第3.5話 天邪鬼

「悪魔がなんでここにいるの?」


「お客様、冷やかしに来たのなら追い出しますよ」


 漫画やフィギュアで溢れかえった部屋で、ゆったりとコーヒーを飲んでいるスーツ姿の男性に、白いワンピースを着た、体の小さな少女が訝しそうに顔を近づけた。


「だってあなた、臭いもの」


「…… 追い出しますね」


 男性は引き攣った笑顔で、少女の体を持ち上げると出口に放り投げる。


「ちょっと!!! 開けなさいよ! 今からあなたを元の場所に帰すから!」


「お引き取りお願いしまーす」


 男性は鍵のかけた扉を叩く少女を無視しながら、再びコーヒーを飲み始める。すると、さっきまで騒がしかった少女が突然、静まり返る。


「…… いいの? 今開けなかったらきっと後悔するわよ。早く開けなさい」


「……」


「あぁそう。いい? 私は忠告したからね?」


 男性は何も答えない。その様子を確認すると、少女はフーっと深く息を吐き。


『ドドーンッッッ』


 ドアを蹴り飛ばしズカズカと足音を立てながら大胆に部屋に入ってきた。


「…… あーあ。これはひどいですね」


「忠告したでしょ? それに、悪魔が経営する相談所なんてすぐにでも取り壊した方がいいわ」


「だから悪魔じゃないですって……」


 何度言ったらわかるんだと、男性は困ったように頭を搔いた。


「隠したって無駄よ。だって私は、あなた達悪魔を元の場所へ返しに来た天使だもの」


「あーなるほど。ありそうですよねそういう漫画。でもここは現実なのでそういった展開は起きません!」


「あーもうしつこいわね! 嘘を突き通すのもいい加減にして! こっちだって好きでここに降りてきてる訳じゃないの! こうなったら強行手段よ……」


 少女は男性の顔の前に小さな手を広げると。


「『リボーン』ッ!!!」


「え、ちょ、正気ですか!?」


 少女の声とともに、眩い光が、突き出した手を中心に部屋を照らした。


「今、避けたわね?」


「……」


 少女に迫られた男性は分の悪そうな顔をし何も答えない。


「今のは対悪魔用の魔術よ。それこそ、天使と悪魔しか見えない特別製のね」


 男性は諦めたのか、両手を上げて降参といったポーズをとる。


「あーはいはい。参りました参りました。確かに僕は悪魔ですけどね、ちゃんと主のいる契約付きの悪魔なんですよ。ほら、あっちの法律にもあるでしょ? 呼び出された場合は違反にならないって」


「そんなのどーでもいいわ。それに、もしあなたに主が居たとしても、あなたをこの世界から消してあっちに連れ戻せば問題ないしね。あなたを連れ戻して来いっていう上からの命令なの」


「り、理不尽……」


「さぁ早くこっちに来て。契約付きなら魔術も制限がかかる。今のあなたじゃ私から逃げることは不可能だわ」


 少女は男性の腕を掴み、部屋から出そうとする。すると、男性は大きく息を吸って。


「…… せっ雪菜さぁぁぁぁん! 不審者です! 不審者がでました!!!」


「あっこらっ!!」


 男性が叫ぶと、隣の部屋からガタッと椅子が倒れる音と共に、ドタドタと慌ただしい足音がこちらへ近づいてきた。


「はぁはぁ、不審者はどこだ佐原! 捕まえて有り金全部巻きあげようぜ!」


「せ、雪菜さん……」


 女性は荒く息を吐きながら、周りを見渡す。すると、苦笑いをしている男性の隣に、見知らぬ少女がいることに気づく。


「ん? このちっこいのが不審者?」


「ちっこいのじゃない! 人間の分際で天使をちっこいの扱いとは! なんて失礼な!」


「天使? 何言ってんだこいつ、頭ぶつけたのか?」


「あなたも私を疑うの!? 私は正真正銘の天使です!」


 顔を真っ赤にして怒る少女を失笑しながら、女性はなにか思いついたかのように手を叩くと。


「へー天使。じゃあなんか私に魔法かけてよ。そうだなぁ…… あ、1万くれ1万!」


「…… い、いいでしょう。信じてくれないなら証明するまでです! 」


 少女の手のひらがポウっと光ると、見慣れた諭吉さんの姿が現れる。


「え!? えぇ!? 」


「信じてくれましたか?」


「え、嘘…… すげぇ! もう1枚出してよ!」


「いいですよ。ただし、『もう二度と疑いません。信じます。あなたは天使です』って言ったらね」


 少女と女性の会話を聞きながら、男性は思わず笑みを浮かべる。


「分かった分かった。『もう二度と疑いません。信じます。あなたは天使です』 これでいいだろ! 今度は10枚!」


「よろしい。ではもう一度…… あれ?」


 男性は手のひらをパタパタさせて慌てふためく少女を見ると、女性の方に振り返り。


「雪菜さん、あれ見たことあるよ。手のひらに隠した1万円札を出すマジック」


「いやでも、いきなり言ったんだよ?」


「丁度準備してたんじゃない? ほら、この子もう出来ないみたいだよ」


「そんなはずは…… あなた! 何かしましたね!!!」


「んー? なーんも」


「おいおい、もう1枚出してよー」


 残念そうにする女性を無視すると、少女は男性に掴みかかり、小さな手で男性を叩く。だが、すぐに男性持ち上げられ、部屋の外に追い出されてしまう。


「さてと。ここは相談所なの。相談がないなら、お家に帰ってください」


「それが出来なくなったのよ! 何したかわからないけど、元に戻しなさいよ! このままじゃ一生帰れなくなっちゃう……」


「あー佐原が小さい子泣かした〜」


「えぇ…… 」


 床にへたり込み、泣き始める少女を見ると、女性は少女の頭を撫でながら男性を見た。男性はそーっと目を逸らし何事も無かったかのように部屋に戻る。


 女性はそんな男性にため息を着くと、泣いている少女に話しかけた。


「なぁお前、家に帰れないの?」


「あいつのせいで帰れない……」


「なんで佐原のせいなのかは知らないけど、帰れないなら私の家に泊めてやるよ。そのかわり満足したらちゃんと家帰れよ」


「……」


 何も答えない少女。女性はそんな少女の腕を掴むと。


「とりあえずこい。仕事がまだ残ってるんだ。あっそうだお前、アニメとかラノベとか見たことある?」


「い、一応好きで見てるけど……」


「よし、なら手伝え。仕事の時間を使ってまでお前たちの茶番に付き合ったんだ。ちゃんとその分働いてもらわないとね」


「え、ちょっ───」


 なにか伝えようとする少女を無視し、女性は少女を部屋に入れるのだった。


「…… いやぁ危なかった」


 その様子を影から見ていた男性は、疲れたように息を吐くと、少女に荒らされた部屋を片付け始めた。

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