最悪

達磨

最悪

|「あ~もうほんっと今日最悪ー」


「…どしたの。まあ何となくわかるけど」


キーボードを打つ手を止め、隣でぶすくれている友人に目をやる。


彼女はスマホを操作し、天気予報アプリを立ち上げた。


「みてこれ、今から豪雨なんて聞いてないんだけど~マジ最悪、今日は踏んだり蹴ったりだあ~…」


椅子からのけ反る彼女を慰めるように聞く。


「今日は何があったの?いっこづつ吐き出しな」


「ありがと~、今日はね、朝から寝坊しちゃって化粧もテキトーにしてきちゃったし、ほら、今日めっちゃ風強かったじゃん?髪もボサボサんなっちゃってさぁあ?しかも今日飲み会だよ~?またあのセクハラ課長にお酌させられてなっがい話聞かされるんだよ?あーもうマジ最悪」


「うんうんつらいつらい、でも、嫌なことばっかじゃなさそうだよ?」


ほら、と社内メールの確認を促す。


「今日は課長不参加で、しかもあの先輩来るんだってさ。ちなみに、夜に雨が降るのは朝の予報で出てたから、皆傘は持ってる。先輩に傘借りるチャンスだよ?どう?嫌なことばっかじゃないでしょ?」


彼女の顔がとたんに輝き、私の手をとって拝むように握りこんできた。


「ありがと~!ほんと神、いやマジで感謝今度おごる~!」


「いやいいよ。ほら、化粧と髪整えてきな?」


「うん、行ってくる!さすが最高の親友!頼りになるわ~」


彼女を見送り、窓に目を向けると、重い雲が遠くに見えた。



最悪の気分だ。



「ただいま」


誰もいない暗い空間に声をかける。


酒と油でもたれている胃のあたりをさすりながら靴を脱ぎ、リビングの座椅子に体を預けた。


放り投げたカバンからこぼれたスマホが震える。


用件を見ると、彼女からの感謝の言葉だった。


『今日はありがと~!!!おかげで先輩と相合い傘とかしちゃったり、送ってもらっちゃった!今度なんか美味しいものでも食べに行こうね!最高の友達に恵まれて私は幸せだ~笑』


ウサギのキャラクターがありがとうと跳ねているスタンプも送られてきた。


「最高の、友達」


この言葉が、私には死刑宣告のように聞こえる。


「ほんと、最悪だ、わたし」


好きな人の恋を自分から応援したことを後悔するのは、何度目だろう。


そして本当に最悪なことは、彼女の恋が実らないことを願っていることだ。


私は自己嫌悪と酔いの気持ち悪さから逃れるように、眠りに落ちていった。

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最悪 達磨 @dharma_t2m

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