1-3.小さな冒険~

 カナデ婆は、目をつぶって、静かにゆっくりと語りだした。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 この世界には数多くの神が存在している。

 その多くは光と闇に別れ、永遠ともいえる間、争い続けてきた。


 光の陣営は、月の女神を筆頭に、太陽神、大地の女神、知識の女神。

 闇の陣営は、暗黒の女神を筆頭に、魔界の神、冥府の女神、幻の女神。


 他にも精霊の神々や竜の神、巨人の神、虚空の神、運命の神などがいるが、彼らは中立を保っている。


 地上には人間のほかに、エルフやドワーフ、竜人、獣人、魔族、ヴァンパイアなどの多種多様な種族が、それぞれの領域で生活している。


 我々が住んでいるのは、ゼーラフィア大陸の東にある小さな村、ダリルの村である。

 ダリルというのは村を治める村長の家名である。


 大陸の最東にあるルーア国と、その西にあるミーゼリア国の間には険しい山脈が縦にはしり両国を分断して、山脈の南端にあるのがダリルの村だった。


 両国が唯一接している地域にあるダリルの村は、領土争いに何度となく巻き込まれてきた歴史がある。

 

 今は、約30年前に起きた戦争の結果、ミーゼリア国領となったが、その前は長いことルーア国に所属していた。


 地理的にも、歴史的にも、村には両国の文化と人種が混ざりあったそうだ。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 時は流れ、アルス少しだけ逞しくなり、まだ幼いながらも幼児から少年へと成長していた。

 腰に差したショートソードも体に馴染んでいる。


 ミヅキは小柄で、背はアルスの肩のあたりだ。

 クリッとした大きな瞳、つややかな黒髪は、眉毛のあたりで切りそろえられ、両サイドだけ長くのばされていた。

 細く小さな体を、淡く紫色に染められた丈の短いワンピースが包んでいる。


 ほかに遊び相手のいない二人は自然と仲良くなり、アルスは暇があればミヅキを家へ行き遊んでいた。


 場面は変わり、二人は森の開けた空間で弓の練習をしている。


 ミヅキは、太い木に取り付けた手作りの的に向かい、姿勢よく弓を構えている。

 アルスは、後ろから手を添え、弓の構え方を教えているようだ。


 ミヅキの放った矢は、的の中心に命中する。


 「うん、上手になってきたね。ミヅキちゃん」

 「ありがとう。アルスちゃんのおかげだよ」

 「そうかな~」

 嬉しそうに見え上げてくるミヅキに、アルスは顔を真っ赤にして照れている。


 「そうだ、アルスちゃん。勝負しよ」

 「うん。いいよ」


 二人はそれぞれの的に向けて弓を構えると、深く深呼吸してから、続けざまに5本づつ矢を射った。


 二人は仲良く的に近づき結果を確認する。


 アルスの矢は、深くまでささり、的の中心に描かれた黒い丸の中に2本が刺さっていた。

 残りの3本も的には刺さってはいいるがバラバラで、そのうちの1本はギリギリであった。


 一方、ミヅキの矢は浅いものの、黒丸に3本、残りの2本も中心に近いところに刺さっていた。


 「うわ~、まけた」

 「ふふ~ん。今度は私が教えてあげようか?」

 「よし次は本物の狩りで勝負だ」

 「うん」


 二人は刺さった矢を的から抜き取ると矢筒へ戻し、アルスを先頭に森に入っていく。


 明るい森の中を進むと柔らかそうな草を食んでいる野ウサギを発見した。


 「ミヅキちゃんが先に打ってみて」

 「うん」


 アルスが小声でささやくと、ミヅキは緊張しながら頷く。


 ミヅキは、ぎこちない動きで弓を構え狙いをつける。

 続けてアルスも、その横で構える。


 ミヅキが放った矢は、ウサギの上を抜けて茂みの中へ消えていく。

 逃げようとしたウサギをアルスの矢が仕留める。


 「よし」

 アルスは小さくこぶしを握る。

 「はぁ、外れちゃった」


 それからもウサギや、キジのように大き目の鳥を狩っていくが、ミヅキの矢は当たることがなかった。


 「ミヅキちゃん。もしかしてウサギがかわいそうで当てられないの?」

 「う、うん」

 「そっかー」


 そんな会話をしながら、二人が森の中を歩いていると、


 「キュー、キュィーーー」


 どこからともなく、甲高い動物の鳴き声が聞こえてきた。


 「キュー、キュ、キュ」


 二人は足を止め、泣き声がする方向を確認する。


 「なんの声かな~?」

 「行ってみよう」


 方角を見定めるとうなずき合い、アルスを先頭にしてなるべく足音をさせないよう、静かに鳴き声がする方向へと森を分け入っていく。


 動物の鳴き声が大きくなったところで立ち止まり、アルスが茂みから覗き込む。


 「ゴルルルルーー」


 ゴブリンが粗末な作りの石斧を振り回し、小動物を追い掛け回していた。

 小動物は綺麗な蒼色の毛をした子犬のようだ。


 子犬は罠にかかったのか、首には紐がかかっており、紐の反対側は木に結び付けられていた。

 そのために子犬は、すばやい動きでゴブリンの攻撃をかわしているものの、逃げ出せずにいた。


 アルスはミヅキに小声で耳打ちし、素早く弓を構えた。

 うなずいたミヅキは、アルスから少し離れたところまで移動し、片ひざをつき弓を構えた。


 ミヅキとうなずき合った後、アルスは弓を引き絞り、射るタイミングを窺う。


 紐が木に巻きつき、逃げ場をなくして追い詰められていく子犬に向かい、ゴブリンが石斧を大きく振り上げた瞬間、アルスは矢を放った。


 「ギャ!」


 矢はゴブリンの右わきの下に突き刺さり、石斧は振り下ろされること無く手から離れた。


 ゴブリンはよろめきながらも、腰にさしてあった骨で出来たナイフを左手で掴み、獰猛な顔をしながら、弓が飛んできた方向、アルスが居る茂みへとよろめきながら歩きだした。


 「グルルルーーー」


 アルスは茂みの中で、弓を投げ捨てショートソードを構える。

 アルスとゴブリンの距離は徐々に縮まり、3mを切ったところで、横合いから飛んできた矢がゴブリンの左わき腹に突き刺さる。


 「ギョアーーーーー」


 たまらず悲鳴上げると共に膝をつくゴブリン。


 「やぁーーーー」


 そこへ茂みの中から、両手でショートソードを振り上げたアルスが飛び出してくる。


 ゴキ。


 力任せに振り下ろされたショートソードは鈍い音と共に、ゴブリンの頭に半ばまで埋まったところで止まった。


 森が静けさを取り戻した後、2本目の矢が飛んできた茂みの中から、ショートボウを持ったミヅキが現れた。


 「アルスちゃん、だいじょうぶ?」


 ショートソードを掴んだまま動けずにいるアルスの肩に、ミヅキがそっと手を載せる。


 アルスは息をするのを忘れていたのか、大きく息を吸い込んだあと、ショートソードから手を離し、へなへなとその場にしゃがみこんでしまった。


 しばらくし、落ち着きを取り戻したアルスがふらふらと立ち上がる。


 「アルスちゃん、すごい!ゴブリンやっつけちゃった!!」


ミ ヅキは眼を輝かせながら、自分より背の高いアルスを見上げている。


 「いや~、ミヅキちゃんだって矢を当てることができたじゃないか。すごいよ!」


 二人は両手を繋いで、飛び上がって喜び合った。


 アルスが、動かなくなったゴブリンから、おそるおショートソードと矢を抜き取っていると。


 「クーン、クーーン」


 木の付け根で紐に絡まり身動きが取れなくなった子犬が鼻をならしている。


 子犬を良くみると、蒼色のふさふさとした長い毛、犬とも狼ともとれる顔をした不思議な姿をしていた。


 「これって変わった色をしているけど、山犬の子供かな~?」

 

 アルスは思案しながらも、警戒することなく子犬に近づき、絡まっている紐をほどきだす。

 子犬のほうも信用しているのか、アルスになされるがまま、おとなしくしている。


 紐をほどき終えるのと、子犬は千切れそうな勢いでふさふさの尻尾を振りながらアルスに飛びついてきた。

 驚いて後ろ向きに倒れたアルスのことには構わず、子犬はアルスの顔を舐め回す。


 「うわぁ、やめてよ、くすぐったいよ~」

 「可愛いぃ~」

 

 照れているアルスを横目に、ミヅキは子犬の背中をなで始める。


 しばらくじゃれあったあと、満足したのか子犬はアルスから離れ、森の方へ歩きだしたあと立ち止まり、アルス達を振り返った。


 子犬はその場を動きそうもないアルスたちを見ると、小首を傾げ、アルスの元へと駆け戻り、今度はズボンのすそを口にくわえて森へ向けて引っ張り出す。


 しかたなくアルスが歩き出すと、子犬は口を離し、再び森へ小走りで進んでいく。


 徐々に森は深くなり、あたりを霧が漂い始める。

 それでも1匹と2人が進んで行くと、突如、とても明るい草原に出た。


 「うぁ~~きれぃ~~」

 

 あまりの見事な景色にミヅキの顔が輝いている。

 穏やかな風が丈の短いワンピースをふわりと揺らし抜けていく。


 色とりどりの花が咲き誇るなかを蝶が舞っている。

 子犬が蝶を追い駆け出すと、つられてアルスも追いかけだした。


 楽しげに走り回るアルスたちの後姿を眺めていたミヅキだったが、珍しい草花でもみつけたのか、腰に提げていた大き目の袋に花や葉を夢中で摘んでいった。


 遊びつかれたのか、子犬とアルスが草原に寝転んでいる。


 「こんなに綺麗なところが、森にあるなんて知らなかったわ」


 ミヅキは花で作った冠をアルスの頭にのせ、隣に腰を下ろした。


 「うん、ボクも初めて来た」

 「今日は、ゴブリンも倒したし、珍しい薬草を摘むことも出来たし、とっても楽しかったね」

「うん、そうだね」


 2人が楽しげに話していると、突然、子犬が耳を立て緊張した顔を起こした。


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