006:暁雨、早朝に川原を散歩する(3)

「おとうさん……寒いよう」


 びしょ濡れの我が子が川原で震えているのを、こっちもびしょ濡れで見ました。


「当たり前やわ、弓彦ゆみひこ。着物着たまま泳ぐんやない。何を着てても急に川へ飛び込んだりしいひんのや。おぼれたらどないするのや。お前が戻ってきいひんかったら、おかあさんも、まいちゃんもきつねしげるも、水煙すいえんも、みんな泣くぞ。しっかりせなあかん」


 ついガミガミしかる口調になってしまい、それが自分の言うこととも思えず、押し黙りました。


 説教せっきょうくさい我が家の大人どもに、ウンザリしながら育ったはずが、よもや自分までそんなふうやとは。


 ほんまにどこまで大変なんやろ、おとうさんとは。


「ごめんなさぁい……そやけど、誰か呼んでるのやもん。おとうさん」


 細かく震えながら、ユミちゃんがそない申します。


 川から誰が呼んでんのや?


 あっ。


 こいはあかんで。この川にるデカい錦鯉にしきごいはな、ちょっとアレなのやユミちゃん。くわしゅう言えへんけど、アレはちょっとアレや。


こいちゃうもん」


 ちょっとあきれた顔で弓彦ゆみひこが口をとがらせて言います。


 なんや、ちゃうんか。おとうさんあせったやないか。


「何かなぁ、魚やのうてなぁ、もっとヌメっとしたものやの」


「ヌメっと?」


 弓彦ゆみひこはそれが川から呼んでいるというのです。


 我が家の家風かふうとして、時折ときおり、聞いたらあかんもんの声がすることがあり、それに呼ばれることが度々たびたび


 そやけど知らん顔せなあかんのです。


 大抵たいてい、それはロクなもんやないんや。


 神ならともかく、大概たいがいはしょうもないものや。


 めずしいことでもないのです。


 なんせ、この世は、もんだらけですさかいに。


「ほっとき、ユミちゃん。うちには関係あらへん」


「そんなことないもん。助けて〜って言うてるもん。おとうさん、正義の味方なのやろ?」


 そうやて信じてるらしい面構つらがまえで、弓彦ゆみひこがそない言うております。


 はぁ? 何言うんやユミちゃん……。


 おとうさん、そんなええもんと違うで。


 うちはな、ありがたい神さんをおまつりしたり、悪さする鬼やもの退治たいじすんのが家業かぎょうやった。確かにな。


 けど、それは……ずっとそれが、我が家にせられたお役目やくめやったせいや。


 ボランティアやないのや。仕事やの。ただでは働かんのやで?


「お金あるのォォォ?」


 弓彦ゆみひこが急に川に向かって叫びました。ギョッとします。


 ちょっとユミちゃん誰と物言うてんのや⁉︎


 ずかしいさかいやめて。


 すでに川原の遊歩道ゆうほどうを走ってる人らがいました。


 朝ジョギングやら言うらしいですね。


 何でるんやの悪い。


「あるって言うてる、おとうさん。お金ぎょうさん持ってるて」


「そんなもんうそや、ユミちゃん。正体の分からんもんと口聞くもんやあらへん」


 あせって小声でたしなめましたが、時すでに遅しです。


見参けんざん!」


 ユミちゃんはいつも見てるヒーロー番組の役者がやるのと同じポーズで叫び、走り出しました。


 今度は二本足でね。


 よかった。


 そんなん言うてる場合か。


 ああっ、また弓彦ゆみひこが川に飛び込みました。


 ウワアとかヒエエという叫び声が川原の遊歩道から聞こえます。


 思った以上に人おるな。


 子供が落ちたぞ‼︎


 橋からもそんな声が。


 通報!


 そんな声も。


 それはやめといてくれ。


 しょうがない。ここは親として、やるべきことをやりましょう。


 もういっぺん川に飛び込む訳ですね。


 そら、もう、一回も二回も同じや。どうせもう、びしょ濡れやさかいに。


 あぁ、あぁ、何でこないなことになったのやユミちゃん。お兄ちゃんはこんな事あらへんかったえ。


 お登与とよでのうても、そない言いとうなりますよ。


 そやけど、それは言いっこなしやで。


 おとうさんも見参けんざん


 後を追いましょう。

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