005:暁雨、米を炊く (4)

「おとうさん、ごはん、真っ黒げやねぇ」


 天井板てんじょういたから何とか引っこ抜いた鉄釜てつがまの中をのぞいてみて、ユミちゃんはガッカリした声で言うてました。


 腹が減ってるのやから、それはガッカリやろう。


 ひもじい幼子おさなごのために米ひとつけへんとは、我ながらなさけない限りです。


「ユミちゃん、堪忍かんにんやで」


 完全に炭化たんかした、米やったものを見ながら、息子にあやまりました。


 実を言えば、この子は息子なんかどうか分からへんのです。


 登与とよの子なんは間違いあらへんのですが、普通にさずかった子やのうて、お登与とよが私の霊力を借りて使つこうた招魂術しょうこんじゅつで呼ばれてきた子です。


 術法じゅつほうでできた子なのです。


 そやから、ほんま言うたらユミちゃんは何者なにもんなんか分からんのです。


 とは言え、まあ……そういうことは大した問題やあらへん。我が家にさずかった子には違いあらへんのやから。


「ごはんのこと、皆にはだまっといてな」


 内緒ないしょにするようユミちゃんにたのんでおいてから、ほんまはあかんのですけど、ほんまはね。けど、私はちょっと悪い子なもんやから、ちょっとだけ術法じゅつほうを使いました。


 悪さするのに一回も二回も同じです。


 ちょちょいっと術法じゅつほうでやったほうが早いのやさかいに。


 ユミちゃんの教育にはようないのですけど、ここは幼子おさなごの空腹にめんじて、少ぉしだけ反魂術はんごんじゅつを。


 可愛いユミちゃんの血となり肉となるはずやった、お米のたましいを呼び戻しましょう。


 米も神の一種やさかいに、火にあたりすぎてげてもうた神さんに、ご機嫌きげんを直してお戻りいただきたいのや。


 そのためにちょっとじゅつをですね。


 いえ大したもんやありません。ゴニョゴニョっと何かをとなえると、しんまで炭になっていた米が、あわい光を集めてよみがえりました。


 ほっかほかの甘いきたてごはんに。


 ええにおいや。


 まさに命のかてです。


「おとうさん、すごいね!」


 目を丸くして、弓彦ゆみひこが驚いていました。


「ユミちゃんにもできる⁉︎」


 そですがってかれましたが、いやあ、どうやろな?


 秋津あきつの子でも、使える術法は生まれつきかたよりがあるんです。


 上の暁彦あきひこは名前も同じなだけあって私に似たようやけど、弓彦ゆみひこは他にない通力ちからを示しておりますし、反魂術はんごんじゅつは使わへんようです。


 そやかて、他にきっとユミちゃんにしかないええ所があるわけですしね。


「ごはん出す通力ちからやのぉ? おとうさんすごいねえ。いつでもおにぎり作れるね」


 違う。そうやない。


 ユミちゃんは明後日あさってのほうに理解して感動しておりましたが、私には黄泉よみがえりの力があるんです。死んだもんを呼び戻す通力つうりきです。


 ほんまは米がげた程度のことに使つこうたらあかんのです。


 危ない通力ちからでして、世のことわりが乱れてしもたら大変なんや。


 そやけど、米も勿体無もったいないですからね。今日だけ今日だけ。


 実を言うたら私はずっと悪い子やったんや。


 ユミちゃんの言う通りなのです。


「おにぎり食べたい……」


 上出来じょうできき上がったごはんにおいにお腹を鳴らして、ユミちゃんがせつなそうにかまの中を見つめていました。


 にぎめし作らな。


 それは作ったことがあるのです。一度だけやったけど。


 祇園ぎおん白川しらかわにあるおぼろの家で、若かった頃にです。


 あの頃は良かったな。今にして思うと、良かったのやろなと思います。


 今もまあ、悪くはあらへんのですけどね。


 あつっ! きたてのめしの熱いことと言うたら。


 ユミちゃんと二人で、ひいひい言うておにぎりを作りました。


 ユミちゃんはまだ小さいさかいに、下手へたくそなおにぎりでしたが、私なんぞはもう大きい割に、驚くほど下手へたでした。


 人間、何にせよ得手不得手えてふえてはありますね。


 それは人間やめても、あるようです。


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