第3話 なんと素晴らしきゆるゆり系。

「あぁ可愛いなぁ。愛してるよーマイハニ〜」


 周りにポスターやらフィギュアやらで囲まれた、仕事場とは思えないような空間に1人、白髪の美少女フィギュアを片手に、ニヤニヤと頬を緩ませている男性がいた。


「はぁ、2期やってくれなそうだなぁ。1期はマイハニーの出番ちょっとしか無かったじゃん…… ん? おおお! ちょっと待てよこれ、パンツ履いてんじゃね!? うおおおお!!! これはなかなかいいものを買ってしまった……」


「あの、ここ相談所ですよね?」


 いつの間にか扉を開けて入って来た女性に、男性は慌ててフィギュアをしまった。


「ごほん。いっらしゃいませお客様!!! こちらは『もしも転生・転移相談センター』でございます! お客様の転生や転移の悩み、どんとこいです! さぁさぁ、どんなお悩みですか? お聞かせください!」


「いや、ちょっとさっきの見て、相談する気が失せたというか……」


 若干男性と距離を取り、引き気味な表情で下がって行く女性。


「いやぁ、はしたない所をお見せしてしまいました。しかし、フィギュアを買ったらパンツがあるかどうかを確かめるのは紳士のたしなみですよ! お客様もあるでしょ? 確認したこと」


「いや、私は男性のフィギュアしか買わないので、その、パンツとかは……」


「あぁ、ヒプノシスなんたらとかそういうのですか」


「バカにしてるんですか?」


「いえいえ、全く。人それぞれ好みは違うんです。ましてや女性ともなると、当然のことかと。それに、僕も好きですよ、あの人達が歌うラップ」


 男性の話に機嫌が良くなったのか、女性は男性と対面する形で椅子に腰を下ろした。


「そうですか。まあ今はそういうのを話に来たのではなく、相談をしに来たのですが」


「そうでしたそうでした! では、どのような転生、もしくは転移がお望みで?」


「それが、決まってないのでこちらに来たのですが……」


「なるほど。ではお客様にピッタリな転生、転移方法を一緒に探してみましょう! せーの、おー!」


「お、おー」


 女性は男性のテンションについていけないのか、苦笑いをする。しかし、男性の方は全く気にすることなく、机に置いてあった資料を並べると、女性の前に出した。


「まず、お客様のお名前とご年齢をお聞きしたいのですが」


奈川なかわ凜音りんねです。年齢は16です」


「お、現役JKですね! 高校生となると、かなり転生や転移の方法が増えますよ。しかも奈川様は可愛いですし、選び放題ですね!」


「あ、ありがとうございます」


 男性の言葉に照れた様子の女性。男性はそれを見てニコリと笑顔を浮かべると質問を始めた。


「いえいえ。では、僕が質問をしていくのでそれに答えると言った形でよろしくお願いします。まず1つ目なんですが、ガチガチの戦闘系か、ゆるゆるなスローライフ系かどちらがよろしいですか?」


「えっと、ゆるゆるな方がいいです……」


「ゆりゆりな方ですね。いやぁ、あれ思い出しますね! スライム倒してレベルアップしまくるやつ。あれは良かったですねぇ、僕はドラゴンの子推しです」


「あの、ゆるゆるな方です。言い換えないでください」


「ま、どっちも似たようなもんですよ」


「だいぶ変わると思います」


 男性はメモを取りながら、「えぇ〜」と落胆したように呟いた。


「ゆりゆり系ということでしたら、やはり最初からチートレベルの方がいいですよね? それとも、普通に努力して強くなりたいですか?」


「ゆるゆるです。そうですね、やっぱり最初からチート持ちの方が私的にはいいです」


「なるほど、でしたら『誰かに呼び出された系』が楽かと。ほら、あのスライムみたいに。なぜそれが楽かと言いますとね、ほとんどの場合、女性が主人公の転生、転移は社会人が基本です。ですが、奈川様は高校生なので社会人から転生ルートはかなり時間がかかってしまい、その間に僕のアドバイスを忘れてしまったり、もしくは転生、転移に興味が無くなってしまったりしてしまうんですよ」


「なるほど。確かにそれが一番楽ですね」


「ま、ぶっちゃけ言うと1番手っ取り早いのはトラックにゴツンなんですが、どっちがいいですか?」


「さ、最初の方でお願いします」


「了解です!」


 男性はニコニコと女性に笑顔を向けながら、メモを取る。


「えーっと、まあ、この転移の方法なんですが、授業中とかに、自分の自己紹介的なやつを頭の中でブツブツ唱えててください。そしたらいつかできますよ」


「まあ、それしかないと思うんですけど、なんか痛いやつみたいで嫌ですね……」


「だいたい転生とか転移する人は痛いやつですよ。安心してください」


「は、はぁ」


 少し考え込んでしまった女性を見ると、男性は慌てて資料を出し、女性の意識を資料へと向けさせた。


「転移の方はこれでいいかと。では、転移後の話をしましょうか」


 重要な所にペンで大きく丸を打つと、男性はメモ帳からメモを剥ぎ取り、女性の前に出しながら説明を始めた。


「ゆるゆる系の場合は、転移の際に呼び出した人に会ったり、もしくは脳に直接話しかけてくるとかあるんですよ。それでチート能力を手に入れるんですが、ここでポイントです! ここでの驚き方はギャグを交えさせながら、頭の中で驚きましょう!

 たとえば……『こ、こいつ、脳に直接話しかけてきやがるッ』とかですね」


「めっちゃ恥ずかしいじゃないですか」


「ラノベ主人公になるんです。変な羞恥心など捨てちゃいましょう!」


「えぇ……」


 再び考え込んでしまった女性を無視し、男性は説明を続けた。


「さて、これを越えたら、異世界ライフなんですが、この異世界での過ごし方なんですが…… 特に目立ったことをすることなく普通に過ごしてください」


「それだけですか?」


「はい。とても簡単でしょ? 奈川様からイベントに飛び込むんじゃないんです、イベントが奈川様に飛び込んで来るんですよ」


「なんか楽でいいですね」


 男性は女性の言葉を聞き満足気に頷くと、テーブルに出した資料を片付け、女性にメモを渡した。


「それでは、以上で僕のアドバイスは終了です。何か質問はありますか?」


「まあ、質問じゃないですけど1つ」


「ほう、なんでしょう?」


「さっきのフィギュア、私も持ってますよ。武装少女マキャ○リズムの因幡月夜」


「おお! 本当ですか!!! いやぁ可愛いですよね! やはり白髪ロリは最高ですよ! そうだ、これついでにあげますよ」


 男性はそう言うとポストカードを女性に渡すと。


「また、いつでも来てくださいね! 同じヲタク同士語り合いましょう!」


「気が向いたら来ますよ」


 女性は頬を掻きながら、ドアを開け、そう呟くと相談所から出ていった。


「まあ、またすぐに僕から会いに行くんですけどね」


 誰も居なくなり、静まり返った部屋で男性はそう呟くと、部屋から出るのだった。




 ***




「デートしましょう!」


「は? ぶっ殺すぞ」


 テーブルに足を掛け、機嫌の悪そうな顔をした女性に、男性が笑顔で話しかけた。


「どこかのカフェで奢ります」


「よし、明日行こう」


 さっきまでの機嫌の悪さはどこへ行ったのか、女性は男性の言葉に笑顔で応えた。


「決まりだね! いやぁ楽しみだなぁ」


「カフェ行って帰るからな」


「それはデートなのか……?」


 苦笑いをしながら男性は、女性の手元にあった資料をチラリと見た。


「そういえば、今日相談してきた人は女性だったよ。なんでも、スローライフを送りたいだとか。雪菜せつなさんの所はどんな人だったの?」


「いつも通り、俺TUEEEEをしたいキモヲタだったよ。出来るわけないのに望むやつがこんなに多いと、この世も末だなぁ」


「いやぁ、いいと思うけどねぇ。僕も超能力とか使ってみたいよ」


「無理無理。いい年こいて何言ってんだよ。そんなこと考える暇があったら仕事しろ仕事」


「へいへい……」


 女性はため息を着くと、資料を片付け始める。男性は女性に追い出される形で、部屋を出た。




 ***




「た、助けてください〜」


 遠くから、ラフィの声が聞こえる。どうやら私に助けを求めているらしい。自分から任せてくださいと言ったのに、どうしたことやら。


「はいはい。ちょっと待ってね」


 ラフィを追いかけているスライムに向けて片手を突き出し、火を思い浮かべる。できるだけ範囲の狭く、尚且つスライムを確実に仕留められる威力で。


「『フレイム』ッ!!!」


 その言葉を叫んだ瞬間、衝撃音と共に暖かい風が私の体全体に伝わった。


「た、助かりましたリンネさん。危うく死んじゃうところでした……」


「スライムに殺されるなんてないってずっと言ってるでしょ」


「でもでも! さっきのスライムはめちゃくちゃ強かったですよ! それはもう魔王も超えるぐらいに!」


「そーなんだね」


「絶対信じてないですよね!?」


 倒した感じ、他のスライムと変わらない手応えだったのだが。

 私はポンポンと背中を叩いてくるラフィを無視しながら、木陰で寝ている角の生えた少女の元へ向かった。


「起きてミーネ。ラフィの修行が終わったから帰るよ」


「ん、眠い……」


「起きないとご飯作らないよ」


「わかった起きる」


 ミーネは欠伸をしながら立ち上がると、うとうとしながら歩き始めた。


「ラフィ、スライム倒せたの?」


「す、少しだけ強いスライムに出会ってしまったんです! だから倒せなかったというか、なんというか」


「ラフィ弱い」


「ち、違いますよ! 皆さんが強すぎるんです! ミーネさんなんて、ドラゴンじゃないですか! ずるいですよ!」


「生まれてきたことを悔いるがいい」


「何言ってるんですか!!!」


「はいはいそこまで。家に着いたよ」


 ここに来て色々あったが、この2人は一向に仲良くならない。いつか仲良くしてくれるといいんだけど…… 困ったものだ。

 私は2人の頭を撫でると、ドアを開けて家の中へと入った。


「そうだ、リンネさん! 今日は私がご飯作りますよ! 腕によりをかけて作っちゃいますよ!」


「ん、私も手伝う。リンネは休んでて」


「え、いいの?」


「「もちろん(です)!!!」」


 まあ、これもこれで仲良くしてると言うのかな。

 協力して、ご飯を作っている2人を見て、私はクスリと小さく笑うのだった。


 拝啓 変態な相談人さん


 あなたの言葉は不安しかなかったですが、無事、こうして望んだ異世界ライフが送れています。本音を言うともう一度くらい話がしたかったのですが……

 相談人さんの人生が少しでもいいものになるようお祈りしています。


 奈川凜音

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