006:暁雨、早朝に川原を散歩する(5)

 水から川岸に上がると、しつこう待っていたらしい野次馬やじうまがまだったようで、歓声とも悲鳴ともつかへんどよめきが聞こえました。


 物見高ものみだかいのは人のつねです。


 まだ早朝やったんは幸い。


 そやけど、人目というのは、有るものやな。


 皆、一度悲鳴を上げた後は、恐れ慄おののく青ざめた顔になり、言葉をうしのうているようでした。


 それはまあ、水に落ちた子供を追って飛び込んだ親が、真っ二つに割れた別の男を拾ってきたら、驚くやろな。


 血はさしてしたたりもしませんでした。水に洗われたか、すでに傷が閉じているようです。


 化け物やな。


 私はそういうたぐいの連中とはえんがあるので、今さら驚きはしませんが、ここまでしぶとい奴は滅多めったりません。


 めずらしいひろもんやったな。


 しかも半分しかない顔も、割られた仮面かめんのような端正たんせいさです。


 別に不細工ぶさいくでも助けましたけどね?


 ほんまですよ。ほんま。


 信用ないんやろか、私も?


 心外しんがいです。


 そやけど、これは案外、ええひろもんかもしれへん。


 半分しかあれへん割に、その若者はずっしりと重く感じました。


 まるで、ほんまは巨大なものが、ちいそう化けてるように。


「ユミちゃん、おとうさんぶわ。手、つないで……」


 思いがけず重たいなと思いながら、子供の前でそうヨタヨタもできひん。


 かついで帰るんは無理やったし、人目もはばかる荷物やさかいに、位相転移いそうてんいすることにしました。


「テレポート!」


 舌足らずな声でユミちゃんが叫び、差し出した私の手をガシッとつかみに来ました。


 転移術てんいじゅつやて言うてんのに。我が家では代々の秘術ひじゅつです。


 そやけど、しゃあないな。


 テレポート!


 目の前でき消えた私と、ユミちゃんと、半分だけの男を見て、朝の川原に悲鳴がくのを、次第しだいに遠く聞きました。


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