第3話

 昼休みになって、私と洋子は校舎の外に出た。

 教室がある西校舎と、文化部の部室棟は、ポプラの並木道で繋がっている。色煉瓦いろれんがで舗装されたその道は校舎裏の大きな池を縁取る形で伸びていて、途中にはいくつかのベンチが設置されている。明るい日差しの下、私たちはそのベンチの一つに腰掛けた。お昼を食べながら、特ダネをスクープした本人、洋子の新聞部の後輩が来るのを待った。


沢田さわだっていうの。生意気に部の時期エースを自称してる。サヤマミユキの正体を暴いて手柄を立てる気満々でいるの」


 洋子の声の響きに、私は何とも言えず弾んだものを感じた。


「さっき教室でも言った、そのサヤマって誰? 生徒?」

「学園にサヤマミユキって名前の生徒はいないの。これは、名簿で確認が取れたから確か。サヤマミユキはね、怪盗よ怪盗」


 盗難事件の真相を追っている、と教室で洋子は言った。盗まれたのは美術部の生徒が描いた油絵。その犯人ともくされているのがサヤマミユキという人物らしい。洋子は下げていたポーチからメモ帳を取り出して、ぱらぱらとめくると読み上げ始めた。


「三ノ森学園文化部の部室棟、一階東奥にある美術部の部室から部員の作品が盗まれたことが分かったのは、今からおよそ三週間前の三月後半。春休み中のこと。部活は休みだったらしいけど、作品を持ち帰って自宅で続きを描こうと部室を訪れた部員の一人が、室内が妙に寒々しくなっていることに気付いて、よくよく調べたら作品の数点がなくなっていたらしいの。在籍してる他の部員やОB、ОGが引き取ったんだろうと考えて、その時は放っておいたんだって」


 ところが、その後も部室から作品が消えることが続いた。最初に部員の一人が不審に思い、ついに顧問に報告するまでの一週間の間に、絵画ばかり二十一点もの作品がなくなっていたのだという。一日に三点ものペースで生徒の作品が盗まれていたことになる。室内には他に荒らされたような形跡はなく、鍵も壊されてはいなかった。窃盗犯を特定するための証拠となるようなものは何一つ発見されなかった。


「生徒が描いた絵ばかり、そんなにたくさん?」

「そう。ここの美術部員、けっこう多いの。どの絵も描きかけで、額装されないまま、裸で置かれていたんだって」

「証拠が見つかっていないなら、どうして、サヤマミユキさんが犯人だってことになるの?」

「ふっふっふ、それはねぇ」

「犯行予告が出されたんです」


 私の疑問に、背後から答えがあった。振り向くとそこには、洋子と同じくらい小柄な学生服姿があった。


「沢田、遅い」


 すみません、と沢田くんは苦笑いを浮かべて、洋子の左隣に腰を下ろした。

 海藤幸也クンの神がかり的な美しさには遠く及ばないまでも、沢田くんは短く刈り上げた髪が爽やかな、男性にしては色白な好青年だった。初対面の私にも自分から自己紹介して、物怖じせずにハキハキ喋る。

 こっちが気後れしてしまうくらい応対がきちんとしているのは、新聞部の部員としていろいろな人と会って、話を聞き出したり要求を通したりということを繰り返しているからなのかもしれない。人と相対する場数を、私よりもずっと多く踏んでいる感じがする。


「犯行予告は、今から一週間前に出されました。最初は、誰も、それが怪盗サヤマミユキからの犯行予告だなんて気付かなかったんですけどね」


 怪盗サヤマミユキ。何て現実の空気とそぐわない、非日常的な響きだろう。犯行予告だと気付かなかったというのは、一体どういう意味なのか。私の疑問に、沢田くんは丁寧に答えてくれた。


「三ノ森学園の東西の校舎には、階段の踊り場だったり、生徒用玄関だったり、いろいろな場所に絵画が飾られています。一週間前、そのうちの一枚が盗まれたんです。東校舎南側の二階と三階とを連絡する踊り場にあった、小さいけれど目立つ色合いの絵でした」

「盗まれた絵のサイズは三号」


 と、洋子が訳知り顔で付け加えた。私にはその具体的な大きさが想像できなかった。洋子はメモ帳を片手に続ける。


「それまでは確かにあった絵画の小品がなくなっていることに、放課後、通りがかった美術部の部員が気付いたの。職員室にも連絡したけれど、どの先生も首を傾げるばかり。次の日、沢田がそのなくなった絵について東校舎の生徒に聞き取り調査をしていたら、複数の生徒から、問題の絵がなくなる前、壁にカードが貼られていたのを見たという証言があがったのね」

「カード?」

「これです」


 沢田くんは、自分のメモ帳から、挟めていたトランプのような白いカードを取り出した。カードは小さなビニルの袋に入れられていた。沢田、と洋子が声を高くした。


「あんた、大事な証拠品を持って来ちゃったわけ?」


 えへへ、と沢田くんは頭を掻く。


「美術部員の許可は取ってあります。生徒会にばれる前に戻しますよ」

「ならいいけどさぁ、もう。勝手に大胆なことするんだから」


 しげしげと、私たちはそのカードを見つめた。市販のプラスチック製トランプと同じような造作だけれど、表にも裏にも絵柄はない。ただ、カードの中央に大きな赤い矢印と『NEXT』の文字、そして右下に小さく、『SAYAMAMIYUKI』と名前が印字されていた。


「なくなった踊り場の絵の横に、これと同じカードが貼られていたんです。最初カードを見た生徒は、何のことだか理解できなかったと言ってました。カードは一日貼られっ放しだったみたいですが、そのカードと絵が一緒になくなってようやく、美術部で起きた盗難事件との関連が浮かび上がったわけです」


 ネクストと記されたカードと、盗まれた二十二点目の絵画。一連の犯行が、カードの主、サヤマミユキによるものだと考えられ始めたのはそれからだという。


「どうして、二十二点目の絵にはカードで予告を出したのかな」


 私の素朴な疑問に、自信がついたんじゃないですか、と沢田くんが返した。


「自信?」

「二十一点も作品を盗んで、窃盗犯としての自分の才能に自信を深めたわけです。犯行をもっと楽しもうと考えたサヤマミユキは、カードを提示して犯行を予告した。それも見事に成功して、今度が予告二回目ってわけですね」


手にしたカードを、沢田くんは太陽にかざした。


「現場は再び美術部の部室。警戒厳重となった室内から、サヤマミユキは果たして見事に二十三点目の作品を盗むことができるのか」


 つられて見上げると、ポプラのこずえが日差しにきらめいていた。

 洋子が、何だか納得いかなそうに尋ねた。


「沢田は、サヤマミユキはスリルを求めてるって、考えてるわけ?」

「鳥越さんは違うんですか? 美術部を張ってろっていう僕への指示は、そんなサヤマの心理を読んでのことだったんじゃあ」

「まさか。適当よ適当。スリルかあ。私には分からないな。それより、美術部で見つけたのはこのカードだけ? 不審な人や、カードを貼る現場なんかは押さえてないわけ?」

「押さえてたらこんなとこ座ってません」


 沢田くんの反論はもっともだった。


「それにしても、授業中、誰もいない間に忍び込んだってことですかね。カードだけ、いつの間にか貼られてましたよ、壁に。狙われた作品は、さっき美術部員が仕舞っちゃいましたけどね」


 それでもサヤマミユキは盗みに来るのだろうか。盗んだ作品たちを、一体どうするつもりなのだろう。


「僕、そろそろ戻りますね。次、体育だから着替えないと」


 沢田くんと別れて、私と洋子も教室に戻ることにした。

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