005:暁雨、米を炊く (3)

 危うく大事な米を流してしまうところでした。


 あかんな。余計よけいなこと考えんと集中せな、米すらけへんというき目に。


 雑念ざつねんを振り払い、冷えた竈門かまどに米と水を入れた鉄釜てつがまを乗せて、分厚ぶあつい木のふたを乗せました。


 よぅし。これで火つけたらええだけや。簡単でしたね!


「おとうさん、お米ってく前にがんでええのん?」


 竈門かまど鎮座ちんざした鉄釜てつがまを一緒に見つめ、ユミちゃんがぽつりと言いました。


 ん⁉︎ そうやったか……そういうたらそうか?


 ユミちゃん、なんでそんなこと知ってんのや?


怜司れいじお兄さんがお米いてる動画があるんやで」


 いかにも残念そうに、そんなことも知らんのかという声で弓彦ゆみひこが言うてました。


 知らんわ……そないなもん。なんで知ってんのやユミちゃん。


「見たら? おとうさんも。役に立つよ」


 さとすような声で言われ、内心うろたえましたが、勿論もちろん顔には出しませんでした。


「役に立つようなもんやあれへんやろ」


「見てたらお米はけたはずや」


「そないなもん見んでもけるわ」


 断言して、もうサッサと火をつけることにしました。


 マッチ、マッチ。ありません。なんであれへんのや!


 もう面倒めんどうなんで術法じゅつほうでやることにしましょう。


 何ならまきもありませんでした。まきもあれへんのに、この家ではどないしてめしを作ってるのでしょうか。ほんまに分かりません。


 さて、点火!


「燃えろ」


 命じると、竈門かまどうろの何もないところに火が燃えました。


 赤々とおどる炎が生まれ出るように上がり、かまの底をどんどん熱します。


 火炎術かえんじゅつは昔から、私が得意とするところです。これやったら、息するよりも簡単です。


「おとうさん」


 しみじみと、炎を目にうつした弓彦ゆみひこが私の隣で言います。


「こんなしょうもないことに術法じゅつほう使つこうたらあきませんよって、おかあさんが言うてはった。水煙すいえんも、いつも言うてるえ。言いつけを守らへんと、悪い子になってしまうんやで」


 気の毒そうに言う弓彦ゆみひこに着物のそでを握られ、ちょっとクラッとしました。目眩めまいが。


「ねぇ。おとうさんは、悪い子ぉやの?」


 心配そうに言うユミちゃんに返す言葉もありません。


 いや。何というか。


 ちょっとくらい見逃してもらわれへんのやろか?


 おとうさんて大変なもんですね。


 そない思った時でした。


 ボォンと鈍い音を立てて、竈門かまど鉄釜てつがまが天井まで吹っ飛びました。


 どうやら火ぃが強すぎたようや。


 あんぐりとして、ユミちゃんと二人で天井に突き刺さったかまを見上げました。

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