1-4.ゴブリンの巣~
色とりどりの花が咲き誇る草むらの中、蒼い毛の子犬は空気中に漂う何かを嗅ぎ分けるように鼻を引くつかせたあと、来た道とは反対側へ向けて早歩きで進んでいく。
2人は顔を見合わせた後、アルスが力強く頷くと、子犬の後を追いかけた。
………………
薄暗い森の中をしらばらく進むと、前方に岩山が見えてきた。
子犬は崖の手前にある茂みに伏せ、前方の様子を窺っている。
遅れて来た二人も、子犬を習うように姿勢を低くし様子を窺う。
高くそびえ立つ崖のふもとには洞窟の入り口らしき大きな穴があった。
洞窟の入り口は大人でも立って入ることが出来そうな高さがあり、その脇には岩の上に腰をかけたゴブリンと、やせて汚れた狼がうずくまっていた。
「はっ」
ゴブリンに気が付き、思わず声を上げそうになったミヅキの口を、アルスが慌てて手で押さえる。
うずくまっていた狼の耳がピクンと動き、眼を閉じたまま獲物を探すように鼻をひくつかせ出す。
毛が汚れで固まった狼がゆっくりと起き上がり、アルス達のほうへなおも鼻をひくつかせる。
我慢出来なくなったのか、ミヅキは泣きそうな顔をして来た道へ向かって後ずさりする。
「ウォーーーー」
物音に気が付いた狼は遠吠えをしたあと、アルス達へ向けて走り出す。
居眠りしていたゴブリンもようやく、狼の様に気が付き、洞窟に向けてなにやら叫んでいる。
アルスは急いでミヅキの手を取り、引っ張るように逃げて行く。
しかし子供の足で狼から逃げ切れるわけも無く、ミヅキの足に目掛けて狼が飛びついてくる。
白い棒のような足に狼の牙が届こうとしたとき、蒼い子犬が狼の首に噛み付き、もつれ合うように脇に転がっていく。
ミヅキは立ち止まり子犬の方へ行こうとしたが、アルスは繋いでいる手を強く引き再び走り出した。
離れた2匹は牙をむき出しにして、にらみ合っていたが、蒼い子犬が2人とは別の方向へ逃げ出すと、狼はつられて子犬を追って走り去っていった。
走る人の後方よりゴブリン達のガヤガヤした声がしだいに大きくなっていく。
それでも2人は後ろを振り向かずに必死に走り続けた。
辺りが暗くなりだした頃、見覚えのある大きな木を見つけた二人はよたよたと歩みを落とすと、カナデ婆の家から漏れる明かりが見えてきた。
いつのまにかゴブリン達の声は聞こえなくなっていた。
…………
さすがに暗くなった森をアルス1人で帰すわけにもいかず、この日、アルスはカナデ婆の家に泊まる事になった。
しかもミヅキは珍しい薬草を落とすことなく、無事に持ち帰ることが出来ため、お婆は珍しく上機嫌だった。
二人は夕飯を食べながら、今日してきた冒険の話を興奮しながらお婆に話すのであった。
お婆の話では、2人が出会った蒼い子犬は山犬の精霊獣で、珍しい薬草があった広場は、おそらく普段人間が行くことのできない、妖精たちの花園だろうということだった。
『精霊獣に妖精たちの花園か!いい感じで楽しくなって来ました!』
次の日、朝食も食べずにアルスは急いで家に帰った。
珍しく外に居た母、リリーが出迎え、優しくアルスを抱きしめてくれたが、父、クリフは厳しい表情で昨日、帰らなかった問いただすのであった。
母から離れたアルスは、クリフの眼をまっすぐ見返しながら、昨日の出来事を順を追って話していった。
クリフはアルスがミヅキと2人でゴブリンを倒したことを話したときには大いに喜んでいたが、最後のゴブリンの巣を見つけたくだりになると険しい表情に変わっていった。
「実は最近、村から家畜が盗まれる事件が頻繁に起きていてな、更に村娘が3人も行方不明になっているらしい。もしかするとそこに居るゴブリン達の仕業かもしれない」
クリフは村で聞いた話を教えてくれた。
しばらく考え込んだ後、クリフはアルスを連れ村の村長のところへ向かった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
村長の家は、とても大きな2階建で、裏には馬小屋まであった。
クリフとアルスは使用人に案内され、村長の部屋へと通された。
そこは執務室らしく、立派な机の向こうには壮年の男がどかりと椅子に座り、その脇に少女が立っていた。
2人とも燃えるような赤い髪をしていることから親子だとわかる。
「おう、クリフか。今日はなんのようだ?」
村長は親しげに、アルスの父に話しかけてきた。
「実はな村長。息子がゴブリンの巣を見つけたようなのだ」
「たしか名前はアルサスだったか。まだ小さいのにゴブリンの巣のを見つけるとはたいしたものだ。巣の位置はわかるか?」
村長は机に大きな地図を広げながら尋ねてきた。
アルスは父に地図の見方を教わりながら、なんとか見当をつけ、森の奥にある岩山が書かれた辺りを指差した。
「この辺りだと思う」
「よし早速、冒険者に調べさせよう。巣が見つかったらお金をあげるから楽しみにしているといい。アスカ、この子と外で話していなさい」
「はい、お父様」
アルスは赤い髪の少女に連れられて部屋を出て行った。
少女はアルスより背が高く、2、3歳年上といった感じだ。
村では珍しいドレスを着ていて、やたらと胸のふくらみが強調されていた。
「ねぁ、アルサス。あなた本当に1人でゴブリンの巣を見つけたの?」
アスカはソファーのある部屋に入るなり、勢い込んで聞いてきた。
「う、うん。ミヅキちゃんと2人だけど。」
アスカの勢いに負け、アルスはもう一度、昨日のことを話すはめになった。
「本当にゴブリンを倒したの?おとなしそうに見えるのにやるわねあんた。そうだ、あたしと勝負しなさい!」
「えぇえ、そ、それはちょっと……」
慌ててアルスは逃げ出そうとするが、アスカに素早く服を掴まれ捕まってしまう。
「さ、外に行きましょ」
アスカに引きずられ部屋を出ると、ちょうどクリフが歩いてくるところだった。
「なんだアルス、もうお嬢さんと仲良くなったのか」
何を勘違いしているのか、クリフの顔がにやけている。
「そ、そんなんじゃないよ」
アルスは顔を赤くしてそっぽを向いた。
アスカも顔を赤くし俯き、手をパッと離した。
帰り道
「ねぇ、とうさん」
「なんだ、アルス」
「ゴブリンの巣が見つかったらどうなるの?」
「見つかったら、俺と村にいる冒険者でゴブリン退治をすることになった」
クリフは自慢げに言う。
「ほんとうに!ボクも行きたいなぁ~」
「ほっほー、それは頼もしいな。でもダメだ!」
「え~なんで~。ボクもう戦えるよ!」
「それはな、大人の仕事だからだ!」
クリフはあいかわらずいい加減であった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
ついにゴブリン退治の日がやってきた。
父、クリフはどこから持ち出したのか、使い古したハードレザーアーマーを着込み、腰にはロングソードを挿し、背中にはラウンドシールドを掛けている。
それはまるで歴戦の兵士のようだった。
「それじゃー、リリー行ってくる。アルス、大人しく待っているんだぞ」
クリフは、アルスの髪をぐしゃぐちゃにしたあと、村へ向かって行った。
アルスはしばらく窓辺から外を眺めていたが、母が洗濯しいている隙に、ショートソードとショートボウを持ち、家を抜け出した。
アルスが森の中を急いで進んでいると、後ろから蹄の音が近づいてきた。
よく手入れされた赤毛の馬には、同じく赤毛の少女がまたがっていた。
いかにも動きやすそうな、皮で出来た服は体にフィットしており、またもや胸のふくらみが強調されている。
少女のしなやかな足にはナイフ、腰にはダガー、肩にはロングボウが掛けられている。
馬の鞍には鞭が束ねられている。
「あら、アルサスじゃない。こんなところでどうしたのかしら?」
アスカはわざとらしくアルスに聞いてくる。
「……」
「ふん。わかっているわよ。ゴブリンタ退治を見に行くんでしょ。さ、私を案内しなさい」
「え」
固まるアルスをよそに、アスカは有無を言わさず手綱をアルスに渡してくる。
しかたなく手綱を手に馬を引くアルスの姿は、まるで従者のようだ。
ゴブリンの巣の近くまで来ると、アスカは慣れた様子で馬から降り、馬の尻を叩いた。
「え」
驚くアルスに眼もくれずに、赤毛の馬は静かに走り去っていく。
「ふふ、大丈夫よ。呼べば直ぐに戻ってくるわ。さ、行きましょ」
2人は少し距離はあるが、巣の横にる茂みに潜むことに成功した。
巣の前にはゴブリンと狼が矢で殺されて倒れているのが見える。
既に作戦が実行されているとわかる。
さらに巣の入り口には10cmほどの高さのところにロープが張られており、その両脇の壁にクリフと2人の冒険者が武器を構えて待ち構えていた。
クリフはロングソードとラウンドシールド。
大男は大きな両手持ちのバトルアックス。
細身で長身な男はロングスピアとタワーシールド。
…………
ほどなくして巣の中から白い煙が漂いだしてきた。
……
そして中から喚き声と共にゴブリン達が、勢い良く出口に向かいあふれ出てきた。
先頭を走る3匹が洞窟を出た瞬間、ロープにつまずき倒れると、その後ろにいたゴブリンたちもその上に倒れこむ。
そこへすかさずクリフと冒険者が容赦なく武器を叩き込む。
しかしゴブリン達は次から次と湧き出し、しだいに攻撃をまのがれたゴブリンが、巣の外に現れるだすと乱戦へとなっていく。
冒険者たちは熟練のようだが動きが荒く、力任せにゴブリンを倒していくが徐々に勢いが落ちてくる。
それにくらべクリフの動きは洗練され、無駄が少なくペースが落ちることなく、次々とゴブリンを倒していく。
もう何匹のゴブリンが倒れたかわからなくなった頃、ようやく洞窟から出てくるゴブリンがまばらになってきた。
そのとき、微かな音をたて岩山の上より飛んできた矢が、クリフの腿に突き刺さった。
それでもクリフは痛みに耐え懸命にゴブリンを倒していく。
ようやく最後の一匹を倒したとき、それは現れた。
大男の冒険者よりも更に大きい巨大なゴブリンが巣の中から、ゆっくり現れたのである。
手には鉄製の巨大なバトルハンマー、体には胸を大きく覆う金属製のブレスアーマ。
この強大ゴブリンは上位種のホブゴブリンのようだ。
さらに、その後ろからわらわらと装備の整った大き目のゴブリン?いや犬の頭をしたコボルトが湧き出してきた。
これまでのゴブリン達の装備は皮や木、石、骨などを使った粗末な手作り品や、人間から奪ったサイズの合わない武器だったが、今回現れた精鋭部隊の装備は、特にコボルトの着るスケイルメイルなどは職人でなければ作れないレベルの作りだった。
さすがに分が悪いと判断した男たちは、すぐさま退却を開始する。
しかし足に矢を受けたクリフは出遅れてしまう。
冒険者たちは、そんなクリフを庇う事もせず、むしろ押しのけるようにして先へ行ってしまった。
ホブゴブリン達がクリフを囲むようにゆっくりと近づいていく。
たまらずアルスは立ち上がり手にしたショートボウから矢を放った。
「ちっ」
アスカは舌打ちをしつつも立ち上がり、鋭く指笛を鳴らした。
「ピューーーュ!」
アルスが放った矢はホブゴブリンの肩に刺さっていたが、余り効いた様子が無い。
立ち止まったホブゴブリンがアルスの方をあごで示すと、3匹のコボルトがアルスの方へ歩いて向かってくる。
その間にも残るコボルトや、さらに巣から合われたゴブリンがクリフを囲むように移動している。
「ほら、移動しながら打つよ」
アスカは、その場にとどまっているアルスを促しながら、けん制のため、ろくに狙いをつけづに続けざまに矢を放ちながら移動を開始した。
クリフもアルス達に気が付いたのか、足を引きずりながらも、アルス達の方へ包囲を抜けようと、ロングソードを振りながら突撃を開始するが、ゴブリンの盾に阻まれてしまう。
立ち止まったクリフを後ろからゴブリンが攻撃しかけようとしたとき。
「ヒヒーン」
蹄の音ともに森から飛び出してきた赤毛の馬が、嘶きをあげながらゴブリンの背中を押しつぶした。
馬はそのまま暴れ、コボルト達を蹴散らしながらアスカのところまでやってきた。
「ゴララァアーーー!!」
激怒したホブゴブリンは馬を攻撃しようと駆け出すが、すかさずアスカとアルスからの矢が顔を狙って飛んでくる。
「早く乗って!」
素早く馬に跨ったアスカはアルスへ手を伸ばし、馬を走らせながら小柄なアルスをすくい上げた。
そのまま、勢いにまかせてクリフを掠めるように馬が走りよると、クリフは顔をしかめつつも鞍に捕まり、何とか馬に飛び乗ることに成功した。
よく鍛え上げられた赤毛の馬は、3人を乗せたまま森の中へ駆け込んでいった。
『コボルトたちは精鋭部隊といったころか。それにしても装備が整いすぎてないか。あと山から飛んできてクリフに刺さった矢も不自然すぎるな』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます