1-5.ゴブリン討伐その後~


 アルス達を乗せた赤毛の馬は、アルス達3人を乗せて風の様に森の中を進む。


 しばらく森の中を進み、ゴブリン達の声が聞こえなくなったころ、ようやく馬は走るのをやめ、速歩へと移った。


 「2人とも、なんて危ないことをするんだ」


 クリフは2人を叱ろうとするが、息が荒く声には力が無い。

 クリフの顔は青白く、滝の様に汗が流れている。


 「とうさん。だいじょうぶ?」

 「ふん、これくらいなんてことない。……よく来てくれたな」


 クリフの声はしだいに小さくなっていく。


 赤毛の馬が、アルス達の住む山小屋に着くところには、クリフは話せなくなっていた。


 「かあさん。とうさんが!」

 「クリフ!どうして」

 

 山小屋から出てきたアルスの母親、リリーが駆け寄ってくる。

 いつもは穏やかなで美しいリリーも、取り乱している。


 クリフをベットに寝かせ、体を調べると小さな切り傷や打ち身がいたるところにあったが、致命傷になるようなものは無く、大きな傷は腿に突き刺さった矢だけだった。


 しかし矢が刺さった周りは広範囲に渡り青黒く変色していた。

 すでにクリフの息は浅く意識もないようだった。


 「とうさん。これを飲んで」


 アルスは部屋の奥から持ってきた、お婆に貰った回復薬をクリフの口に流し込む。


 クリフの体が淡い光に包まれ、小さな切り傷が塞がっていく。


 心なしか顔色もよくなったようだが、依然としてクリフの意識は戻らない。


 「かあさん、残りの薬も飲ませてあげて。僕はお婆を呼んでくる!」


 アルスは山小屋を飛び出していく。


 あわてアスカがアルスの後を追い、二人は馬でお婆の家に向かうことになった。


…………

…………

…………


 お婆を連れ三人で山小屋へ戻ったときには、既にクリフの体は冷たくなり、息をしていなかった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 母、リリーは一晩、クリフにすがり泣き続けていたが、朝には何とかアルスに微笑を向けることが出来るようになっていた。


 クリフが亡くなった次の日の午後、村長を初めとした村人たちがクリフの埋葬を手伝てくれた。

 

 最後にはカナデ婆が神への祈りを捧げてくれた。


 「アルサス、困ったことがあったら私のところに来なさい」

 村人たちが帰る中、アスカが声をかけてきた。

 

 「アスカさま、ありがとう」

 アルスは力なく答える。


 「さまなんて付けないでちょうだい。そうね。私のことはお姉ちゃんと呼びなさい」

 アスカは腰に手をあて、ほほを赤くしながら命令した。


 「え、うん…… アスカお姉ちゃん」

 「そ、それでいいわ。男の子なんだから元気をだすのよ」

 アスカは腰に手を当て無理して笑い、村長のところへ戻っていった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 その晩、アルスとリリーが言葉少なげに食事をしていると、大きな音をあげてドアが開かれた。


 現れたのはゴブリン退治に参加していた大男だった。

 背中に大きなバトルアックスを背負っているから間違いない。


 食事をしていた二人は、大男の狂気じみた顔に気おされ声が出ない。


 「クリフの野郎は死んだんだってな~。可愛そうに」

 言葉とは裏腹に、母、リリーを見つめる大男の目は血走っていた。


 「……」

 「な~んだ。クリフは綺麗な奥さんを家に囲っていると聞いて来て見たら、ハーフエルフじゃないか。そりゃー外には出せね~わな。うん?」


 ずかずかと部屋の中に押し入ってきた大男は、リリーの首にある空色のスカーフに手を掛けるとむしり取った。

 首には黒光りする首はがはめられていた。


 「おいおい、驚いたねーこりゃ。あのクリフの野郎が奴隷をかくまってたとはねー。それじゃー何をされても文句はいえね~な」


 言うなり大男は汚らしい巨体で、リリーに飛び掛る。


 小さなテーブルから晩御飯が落ちていき、アルスも椅子から転げ落ちる。


 「おーおー、いいチチしてるじゃね~か」

 大男はリリーを床に押さえつけると、力任せに服を破りだす。


 「やめろー」

 

 アルスは壁に立てかけてあったショートソードで大男に切りかかるが、大男は体をひねると、背中にあるバトルアックスで防がれてしまった。


 ひねった反動を利用した、大男の裏拳がアルスの顔に当たり、小柄な体は壁まで吹き飛ばされてしまう。


 大男は床に落ちたアルスのショートソードを拾い上げると、ためらいも無くアルス目掛けて投擲した。


 ドス。


 衝撃と共にアルスの胸からショートソードが生えていた。


 「キャーーーー」


 魂の砕けた悲鳴をあげるリリーに、大男が再び覆いかぶさっていく。


 2本の白く長い足が天井に向け伸ばされている光景を最後に、アルスの記憶は終わった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 翌日、朝日が昇るのと同じくして、少年、アルスは目を覚ました。


 大きく伸びをしてベットから抜け出す。


 アルスの動きは軽やかで、体調は万全のようだ。


 『やっぱ、若いっていいな』


 相変わらず、俺は少年が見て触ったものを感じるだけで、自分からは何も出来ない。


 アルスの記憶を回想しているときには時間が気にならなかったが、今は時間が長く感じる。


 居間へ向かう途中、小さく硬いものが足に当たり転がっていく。


 それは青色の耳飾りだった。


 釣り針のように曲がった金色の金具の先に、少し大きめの青空と同じ色をした透き通る宝石がぶら下がる形をしたピアスだった。


 アルスは青いピアスを拾い上げると、強く握りしめた。


 「かあさん」


 アルスは急ぎ隣の居間に移り、ショートソードと弓を身に着けていく。


 朝食も取らずドアへ向かおうとしたとき、足元に落ちている青いスカーフに気が付きが付いた。

 そっと拾い上げ、大事そうに懐にしまう。


 アルスが外に出ると、森から顔お出した太陽がオレンジの帯を薄く広げているが、まだあたりには朝靄がただよい、森の中は暗く静まり帰っている。


 アルスは両手を強く握りしめ、森の中へ足早に入っていく。


 森の中には、まだ太陽の光が届いておらず、足元にある獣道を何とか判別できる程度で、少し先は闇に飲み込まれている。


 かすかに聞こえた物音に驚き、アルスは足を止め、ショートソードを構え、辺りをうかがう。


 それをいくどとなく繰り返したころ、いつの間にか辺りは昼間の明るさを取り戻していた。


 『さすがに、暗い森の中を探しても見つからないか。というか魔物に襲われたらどうするのかね。まったく』


 アルスは緊張し続けたためだろう、疲れ果て綺麗な水がなられる小川で、顔を洗い喉を潤す。


 休憩もそこそこに、明るくなった道を小屋へ向けて戻っていく。


 『おや? 諦めたのかな』


 次にアルスは小屋の周辺の地面を丹念に調べていく。


 『なるほどね。凄腕の猟師なら獲物の足跡からでも追跡出来るというしな』


 しかしまだ子供のアルスには、熟練の技があるわけでもなく、母親の痕跡を見つけることは出来なかった。


 「かあさん、どこへ……」


 アルスが途方にくれていると、木々の間から黒髪の美少女がこちらへ向けて、歩いてくるのが見えてきた。


 「おはよう、アルスちゃん。もう大丈夫?」

 「うん、元気っだよ」

 焦る気持ちを隠すように、アルスは力こぶを作る。


 「うふふ、それで何しているの?」

 「かあさんを……」

 

 ミヅキの明るい問いかけに、アルスは思わずうつむいてしまう。


 「あっ、ごめんなさい。」

 アルスの母の事を思い出したミズキは慌てて謝る。


 「ううん、いいんだ。そうだ来る途中で何か見かけなかった?」


 「何も……。そうだ私も一緒に探すね」

 「え、…… ありがとう」

 

 アルスは少し考えたあと、お願いすることにした。


 その後、少年と少女は一緒に思い当たるところを、かたっぱしから探して回ったが母親の姿はなく、日が沈みだしてしまった。


 「アルスちゃん、今夜はお婆さんの家に来ない?」

 「ん……、かあさんが帰ってくるかもしれないから家に帰るよ」


 「そうね、わかったわ。じゃー明日の朝、アルスちゃん家に行くね」

 「うん。じゃーまた明日」

 「また明日」


 ミヅキを岩肌をくり抜いて出来た家まで送った後、アルスはとぼとぼと家路についた。


 次の日、外が明るくなるとミヅキが小屋にやってきた。

 「おはよう、アルスちゃん!」

 「おはよう、ミヅキちゃん……」


 無理して元気な声を出したミヅキに対して、アルスは視線も合わせず小さな声で答えた。


 「もう、ご飯たべてないんでしょう」


 たしかに昨日一日アルスは水以外は口にしていなかった。


 ミヅキは手に持ったバスケットをテーブルに置き、中から温めたパンに焼いたお肉と野菜を挟んだサンドイッチを取り出した。


 「はい、これでも食べて元気だして」

 アルスは湯気の立つパンをしばらく見つめた後、涙を流しながら食べ始めた。


 ミヅキはアルスに水を用意した後、向かいの席に座り、手に顎を乗せ一生懸命食べているアルスをニコニコと眺めていた。


 『これは将来、いい嫁さんになりそうだ』


 「あ、そうだ。今日は村にいってみない?」

 ミヅキはいいアイディアを思いついたと言いたげに提案してきた。

 

 「??? なんで村に?」

 アルスはきょとんと小首をかしげた。

 

 「もしかしたら村に向かったかもしれないし、リリーさんを見かけた人がいるかもしれないじゃない」

 「あ、そっか」


 アルスは残りのパンを急いで口に詰め込み、ショートソードとショートボウを持って外へ出ていく。


 「はぁ~、ご馳走様ぐらいいいなさいよ」

 ミヅキは、ほほを膨らませながら後をついていく。


 『ん~~、いいアイディアだけど、あの大男に会ったらどうするのかね。ま、現状では他に手がないのも事実か』


 森から抜けてしばらく歩いていると、なだらかな丘の向こう側に、のどかな農村が見えてきた。


 害獣から守るためか、家畜だけでなく、畑も柵で囲まれている。


 2人は出会った村人に母親のことを尋ねるが、みな首を横に振るばかりだった。


 村の中心へ向けて歩いていると、前方から赤毛の牝馬に乗った燃えるような赤い髪をした少女がやってきた。


 「あらアルサスじゃない。今日はかわいい女の子を連れてどうしたのかしら?」

 アスカの声は冷たく、焼餅を焼いているようだ。


 「アスカお姉ちゃん。かあさんが……」

 アルスはうつむいてしまう。


 「何かあったのね、私に詳しく話しなさい」

 怪訝な顔をしたアスカは馬を素早く降りると、アルスに迫ってくる。


 涙をこらえているアルスに代わり、ミヅキがアルスの母親がいなくなったことだけを説明した。


 「わかったわ。ところでアルス、額の印はどうしたの?」

 「えっと、これはですね……」

 ミヅキは、はぐらかそうと目を泳がせるが、アスカの迫力に負け説明することにした。


 ミヅキは幼い割には気遣いが出来るようで、アルスからアスカを引きはがしてから、小声で説明を始めた。


 アルスの家が何者かに襲われたこと、アルスが殺されたが、奇跡が起きて生き返ったら額に太陽の印が付いていたこと。


 少し離れたところで小声で話しているにの関わらず、俺は聞き取ることが出来た。


 『アルスにはエルフの血が流れているみたいだから耳がいいのかもしれないな』


 アスカは目ざとく、アルスの胸元から出ている青いスカーフを見つけると、素早く抜き取りアルスの頭に巻き付けていく。


 背の高いアスカが屈むと、自慢の胸の谷間が間近に見えたのは内緒だ。


 「よし、これで印は隠れるわ。いい、こういった印は魔術的な意味があるから、他の人に見せてはダメよ。あと犯人にアルス見つかると厄介だから、探すなら村の外にしなさい。村人への聞き込みは私がしておくわ」


 『ほぉ、額の刻印に魔術的な意味ね。アスカはずいぶん断定的に言っているが、何か知っているのかな。それに状況判断も的確に出来る様だ』


 「それじゃー私の馬を貸してあげる」


 アルスとミヅキは乗馬が出来ないが、よく訓練された馬には乗ることが出来た。


…………

…………

…………


 しかし馬による捜索も空振りに終わり、2人は村長の屋敷の裏手にやってきた。

 2人の帰りを待っていたのか、アスカは黒毛の牡馬の手入れをしていた。


 「どうだった」

 「……」

 アスカが尋ねるが、二人とも首を横に振るばかりであった。


 「そう、こっちも情報はなかったわ。あと例の冒険者達だけど村にはいなかったわ」


 『あれだけの情報で冒険者にあたりを付けるとは、アスカの頭が回るのか、奴らの素行がよっぽど悪いのか……』


 次の日から一週間、3人は2頭の馬に跨り森や川、山などを広範囲に捜索したが、手掛かりは何も見つからなかった。


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