1話① 俺は今御門さんの顔を知らない

 黒板には『English communication~他己紹介~』と書かれている。

ライブツアーのタイトルかよ。


「じゃあ、好きなやつと組んで課題を進めろよー。来週提出だからなー」

「だるー」

「組もうぜ!」

「モモちゃん、一緒にやろう!」


 英語教師の気の抜けた号令でクラスメイト達が動き始める。

 二人組を作ってお互いの紹介文を英語で書く。それが出された課題だ。

 こういうのは勝手知ったる友人と組んでちゃっちゃと終わらせるのが吉だ。


「富雄(とみお)でも誘うかなっと」


 テニス部に所属する数少ない友人を思い浮かべる。

 しかし、彼の席を見ると頼りの友人はすでにペアを作っていた。


「おい!おれが一人ぼっちになるだろ!」


 俺は富雄の席まで近づき抗議する。


「いつもは一人じゃないみたいな言い方するなよ」


 こいつは好青年然としてるくせにひどいことを言いやがる。


「いやいや、一人じゃないですけど」

「お前に友達なんていないだろ。誰かいんの?」

「それは、その……お、お前とか」


 自分の顔が熱くなるのがわかる。自分の発言が恥ずかしく、つい俯(うつむ)いてしまう。自分の気持ちを伝えるのって難しいんだな。


「うわ、キモ」


 富雄は眉をひそめてめちゃくちゃ簡潔に気持ちを伝えてくれた。


「薄情者!」


 こんな友達外のない奴は放っておいて他の人を誘おう。

しかし、富雄との茶番劇の間に、残っている人は数えるほどになっていた。


「じゃあ、今御門さんでも誘ってみれば?」


 クラスをぐるぐる見回し悩んでいると、富雄がある種忌々しい名前を出してきた。

 昨日の個人面談で限りなく脈がないことは分かってしまった人の名前。

 つい、顔が引きつってしまう。

 その表情が面白かったのか富雄は喜々として言う。


「あ、生駒は失恋中だったっけ?」


 わざとかこの野郎!爽やか好青年風のくせに!

 わざわざ昨日の夜のうちにラインで報告した自分を呪う。


「別に失恋じゃねーし!恋してないし、ちょっといいなって思ってただけだし!」

「めっちゃ早口だし、失恋だな」


 ほんとにそんなんじゃない。ただ、美人で優しくていい人だなって思ってるだけ

だ。あれ?やっぱり恋してるな。


「でも、どうせ誰か捕まえなきゃいけないんだし誘えば?」

「今御門さんなら誰かしらと組んでるだろ」

「いやいや、見てみろって。珍しくしっかり一人だぞ」


 促され見ると、今御門さんは自分の席に座ったままだった。

 彼女はいつも誰かに囲まれている人だ。女子からは敬愛され、男子からは高嶺の花とされている。つまり人気者ってやつだ。

 まぁ、誰も誘っていない理由があるとすれば、


「今御門さん、今日なんか不機嫌そうなんだよ。だから誘うのはちょっと……」

「まあまあ、どうせ終わった恋なんだし、気楽に誘えばいいじゃん」


 富雄は笑ってそう言う。

 そんな風にお膳立てされると行かない方がダサい気がしてくる。

 それに、人づてに「男に興味がない」と聞いたぐらいで諦められるものでもない。


「お前が誘わなきゃ今御門さんも変な奴と組まされるだけだ」


 富雄はイタズラっぽく笑う。


「たしかに、今御門さんが一人だとかわいそうだしな」


 そのまま俺は今御門さんが座る窓側の席に向かった。

 今御門さんは、教室の喧騒なんて興味なさげに外を見ていた。赤茶色のボブカットをいじる涼しげな様に清涼飲料水のCMを思い出した。


「ふー」


 自分の鼓動が速くなっている気がする。

 何に緊張してるんだ俺は⁉同級生に声をかけるだけだぞ?握手会じゃあるまいし。ミスったらまたCDを積めばいいだけだろ?あ、握手会じゃないからそれじゃダメだ。


「今御門さん、ちょっといい?」


 くだらない事を考えているうちに気付いたら声をかけていた。


「なに?」


 今御門さんが振り返る。それに合わせて、春の日差しに照らされる彼女の髪が肩口で揺れ。

 がんばって俺は平静をよそおい続ける。


「もしよかったら俺と組まない?」


 今御門さんは澄んだ瞳でこちらを見ている。

時が止まった気がした。


「いいよ」


 今御門さんはフッと柔らかい笑顔を浮かべた。

不機嫌だというのが勘違いだと言わんばかりに。


「お、おう、ありがとうございます!」

「ふふっ、なんで敬語なの」


 あまりのうれしさについテンションが跳ねあがってしまった。キモがられたか?


「私こそ、誘ってくれてありがとうございます」


 今御門さんは、少しふざけるように言う。

 ほんと優し可愛いな。


「いや、別にどうせ俺も今日は偶然ぼっちだったし」

「偶然なの?」

「いや、偶然というか毅然とボッチ?」

「毅然とぼっちってなにそれ、ウケる」


 そう言って今御門さんは小さく笑う。

 今御門さんの笑顔に釣られ顔が緩んでしまう。

 いかんいかん、表情を引き締めなくては。


「険しい顔してどうかした?虫歯?」


 首を傾げる顔を覗き込んでくる。 

 いちいち、可愛いらしい仕草をすな!


「い、いにゃ、課題始めようぜ」


 めっちゃ噛んだ!

 そんな俺がおかしかったのか、また今御門さんに笑われた。


「めっちゃ噛んだね」


 恥ずかしすぎる。

 それにしても、今御門さんってけっこう笑うんだな。無愛想だとは思っていないけど、もっとクールなイメージがあったから意外だった。

 よく考えたら、いつも後ろの席から眺めてばかりだった。正面から今御門さんの笑顔を見たのは初めてな気がする。やっぱり、話しかけてよかったかも。

 微かな高揚感を感じながら、俺は課題に取り掛かった。

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イキリ陰キャ、百合を愛でる たくみ @tatsumi18

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