桜花

@himagari

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 あと数年の命だなんて本当に笑える。最近体の調子が悪いから病院で精密検査を受けたら医者に「長くても、あと五年です」と言われてしまった。



秋になって葉の落ちたお気に入りの桜の下で、私は葉太に肩を抱かれながらうつむいていた。



 私はどうしていつもいつもこうなんだろうか。小さい頃から病弱で、高校生になってからは普通になれたと思ったのに。大学二年生も終わりの頃になって、ようやく優しい恋人ができたのに。



「……ごめんね」

「桜花が謝ることじゃないです」

「……うん」



 葉太は落ち込んでいる私に寄り添ってくれる。せっかく、せっかく好きな人ができて、恋をして、これからっ、これから、だったのに……。



「別れ……ようか」

「馬鹿なことを言わないでください」



 小一時間も悩んだ末私が出した結論は、これ以上葉太に迷惑は掛けられないというものだった。葉太にはあっさり「馬鹿なこと」なんて言われたけれど私なりに悩んで出した答えなんだ。



 あと数年で必ず別れが来る女なんかと一緒にいたって仕方ないじゃないか。結婚も出来ない、体の負担を考えれば子供も作れない。こんな私とこれ以上一緒に居ても葉太の貴重な大学生の時間を無駄にするだけだから。優しい葉太にならきっとすぐにいい人が見つかるはずだから。



 だから、私と別れて葉太は新しい人を見つけて幸せになってくれたほうが――



「私は別れませんよ。最期の時まで絶対に桜花の隣にいます」

「……そんなにボロボロ泣いてなかったら格好良かったよ」

「……桜花が、泣いているからです」



だからって私より辛そうな顔をしないでよ。その優しさが――辛いんだから。







「葉太、こっち!」

「そんなにはしゃいだら体に触りますよ」

「いいから早く!」



 私の沈鬱な気持ちも三ヶ月も経つ頃には随分と上向きになっていた。それもこれも葉太がずっと側にいてくれたおかげだ。泣きそうになったら葉太が私を抱きしめてくれるから、私は今日を生きていける。



 残された時間を少しでも有効に使うために、まだ外に出ていられるうちに、葉太と行きたい場所を二人で旅行することにした。もう、この一週間で四つの県に旅行に出て、今は東京にいる。どれもが楽しい旅で、この楽しい時間だけが私の恐怖を和らげてくれた。



「凄い数のお店ですね」

「お土産、どれがいいかな?」



 いくつものお店を周りながら良さそうなものを探す。コップ、お菓子、置物、服、その他にもいっぱいある。その中からいくつか候補を決めているとそれがふと目に入った。



「アクセサリーですか?」

「……うん、これが欲しいんだけどね」


 私が目をつけたのは店先においてあった一つのロケット。桜の装飾が入ったそれが私の目を釘付けにした。



 この中に二人で撮った写真を入れておけば会えないときでもいつも葉太を身近に感じられそうな気がして。


 早速買おうと値段を見ると四万円強だった。お土産として買うには少々高い。これからも二人でいろんな場所に行こうとしているのに、ここでお金を使いすぎてしまうとこの先行ける場所が減ってしまうかもしれない。ここは諦めたほうがいいのだろうか。



 財布を睨みながら私がそんなことを考えていると、葉太が財布を取り出してあっさりとそれを購入してしまった。



「はい、どうぞ」

「……いいの?」



 四万円はお土産として使うには大金だ。それなのに葉太は、よく品も見ずにぽんと購入してしまった。もちろん、嬉しくないのかと問われれば飛び上がって表現したいほどに嬉しいけれど、葉太は平気なのだろうか。



「いいですよ。高校生の頃からバイトをしてお金を貯めていたので平気です」

「でもそれは他の事に使う予定だったんじゃ――」

「こういうときの為に貯めていたんです。使いたいときに使えなくて後悔しないように。だから貰ってください」 



 そう言って微笑む葉太の顔が眩しい。私はロケットを握りしめて、その手を胸に押し当てた。

 


 ……私は幸せ者だ。




❀❀❀




 葉太との最後の思い出作りを初めて一年が経ち、四月の始め頃、私はついに遠出ができなくなった。旅行先で発作を起こしてかなりまずい状態になったらしい。今はもう病院近くのこの公園で桜の花を眺めていることしかできない。大学も辞めたから葉太がいないこの時間は本当に暇になってしまう。だけど寂しくはない。この桜には感謝している。昔から私の心が冷たくなりそうな時に温めてくれるから。



 ――私が死んだらこの桜の下に埋めてもらおうかな。まさか先客も居ないだろうし。……いないよね?



「――あの、大丈夫、ですか?」



 そんなことを思いながらため息を漏らし、散り行く桜の花を見ていると、突然誰かから声を掛けられた。声のした方に顔を向けると一人の少女が立っていた。初めて会ったはずなのに、まるでそんな気がしない少女だ。声も、その姿もまるで中学生の頃の私の写し身のようだった。



 よく見るとあの頃の私よりは随分と健康的に見えるけれど、その表情の暗さのせいで自分の未来を受け入れていた私よりも悲しそうに見える。



 ――この少女の悲しみも、この桜なら癒やしてくれるだろうか。



 そんなことを思っていたからだろう。



「桜の木の下には死体が埋まっているらしいんだ。試しに掘り返してみたいから手伝ってくれないかな」



 私の口からはそんな言葉が投げかけられていた。




「…………埋まって無さそうですね」



 私と私によく似た少女――桜子は、小さなスコップを買ってきて、三十分ほどかけて深さ五十センチほどの穴を二つ掘った。最初は乗り気では無さそうだった桜子も、一つ目を彫り終わる頃には穴掘りに熱中していた。二つ目を掘ろうと言い出したのは桜子だ。



「少ししか掘ってないのに結構疲れたね」

「ほとんど掘ったのは私じゃないですか」

「穴掘りなんかしたことが無かったからね。仕方ないんだよ」

「仕方ないんですか?」

「そう、仕方ないの。だから埋めるのも手伝ってほしいな」

「掘ってる途中でそう言われるだろうと思ってましたよ」



 そう言って桜子が「しょうがないなぁ」笑う。まだ出会ってから少ししか経っていないのに、表情に浮かんでいた影が随分と和らいでいた。やっぱり桜は偉大だ。



「さっきは随分と悩んでいたみたいだけど何かあったのかな」



 私は掘り返した穴に再び土を戻しながら桜子に問いかけた。桜子も私の隣にしゃがんで土を戻している。しばらく静かな時間が続いて、話してはくれないのかと思ったけれど、桜子は小さな声でそっと話し始めた。



「……大したことじゃないんですけど、今家の方がごたごたしてて、それで最近ずっと悩んでいたんです」

「……辛い?」

「……まぁ、辛いですね」



 家族の大切さは私にもよく分かるから、その辛さもよく分かる。昔から病弱な私は家族にたくさん迷惑を掛けてきて、その度に家族の愛情で救われてきた。結局両親よりも早く死にそうなんだから、とんだ親不孝者になりそうなのが心苦しくて、最近はまともに顔も見られていない。



「……こんな事が慰めにならないだろうけど、私も最近凄く悲しい事があったんだ。本当に死んじゃいそうなくらい悲しいことがね」 

「そんなに悲しそうには見えませんけど」

「今はそんなに悲観してないのさ。私の相方がいいやつでね。慰められているうちに悲しむよりその人と一緒にいる時間を大切にしたいと思ったんだ」


 もくもくと土を穴に戻す。隣の少女も掘った時よりもちまちまとした作業の速度だった。


「……もし、そんな好きな人と別れる時が来たら、どうしますか?」


 そう言われた時、私は胸が締め付けられるのを感じた。当然この子が私の事情を知るはずがない。だからこれはきっとこの子自身の悲しみに由来する話なのだろう。


「……辛いよ」


 けど、残される葉太は私よりももっとずっと……。


 私の答えをどう思ったのか、桜子はそれから一言も話す事なく土を動かし、私もそれと同じように穴を埋めた。




 

 






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