002: Happy Birthday (4)

 そこには、おとんの画風で、日本画タッチのショートケーキが描かれてた。


 日本画のケーキの絵って、俺、初めて見たわ。


 しかも、ザ・誕生日ケーキっていう感じの、クリームしぼってあって、真っ赤なイチゴが乗ってて、アキちゃんおたんじょうびおめでとうって書いたチョコの板が乗ってるやつや。


 それを見て、アキちゃんはなんでか、ほろ苦い笑みになってた。


「まさに、俺が子供の頃に欲しかった誕生日ケーキを絵に描いたような絵やわ」


 アキちゃんがそう言うと、おとんはフフフと笑うた。


「そやろ? まあ、ごゆっくりどうぞ」


 ほな行こかという気配でおとんは言い置いて、怜司れいじ兄やんは俺にたいを押し付けてきた。


 重い重い! なにこれ⁉︎ 生のたいやんか畜生ちくしょう


 なんでこんなもん置いていくんやあ。とおるちゃんもう泣きそうやったわ。


「せっかく来たのやったら、おとんも一緒に飯食うていかへんか?」


 アキちゃんは気を遣うたふうに、もう行く気配の暁雨ぎょううさんに声かけてた。


 おとんは不思議そうにアキちゃんを振り返ってた。


「なに野暮やぼなこと言うてんのやジュニア。俺は今日が誕生日なんやぞ?」


 暁雨ぎょううさんはしれっとそう言うた。


 えっ。そうなんか⁉︎


「お前の双子ふたごの兄貴やて世間様にはいうてんのやしな、それやったら俺も今日が誕生日のはずやろ? そやから白川しらかわで誕生祝いするんやもんなあ?」


 にこにこして、そう言うて、おとんは側に立ってた怜司れいじ兄やんののどをなぜか、こちょこちょとくすぐって、やめてぇこそばゆい〜って言わせてた。


 なにやっとんねんオッサン。ほんまはもうエエ歳のじじいのくせして。


 むしろもう死んどるぐらいやのに。まだまだお盛んなんか。


 キー! うらやましい!


「誕生日プレゼントはなんや? なんか用意してくれたか? もしかしてお前がプレゼントか?」


「いやーん坊、それもあるけど一応、用意したよ」


 にっこにこして怜司れいじ兄やんはまた、ふところから何か引っ張り出してきた。


 お前のふところには何が何個入ってんのや⁉︎


 青ざめて見る俺の顔色はさらに悪くなった。


 怜司れいじ兄やんが引っ張り出したのが、どっかで見たことある感じの、暗めのタータンチェックのマフラーやったからや。


 怜司れいじ兄やんはそれをフワッと、暁雨ぎょううさんの首に巻いてやり、オシャレーな感じに素早くアレンジした。魔法みたいに。


「ものすごう似合うわ、坊。俺もう目がつぶれそうやわ」


 ツレの男前さがまぶしすぎて、キラキラに目潰めつぶしを食らう怜司れいじ兄やんが、もう一本、自分のふところからマフラーを取り出してきて、おとんが巻いてるのとそっくり同じなそれを、自分の首にも巻いてた。


「おおそろいえ」


 嬉しそうに言う怜司れいじ兄やんに、おとんはにっこりとした。


「ええな。お前の白い肌にようえるわ。あかんあかん。早う白川しらかわに持って帰って隠しとかな、誰かがお前を持ってってしまうかもしれへん」


「二人で布団に隠れとこか」


 キャッキャッて語り合うて、怜司れいじ兄やんはおとんとベッタリ腕を組み、ゴロニャ〜ンて甘えるように肩に頭をもたれさせて、ぐでんぐでんで白川しらかわ方面に歩いていってしまった。


 後に残された俺ら二人の顔色の悪さというたらやで。


「あのマフラー……」


 アキちゃんは、まだ持ったままやったプレゼント包装の紙袋を、恐る恐る見てた。記憶違いやとええな。


「あれえ? まだ店開けとったんですか、先生」


 ドア開いたままやった事務所の玄関先で、恰幅かっぷくのええスーツのおっさんが立ち止まって、俺とアキちゃんを見てた。


 画商の西森にしもりさんや。いつもお世話になってます。


 そのスーツにコートのおっさんの首にも、どっかで見たようなマフラーが巻いてあってな、俺とアキちゃんの顔色はもう末期的になった。


「こんばんは、西森にしもりさん……そのマフラー……」


 アキちゃんはもう口に出さずにいられへんかったんか、西森にしもりのおっさんの首を温めてる、タータンチェックのマフラーを指差して言うてた。


「ああ、これ? ええ色やろ。用事で河原町かわらまち歩いてたら目にとまったんで、ちょっと寄ってうたんですわ」


 おっさんがちょっと寄ってうたマフラーが、俺らの記念すべき愛のおそろいアイテムの一個目やった。


 おとんと怜司れいじ兄やんと、西森にしもりさんと俺とアキちゃんでおそろいや。


 チームか! 制服かこのマフラーは。


 くっ……。泣かへんぞ俺は。まだまだ誕生日はこれからや!


 西森にしもりさんは、ほなまた言うて、木屋町きやまち方向に去っていった。


 それと別れ、俺とアキちゃんは震えながら、事務所のビルの最上階にある、自分らの家に戻っていった。


「プレゼント、買いなおすか?」


 アキちゃんは家で飯食いながら、苦笑いして俺に聞いた。


 しばらく経つと可笑おかしゅうなってきて、俺も笑いながら酒飲んで肉食うてた。


「いやぁ……ええんちゃうか? これも思い出やわ。アホみたいやけど。また来年かてあるんやし。それに、別に誕生日やのうても、またおそろいのもんうたらええよな。カジュアル〜にな」


「カジュアル〜にか」


 笑いながらアキちゃんも酒飲んでた。


 飯も美味くできてて、ほんまに良かったわ。


 しかしな、絵に描いたケーキはいくら美味そうでも食えへんな。普通ならそうや。


 やっぱりデザートにお祝いのケーキあるほうがよかったかなって、俺が心配して言うと、アキちゃんはテーブルのそばの壁に飾った、暁雨ぎょううさんの絵をながめて言うた。


「この絵……入れそうやわ」


 絵がリアルや言うてんのやないで。絵は全然リアルではない。


 ささっと素早いタッチで描かれた素朴な感じの絵やったけど、霊能力豊かなアキちゃんには、その絵に目には見えへん、異界いかいへの入り口があるのを見つけたらしいわ。


 位相いそうめくるんやって。


 その通力ちからはな、俺にはないんやけど、アキちゃんや、おとんや、怜司れいじ兄やんにはあるんや。


 どうもそれが、おとんのプレゼントの本体やな。


 絵の中の不思議時空に行けちゃうんやで。


 ぎょええ!


 俺はびっくりしながら、アキちゃんがぺらーって入り口をめくった絵の中の異界いかいへと、手を引いて連れていってもらった。


 そこはなんと、お菓子の国やったのや。


 絵に描いてあったショートケーキが家ぐらいのデカさでな、裏に回ると、ちゃんとクッキーの扉があったんや。


 まるで童話やな。


 そのケーキの家の中には、ガラスのテーブルセットがあって、その上に蝋燭ろうそくが二十三本立ってるショートケーキが置かれてあったわ。


 アキちゃん、誕生日おめでとうって、チョコレートに描いてあった。


 なんという子供向けな夢やろなあ。


 しかし、それだけでは終わらんのが秋津あきつのおとんや。


 そのケーキの家の奥には、ケーキみたいなベッドのある部屋があってな。


 そこから先は、ぜひ、皆様でお察しください。


 俺とアキちゃんはデザートに誕生日ケーキを食ったあと、ありがたくそのベッドの部屋を使わせていただくことにした。


とおる。変な誕生日やったな?」


 アキちゃんはふわふわで甘いベッドに腰掛け、隣に座る俺をまぶしそうに見て言うた。


「そやな。アキちゃんとると毎日が変やわ」


「けど俺は幸せや。お前がいてくれたら。いつも幸せや」


 アキちゃんはでももうちょっと大きい声で言うでっていう声で、そう言うた。超音波ギリギリのその声を、俺はまた神の聴力みみで聞き取った。


「来年の誕生日も今から楽しみやな」


 俺の唇を指でなぞってキスをするアキちゃんに、あごあげてやりながら、俺は考えた。


 来年もきっと、幸せな誕生日やろな。


 だって、俺がアキちゃんと一緒に居ることは、もう、ずっとずっと決まってることなのやから。


 誕生日おめでとう、アキちゃんと俺。


 二人で抱き合うてキスをする、この幸せが、何よりのプレゼントやったな。


 そうしてその夜も、俺とアキちゃんは甘い夢に包まれて眠ったのやった。



――今度こそホンマに完――

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