イキリ陰キャ、百合を愛でる
たくみ
プロローグ 告白する前から散っていた
放課後の教室には俺と相手の二人きり。大きく深呼吸し一言。
「俺は今御門千景さんが好きです!」
相手は突然のことに言葉が出ないようだ。
鼓動のスピードは秒針よりも早くなる。しかし、目だけは逸らすまいと前を見据える。
そんな俺の様子がおかしかったのか、相手はフッと笑い、おもむろに口を動かした。
「いや、俺に言われても知らんがな」
対面に座る、担任の稲荷先生(三十代独身・男)は呆れるようにそう言った。
「なんでっすか⁉なんでも相談してくれって言ったじゃないですか!」
入学して約1ヶ月。今日は初めての個人面談だ。
その最後に、困っていることがあったら何でも言えって言われたから打ち明けたのに。
「生駒、お前のは相談じゃなくて告白だからな。あまりの雰囲気に先生、ドキッとしちゃったぞ」
「ドキッとさせたのは謝ります。ごめんなさい。では、ちゃんと相談しますね」
「ああ、そうしてくれ」
「俺、今御門のことを思うと胸が苦しくて、頭がおかしくなりそうなんです。どうしたらいいですか?」
「大丈夫だ。ちゃんとおかしくなってるぞ。むしろ面白おかしい」
稲荷先生はバカにするような顔で言った。
「生徒の悩みをバカにするなんて教師失格ですよ!」
「悪い、そうだよな。バカな生徒とのバカな相談でも、バカにしちゃいけないよな。先生が間違ってた」
先生は自分の非を認めてくれた。
俺は稲荷先生のこういう風にちゃんと向き合ってくれるところが好きだ。少し、失礼なことを言われた気はするが。
「じゃあ、生駒は今御門のどこが好きなんだ?」
どこと言われると意外と難しいな。
しばし考える。
「……顔?」
「バカだな、お前」
先生は残念な生き物を見るような眼を向ける。
「なんでですか!今御門めっちゃ美人でしょ」
「いや、好きな理由が顔って浅すぎだろ」
「師曰く、人は見た目が9割。つまり見た目を好きになった時点で、その人のことを9割も好きになってるんですよ」
「あのな、生駒。人は残りの1割に愛を見出すんだよ」
先生は諭すように言う。その顔は教師というより父のような表情だ。
「うわ、きもいっすね。もうちょっとテンション落としてください」
「お前に言われたくねーよ!」
いきなり愛とか言われるからびっくりしちゃった。
「じゃあいいよ。顔以外にほんとにないのか?」
「あります!今御門さんはホントにいい人なんです。例えば、こないだ赤ペンを忘れた時に今御門がすぐに差し出したんですよ」
「今御門は気が利くな」
「しかも今御門もペンが一本しかないから、使いそうなときに毎回使うか聞いてくれるんです!めっちゃいい子じゃないですか?」
「なるほどな、優しくされて好きになっちゃったんだな」
「いや、ペンを借りたのは俺じゃなくて菊池です」
「お前じゃないんかい!」
先生は芸人ばりに椅子からこけた。
「菊池を童貞呼ばわりしてやらないでください!」
でも、たぶん菊池は童貞だけど。そういうのは目を見ればわかる。
「まぁ、なんだ、生駒の思いは分かった。でも、今御門は諦めた方がいいぞ」
先生は座りなおして、まじめな顔で話し始めた。
「なんでですか?俺はたしかに背は高くないけど、顔はそれなりにイケメンだし、頭も悪くないし、ちょっとクールでシニカルな部分もあるけど、運動神経も悪くないんですよ?それでもだめですか?」
改めて思うけど、こんなに悪くない物件なのになんで彼女いないんだろ?シャイガールばっかりか?
「生駒のその自己肯定感の高さは嫌いじゃないけど、それでも諦めた方がいい」
「その心は?」
「さっき今御門とも面談したんだけどな。あいつな……」
「今御門が何ですか?あ!もしかして、俺のこと好」
「男に興味ないんだと」
……まじか。
あんまりな事実に驚きすぎてうまく声がでない。釣り上げられた魚のように口がパクパクするばかりだ。
「だから、今御門と付き合うとかは諦めろ」
稲荷先生は憐れむような、いや、小馬鹿にするようないい笑顔で言い放った。
「ちょ、ちょっと待ってください。つまり俺のことは」
「好き嫌いの前にカテゴリーエラーという事だな」
ストライクゾーンどころかバッターボックスにさえ入れてもらえないのか。
「べ、べつに」
「ん?なんだ?」
「べ、別に美人で性格がいいと思っただけで、惚れたわけじゃないんだから勘違いしないでよね!」
俺は負け惜しみとばかりにイキリ吠えた。
「いや、それは勘違いするまでもなく惚れてるよ」
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