006:暁雨、早朝に川原を散歩する(7)

「そないなこと何もまだ決めてへん。今日一日を生きてるかも分からんような状態や。生きてこその身の振り方やろう。今はどうでもええわ」


「ほな……こいつ、死ぬのか?」


 おぼろはじっと陰鬱いんうつな目で布団のほうを見ておりました。


 布団の上の男は、変なだまし絵でも見てるみたいに、見事に真半分まはんぶんでした。


 これやと、死ぬほうが自然やろうな。


「たぶん、死なへんやろな」


 推測すいそくの話やけども、予感として、こいつは死なんと思えたので、そのまま言うただけです。


「死んでも坊が生き返らせるからか?」


 キッと怒った顔でおぼろが言うてます。


 なんで怒るんやお前は……。


「そうやない。お天道てんとう様が生かすて決めな、反魂術はんごんじゅつはそう易々やすやすとは効かへんのや。俺も別に手当たり次第しだいに生かせるわけやない」


 結局のところ、死すべきもんは死ぬんや。天地あめつちがお決めになることや。


 あるいは、本人がな。


「生かすのか?」


「できるもんならな。せっかく生きてるのやし、これも何かのえんや。そやけど、こいつ放っといても死なへんと思うわ。生命力が強いさかいに。見て」


 あごで示して、横たわる男の千切ちぎれたシャツの、ボタンが並ぶあたりをおぼろに見せると、意味が分からんようで、けわしい顔をしております。


 そら、見ていて気色きしょくのええもんやないさかい、険しい顔にもなるでしょうけどね。


 そやけど、こいつの機嫌きげんが悪いんは、そういうことやないようです。


ひろうた時はな、このやぶれてる服のところまでしか体がなかったのや。そやのに今は、服より体の方が大きいわ。育ってんのや」


気色きしょく悪い」


 怖気おぞけだったようにおぼろが言うんで、可笑おかしゅうて笑いました。


「人のこと言えん程度には、お前も化けもんやぞ」


 おぼろ何遍なんべん殺しても殺しても死なんような、しぶとい肉体からだです。


 こいつは屍鬼しきなのや。死んでもまだ動き回ってる。


 恐ろしい化けもんや。


 それでも姿は美しいのです。はかなげでね。


 それが不安そうに本家のたたみに座っている様子を見ると、せつないような気がしました。


 いつになっても不幸せそうで。


 何か私がいたらんのでしょうかね?


 それとも、こいつはこういう鬼なのか。


「おいで」


 背後に呼んでも来ないので、しょうがない奴やと思いつつ、手をつかんで引き寄せました。


 冷たい手でした。水底みなそこひろうた半分だけの奴より、よっぽど冷たいわ。


 生きてるような気がしいひん。


 なんや、あんまり望まれてへんようなのを無視して、ぎゅうっと抱きしめると、おぼろはややあってから、ふと観念かんねんしたように脱力し、忘れていた息をしました。


 深い、吐息といきのような。長い呼吸の音でした。


「びっくりしたんや。急にネットであんな写真見て、全然知らん奴やったし。誰やろって……驚いただけや」


「半分しかないとこには驚かへんのや?」


「半分でも全部でもいやなんは一緒やろ。もう、変なの連れてくるんやないわ」


 の鳴くような声で、おぼろが言うもんやし、また笑えました。


 可愛いな、こいつ。今日は。


 めずらしい。押し倒そうかな。


「何考えとんのや坊は。瀕死ひんしのやつの前で」


 なぜバレたんか、おぼろがそない言うんで、やめときました。


 もう瀕死ひんしやないで、こいつ。たぶんな。


 だって、そろそろ起きるみたいやで。


 その前に、おぼろ接吻キスくらいしよかな?


 せっかく、うたのやしな。


ぼん……あかん」


 そう言う割に力のない指で、おぼろがこちらのえりつかんでいました。


 キスしてええんや。わけわからんな。


 でもせっかくの機会ですしね。ちょっと失礼して。接吻せっぷんを。


 そうっと誰にもバレへんように、くちびるを重ねると、いつもと同じように、おぼろとろけそうな甘い息をつきました。


 押し倒そうかな。


「だめ……だめぼん


 あえぐみたいな小声で言われ。


 これ難しいなあ。こいつ常に駄目駄目だめだめって言うんですよ。毎回ですよ?


 いつがほんまに駄目だめな時なんや。


 たぶん今ですね。おそらく。


「ミズグチさん」


 急に強い手でひざつかまれ、私も油断してたんか、ゾッとしました。


 これ人間の手やないわな。


 何か……そう。冷とうて、何かヌメっとしたものでした。

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