳には空色のピアス。

 似合うかもしれないが、目立ちそうである。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 またある時、村長が直々に狩りを教えると、アルスを連れ出すことがあった。

 黒毛の牡馬に跨った村長はとても上機嫌だった。


 馬に乗った2人の男が訪れた先は、村で一番大きい反物問屋の裏庭であった。


 村長は裏庭に入るなり馬から飛び降りると、手綱をアルスに預け屋敷に向かって行った。

 すると、タイミングよく、屋敷の中から妙齢の女性が迎えに出に出てきた。


 「お待ちしておりました」


 たたずまいを正した女性は、村長に向け深く頭を下げた。

 着物を着た女性の物腰はとても柔らかく、そして色香を漂わせていた。


 艶のある紫の髪は結いあげられ、うなじを見ただけでゾクリと這い上がる物を感じる。

 女性は、切れ長の目をした、顎に黒子があるセクシーな美女であった。


 アルスは呆然として、ただただ妖艶な大人の女性を見ているだけだった。


 「あぁ」


 村長は頭を下げた女性に向かって、横柄に片手を上げると、そのまま屋敷の裏口へと向かった。


 「あの~そちらは?」


 「あー、うちで下働きをしているアルサスだ。アスカのお気に入りだから手をだすなよ」


 女性がアルスを見ながら問うと、村長はそっけなく答えた。


 「あらまぁ、近頃、アスカお嬢様が日に日にお美しくなられると思ったら、この子のお陰かしらね」


 女性は、ほほに手を当て、うっとりとアルスを見つめてきた。


 アルスは気が付いていないかもしれないが、俺から見てもアスカは、出会ったころとは別人の様に美しくなっているように見える。

 初めのころは生意気で我が侭なだけの小娘だったが、今では燃えるような赤い髪は輝きを放ち、顔立ちだけでなく全身があか抜けて、美しい少女、いや美しい女性になろうとしていた。


 まるでバラの蕾が、急速に花びらを広げ、大輪の花に変わろうとしているようだった。


 「ほら、行くぞ」


 村長はムッとした声で告げると、再び裏口へと向かった。


 紫色の髪をした女性はアルスに妖艶な微笑みを残すと、村長の後を追って屋敷中へ姿を消した。


 女性に見とれていたアルスは、我に返り馬の世話を始めた。


 すると、ほどなくして、2階にある開け放たれた窓から、淫らな女性の喘ぎ声が漏れ始めるのであった。


 声は徐々に激しさを増していく。


 アルスの体に宿る魂だけの俺は、昼下がりの熟れた女体が絡み合う姿を想像し、悶々とした時間を過ごすのであった。


 2時間後、すっきりした顔をした村長が、反物問屋から出てくると、アルスに銀貨を1枚手渡した。


 「アスカには言うなよ」


 と、命じるのであった。


 それからというもの、男二人だけで行く狩りは、毎週のように続いた。


 後日、アルスが村長の屋敷で働く、他の使用人に尋ねたところ、紫色の髪をした女性のミエコという名前だと判った。

 若いころから村一番の美人として有名で、しかも多くの男性と関係をもっていると噂されているらしい。


 しかもミエコは若くして、年老いた反物屋の主人のところへ後妻として入るも、1年半後には店主が他界し、すぐに未亡人となったとか。


 そしてミエコは、村一番の反物問屋の女将となった後も、多くの男を食い物とし、付いたあだ名は女郎蜘蛛だとか。


 『俺も蜘蛛の糸に絡み取られてみたいものだ』


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 さらにアルスが村長の屋敷で仕事をするようになって、二か月が過ぎたとき、赤毛の牝馬が産気付いた。


 馬小屋で寝泊まりしているアルスはもちろんのこと、アスカも馬小屋に泊まりこむことになった。


 初めのうちは二人で仲良く話をしていたのだが、外が暗くなり1時間が経ったころには、アルスは眠りに落ちてしまった。


 しかも、いくらアスカが体を揺すって起こそうとしても、アルスは目を覚ますことはなかった。


 アスカに体を激しく降らされる中、暗闇の中で俺は考えた。


 俺がアルスの体に入ってから二か月間が経つが、その間、アルスが夜更かししたことは一度もなかった。


 さらに時計がないので正確な時間は分からないのだが、夜の7時ぐらいになると、必ずアルスは眠りに落ちていた。


 『まだ幼いとは言え、何か不自然なものを感じるな』


 アスカは、アルスを起こすことを諦めたのか、急に静かになった。


 「チュ」


 そして甘くも華やかな香りと共に、アルスの唇に何か柔らかなものが一瞬だけ触れた。


 「キャーーー、しちゃったーーー」


 俺には、声しか聞こえないが、どうやらアスカは、身もだえながら恥ずかしさに絶叫しているようだ。


 『はぁー、青春だね~』


 結局、明け方、まだ外が暗い時に仔馬は生まれたのだが、その間、アルスは目覚めることがなく、アスカ一人で出産を乗り切ったのだった。


 黒毛の牡馬と赤毛の牝馬の間に生まれた仔馬は、黒いたてがみに赤毛の雄だった。


 ちなみに、アルスが眠ってしまったことに腹を立てた、アスカの命令で仔馬の面倒は、全てアルスが一人で見ることになった。


 一方、そのころミヅキは、カナデ婆の下で巫女として修業していたらしく、たまに村に来ては村人のケガを癒したり、病人の体力を回復したりしていた。


 もちろん、村を訪れたときには、アルスに会うのも忘れないミヅキだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 この世界の月は沈むことがなく、昼間でも空高く浮かんでいる。

 そして月に一度、満月の日に、この村では村長主催の大規模な狩りが行われる。


 この狩りには、アスカに、アルス、ミヅキの3人も参加していた。


 アルスにとっては、今回は3度目の参加となため、大分、慣れてきていた。


 そして俺もこの3か月間、ただの傍観者をしていたわけではない。

 

 色々と試した結果、アクティブスキルを見ることが出来るようになっていた。


 早速、俺はパーティウィンドウを開いてみた。


 そこには、


 アルサス(※サイアス)

 アシェスカ=ダリル

 ミヅキ


 と3人の名前が表示れた。


 まずはアスカから見て行こう。


 アシェスカ=ダリル

 LV3

 クラス:村人

 スキル:

 ボウ(弓) LV3

  →スリーショット

  →ハードショット

 ウイップ(鞭) LV2

  →調教

  →拘束

 ダガー(短剣) LV1

 乗馬 LV3


 となっている。


 アスカの本名は、アシェスカ=ダリル。

 ステータスは敏捷と器用が高めだ。

 HPとMPは二桁だが、HPの方が高い。

 3人の中ではLVが一番高いからか、ステータスの合計値も一番高く、HPはアルスよりも多い。


 そして、このボウ(弓)の下にある→の右側にあるのがアクティブスキルだ。

 アスカはボウスキルのスリーショット(3連射)とハードショットが使える。


 ミヅキ

 LV1

 クラス:巫女

 スキル:

 採取:LV1

 神聖魔法:LV1

  →ホーリーライト

  →ヒール

 ボウ(弓):LV1


 ミヅキのステータスは知力が一番高く、筋力は一桁しかない。

 HPとMPは二桁だが、MPはアルスの次に高く、HPは3人のなかで一番低い。

 アクティブスキルは神聖魔法の、ホーリーライトとヒールだ。


 そして俺は、いやアルスは、


 アルサス(※サイアス)

 LV2

 クラス:村人

 スキル:

 ソード(剣):LV1

  →バッシュ

 アックス(斧):LV1

 ボウ(弓):LV2

  →スリーショット

 乗馬:LV1

 ウイップ(鞭):LV1

  →調教

 精霊魔法(火):LV0

  →ファイア

 ※神眼:LV1

 ※霊体:LV1


 と基本LVは上がっていないものの、新たに乗馬、ウィップ(鞭)を取得していた。


 どうやら基本LVの上昇に関係なく、訓練によりスキルを増やすことが出来るようだ。


 アクティブスキルは、ソード(剣)がバッシュ(強打)、ボウ(弓)はスリーショット(3連射)、そして精霊魔法(火)はファイアである。


 あ、あとウイップ(鞭)の調教か……。

 あくまで馬用ですよ…… たぶんね。


 そしてアルスのMPは3桁もあり、ミヅキの3倍以上と、突出して高いことが判った。


 ミヅキは狩りに、怪我人が出た時に備えて、回復要因として参加している。

 そして、ミヅキは乗馬が出来ないため、アルスと一緒の馬に乗っているのであった。


 満面の笑みを浮かべ、アルスの腰に手を回すミヅキを、アスカは睨みつけていた。

 しかし、いざ狩りが始まると、アスカは我先にと馬を走らせて行った。


 アルスはアスカの付き人ということもあり、一人で先行するアスカを必死に追いかけて行く羽目になった。


 本日、最初の獲物は立派な角を生やした牡鹿だった。


 アスカが急いでロングボウから矢を放つが、牡鹿は軽快にかわすと、森の奥へと逃げて行った。


 そして、アスカ達3人は、かなり森の奥まで来てしまったらしく、周囲は木々が生い茂り辺り、暗くなっていた。


 その時、茂みを飛び越えようとした牡鹿に、アルスがショートボウから矢を放った。


 矢は見事に牡鹿に命中するも、なぜか牡鹿は空中に留まった。

 矢が突き刺さた牡鹿は、必死にもがいているが、空中で前後に揺れているだけだった。


 奇怪な現象にアルス達は驚き、急いで馬を止めた。


 よく見てみると、牡鹿が揺れるのに合わせて、蜘蛛の巣がキラキラと瞬いているのが見えた。

 しかし、それは蜘蛛の巣というには余りにも大きく、立派な大人の鹿を支えることが出来るほど頑丈だった。


 ガサガサ


 突如、蜘蛛の巣の上にある枝が揺れると、落ち葉と共に大きな蜘蛛が顔を出した。


 蜘蛛の顔は、緑色に黒い模様があり、馬の顔より大きかった。


 巨大蜘の二つの目が、アルス達を見つめて来た。


 「ジャイアントスパイダーよ。逃げて」


 アスカは鋭く叫び、馬の踵を返そうとしたが、ジャイアントスパイダーの口から放たれた、粘液が赤毛の足に命中し、アスカを乗せたまま馬が転倒してしまった。


 アスカは馬から放り出されるようにして、地面を転がっていく。


 「ミヅキちゃん、アスカ姉ちゃんを頼む」


 アルスは叫ぶと同時に、ジャイアントスパイダーに向けてショートボウの矢を続けざまに3本放った。


 そう、これがアクティブスキルのスリーショットだ。


 一本目は外れたものの、二本目は大きく膨らんだ腹部へ、三本目は大きな黒い右目に命中した。


 「ガギャーー」


 ジャイアントスパイダーは痛みに悶えるも、戦意を失うことは無かった。

 

 そして怒り目を赤くしたジャイアントスパイダーは、悠然と地面に降り立った。


 その間、ミヅキは馬から降りると、地面に横たわるアスカへと駆け寄っていた。

 今は、アスカの容態を確かめているようだ。


 しかし、アスカは気を失っているのか動く気配がない。


 ジャイアントスパイダーは、アルスと二人の少女を交互に見た後、少女達へと向きを変えて近づいて行った。


 ジャイアントスパイダーが近づいているのに気が付いていないのか、ミヅキは目を閉じると集中し、アスカにヒールの魔法をかけ始めた。


 「こっちだ!」


 アルスはアスカ達から蜘蛛を遠ざけるべく、木々の間へと馬を導きながら、再びアクティブスキルのスリーショットを発動し、3本の矢を連射した。


 続けざまに放たれた矢が、蜘蛛の腹部に突き刺さると、傷口からは黄色い液体が流れ出たが、巨大な蜘蛛は歩みを止めることが無かった。



 『まずいぞ』


 ショートボウでは、巨大なジャイアントスパイダーには、大したダメージが与えられないようだ。

 

 『くそ、他に攻撃手段はないのか』


 「まだだ!」


 アルスは諦めることなく、さらにスリショットを放った。


 MPが異常に高いアルスにとって、スキルを連発することは問題ではなかった。


 すると、3本目に放った矢が、前から3番目の足の付け根に命中すると、深く突き刺さった。


 「ギィギィギィイイー」


 ジャイアントスパイダーは耳障りな叫びと共に足を止めた。


 すると、ジャイアントスパイダーは、長い足を器用に動かして、大きな体をアルスの方へと向けた。


 ジャイアントスパイダーは、アルスを追いかけだすも、足の付け根に突き刺さった矢が邪魔なようだ。


 動きに先ほどまでの俊敏さは無く、ぎこちない足の動きのせいで、移動速度が遅くなっていた。


 アルスは木立の中を馬を走らせながら後ろを向き、ジャイアントスパイダーに向けてショートボウを放った。


 矢はジャイアントスパイダーの大きな二つの目のちょうど真ん中に突き刺さる。


 『よし』


 俺がアルスの中で見えないガッツポーズをとったとき、疾走していた馬がガクンと、何か柔らかい壁にぶつかり急ブレーキが掛かった。


 その結果、アルスの小さな体は宙を舞ったが、先ほどの牡鹿と同じように空中で身動きが取れなくなってしまった。


 背中と両足に頑丈な蜘蛛の糸が張り付き、動くかすことが出来なかった。


 「ギィギィイイー、ギィギィイイーー」


 ジャイアントスパイダーは、苦悶の叫びをあげ立ち止まっていたが、しばらくすると、大きな顎を開け閉めしながら、アルス目掛けて近づいて来た。


 その怒りに燃えた目は赤く光り、走る速さが増していた。


 アルスは自由のきく右手でショートソードを掴み、蜘蛛の糸を切ろうとするが、ジャイアントスパイダーが追加で吐き出した液が命中すると、ショートソードもろとも右手も固定されてしまった。


 『くそ、万事休すか』


 俺は諦めながらも、ステータスウィンドウへ目を走らせた。


 そして直感に従い、アルスのアクティブスキル、ファイアを意識の中でタップした。


 トン


 アルスの空いている左手がジャイアントスパイダーの顔の前に突き出されると、ジャイアントスパイダーの大きな顔めがけて、炎が勢いよく噴き出した。


 炎は瞬く間にジャイアントスパイダーの全身を包み込み、火だるまに変えていった。


 悶え苦しむ蜘蛛から、炎がアルスを捕らえている蜘蛛の巣にも燃え移った。


 ほどなくして、蜘蛛の糸は焼け落ち、アルスと馬は地上に落下した。


 炎に怯えた馬は慌てて立ち上がると、鞍に手を掛けているアルスを引きずりながら、逃げ出した。


 そして、火の手から20mほど離れたところで、アルスが馬上に戻ると、怯える馬を抑え込むように停止させることに成功した。


 アルスが引き返そうと、馬の向きを変えると、ジャイアントスパイダーは火の海に沈み、動かなくなっているのが見えた。


 アルスは馬に乗ったまま、急いでミヅキたちのところへと戻っていった。


 アスカが力なく微笑み、左手を振って迎えてくれた。


 ミヅキに確認したろころ、アスカは頭を強く打ち、右手も骨折していたが、ヒールである程度は回復したと言う事だった。


 ただし完治したわけでなく、右手を自由に動かせるように成るまでには時間がかかるらしい。


 『3人とも無事でよかった……』

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