第2話 何だかんだ闇堕ち主人公はかっこいい。

「そうなんだよ! 俺は闇堕ち主人公になりたいだよ!!!」


「はぁ、変わった性癖をお持ちのようで」


 机1つに椅子2つ。周りには何も無い質素な部屋に、興奮し椅子から立ち上がる学生服の男性と、それを見て呆れているスーツ姿の女性がいた。


「つまりお客様は、クラスの方々と一緒に転移し、そこから何らかのハプニングが起きて闇堕ち主人公に。そういったシチュエーションがよろしいのですね?」


「そうそう! ラノベ読んで憧れちゃったんだよ」


「頭おかしいんじゃないですか?」


 女性は頭を抱える。この仕事をしてきて色々な人を相談してきたが、ここまで飛んでるやつは滅多に居ないからだ。

 未だ興奮している男性。それを見ながら、女性はため息混じりに質問する。


「えぇと、それでは、お客様のお名前と年齢を教えてください」


「名前は北雲きたぐもオワリだ。年齢は16歳の現役高校生だぜ」


「なんて言うか…… その…… 色々とギリギリな方ですね」


 女性は引き攣った笑みを浮かべながら、男性の髪をチラリと見た。


「年齢も名前も完璧ですね。ただ1つ言わせてもらいますと、見た目がですね……」


「え? なんかダメ? めっちゃ寄せたんだけど」


「いや、寄せるタイミングを間違えてますね」


 男性は髪の色を落とし、片目に眼帯と、完全になりきっていた。


「ちなみに聞きたいのですが、その腕は本物ですか?」


「義手に決まってるだろ。俺は錬成も出来るから─── 痛い痛いッ嘘です! 本物です! 本物ですからァッ!!!」


「しょうもない嘘をつかないでください。でないとこちらが困ります」


 男性の腕から手を離し、コホンと小さく咳払いすると、女性は引き攣った頬を戻し、いつもの冷静さを取り戻した。


「はぁはぁ…… 結構気持ちいいですね」


「…… お客様は私の質問に答えるだけでいいです。それ以外は喋らないでください」


 男性の一言一言に頬が引き攣ってしまう女性は、キッと男性を睨みつけると、若干怒りの籠った声で男性に言う。


「え?…… わかりました」


 机に置かれた資料を見ながら、困惑する男性を無視し質問を始めた。


「それでは、転移する前の話を始めましょうか。とりあえず見た目の問題なんですが、髪の色を元に戻して、眼帯を取ってください。闇堕ち系の異世界転移では、大体が黒髪、陰キャ、一人称が僕です。あなたは1つもそれに当てはまりません」


「うっ…… 確かに」


「それと、これは学校での転移方法の1つなのですが、席は必ず、2階、もしくは3階の窓際。そして後ろから3番目までの席に座って黄昏てないといけません」


「それは問題ない。俺…… いや僕は、前の席替えで窓際の1番後ろになったからな」


「そうですか。では、転移に関しては見た目と、俺だけ取り残されちゃったパターンにならなければ問題ないですね」


 女性は胸ポケットからメモ帳を取りだし、男性へのアドバイスを書き始めた。


「それでは、転移後の話をしましょうか。まず1つ注意点なのが、ボッチにならないことです。ボッチになると闇堕ち路線から、隠しダンジョンを見つけて強くなる路線に変更してしまう可能性があります」


「ちょっと待ってくれそれは厳しいかもしれない」


「…… 質問ですが、今友達と呼べる友達はいるのですか?」


「……」


「あまりにも野暮な質問でしたね。申し訳ございません」


 完全にシュンとしてしまった男性を見て、女性は男性の肩に手を置くと、優しい笑みで。


「大丈夫です。そういう時の為に、私達『もしも転生・転移相談センター』はあるんです。お客様がご希望の異世界ライフを送れるよう、全力でサポートします」


「…… ありがとう。任せるよ」


 少し気分が和らいだのか、男性は顔を上げて真剣に女性の話を聞き始めた。


「はい。それではまず、北雲様は転移後、恐らく教会、もしくは城の中にいると思われます。そこで、ステータスプレートを貰うのが基本なんですが、ここで1つ、闇堕ちルートになるための難関があります」


「難関…… ?」


「はい。ここで貰ったステータスプレートに記された能力が、平均、もしくは平均以下の能力でないと闇堕ちルートにはなりません。時々、パッとしない主人公がリーダーシップのある男よりステータスの高いプレートを手に入れたりする『実は俺の方が強いルート』があるのですが、これを引いたら、闇堕ちルートにはなれないので注意です」


「回避方法とかないのか?」


「申し訳ございませんが、これに回避方法などなく、完全に運です」


「運かぁ……」


「ですが、この難関さえ突破すれば、あとはかなり楽です。ダンジョンに潜って余計な事をするか、盾のあの人みたいに、誰かに騙されてどん底に落ちるかの2択ですね」


「それなら簡単に出来そうだな」


「あ、あぁそうですか。では念の為に闇堕ちしてからの話をしておきましょうか」


 闇堕ちルートは他の転生、転移と比べるとレベルが高いため、女性の持つ資料には数々の注意事項や、重要人物の特徴などが記されていた。

 女性はその資料を男性の前に出すと、赤ペンを取り出し、重要な所だけに丸を打っていく。


「闇堕ち後は高確率で訳ありの美少女に会います。この美少女は重要人物なのでどんな事があっても護ってください。それでしばらくするとまた、高確率で美少女に会います。この子も重要人物なので護ってください。そしてある程度北雲様が強くなられたら、クラスメイトに会います。が、絶対に仲間にならないでください。仲間になってしまうと主人公ではなく、ただの脇役になってしまいます」


 主人公変更という、転生、転移後で1番恐ろしい現象がある。特に、闇堕ちルートでは、クラスメイトや仲間視点で自分を見ると、ただ病んでる敵に見える。だから、そこで説得させられてしまうと、敵だったやつが仲間になるという激アツ展開になってしまい、今まで自分が主人公の闇堕ち系だったはずが、いつの間にかリーダーシップのある陽キャが主人公になってしまうという現象である。この場合、自分がしてきた努力などは、アニメ1話分くらい語られて消えてしまう。


「そ、それだけは嫌だな」


「はい。まあこれさえ守ってくだされば、もう他に言うことなどないのですが、最後に、私個人からアドバイスです」


 女性はメモ帳の端に書いてある、自分用のメモをちらりと見ると。


「闇堕ちルートはレベルが高いです。少しでもミスをすると、めちゃくちゃ強い主人公の仲間、脇役になってしまう可能性があります。それと、私のアドバイスが全てと考えないでください。転移後はご自身の意思で、私のアドバイス通りにするか、違うやり方にするかお考えください」


「分かった」


「はい。では、これで私の話は終わりです。これに今回話した内容が書いてありますので、もしもの時はこれをお使いください」


 女性は書いていたメモをちぎり、男性に渡すとニコリと笑顔を作った。


「ありがとう。やっぱりここに来て正解だったぜ」


 帰り際に男性は女性に向けてニッと笑うと扉を開けて部屋を出ていく。女性は男性を見送るために、自分も部屋から出て、男性にお辞儀をした。


「あいつとは二度と関わりたくないな」


 女性はキチッと締まっていたネクタイの紐をゆるめ、机に足を置きだらしなく座った。


「闇堕ち主人公に憧れて自分もなりたいとか、ドMにも程があるだろ。腕ちぎれたりするんだぞ。あーあ…… なんか飲も」


 女性はカップをコーヒーメーカーに置くと、カップのマークのボタンを押し、その場で欠伸をする。しばらくすると、苦々とした香り周囲に広がり、カップに暖かいコーヒーが注がれる。


「あぁ…… 仕事辞めてぇ」


「随分な変わりようだね」


 コーヒーを飲んで愚痴を吐いていた女性に対面するように、スーツ姿の背の高い男性が座った。


「佐原か。お前、この仕事一緒に辞めない?」


「いやぁ、僕は結構気に入ってるからしばらくは辞めないかなぁ」


「はぁ、お前もそっち系か。夢見すぎなんだよ。てかお前、ヲタクでメガネとか気持ちわりぃな」


「ははは、随分な言われようだ」


 男性は苦笑いをすると、女性に向かって。


「分からないよ。もしかしたら、ここで相談した人達が、転生や転移をしてるかもしれないんだ。そんな無下に人を馬鹿にしちゃいけないよ」


「馬鹿じゃねぇの? そんな簡単に転生とか転移とかしてたら苦労しねぇよ」


 男性の言葉にため息を着くと、女性は再びコーヒーを飲み始めた。




 ***




「北雲?…… 北雲じゃないか! 生きてたのか!!!」


「オワリさんの名前呼んでるけど、あの人誰ですか?」


「あ? 知らねぇ…… よ ……うわぁめんどくせぇ」


 鎧を身に纏い、いかにも勇者という感じの男が、オワリの元へ走ってくるのを見て、ユキはオワリの袖をツンツン引っ張ってオワリに尋ねる。しかし、オワリはその質問に答えることなく、嫌な顔をして、男とは反対へと歩き始めた。


「ま、待ってくれ北雲! 忘れたのか!? 俺だよ! 矢張だよ!!!」


「覚えてる覚えてる。久しぶりだな矢張。元気そうでなによりだ。じゃ、俺は急いでるから」


「ちょっと待ってくれよ! みんな君のことを心配してるんだ。あっちでみんなが食事をしてる。君もみんなに会いたいだろ? 案内するから来てくれ!」


「あ? 嫌だよ特にお前らと仲良くした記憶はないし…… いや、待てよ。なぁ、神崎もいるのか?」


 さっさと追っ払って次の街に行こうとしていたオワリだったが、なにか思いついたのか、足を止めて矢張に尋ねた。


「神崎? いるけどそれがどうした? 」


「やっぱり行くわ。そっちに用事が出来たし」


「本当か! それじゃあ着いてきてくれ!」


 歩き始める矢張に着いていく形で、歩いていると、ユキがオワリの袖を引っ張り耳打ちをした。


「このキラキラしたイケメン、オワリさんの友達か何かですか? オワリさんと噛み合わなそうな感じですけど」


「こいつはクラスメイト…… あーいや、昔強制的に入れられたパーティーの仲間だ。対して話したことはねぇ」


「じゃあなんで、いちいちその対して話したことの無いパーティーの仲間に会いに行くんですか? オワリさんにしては珍しい……」


「いや、こいつじゃないが、そのパーティーの中に1人、用事のある奴がいてだな……」


「オワリ、着いたぞ! みんな! オワリが生きてたぞ!!!」


 ユキと話している間に、目的地のレストランに着いたらしく、矢張が大声で、食事をしていた見覚えのある顔の集団に話しかけた。

 矢張の声で、一斉にその集団の目がオワリに向く。


「お、オワリなのか? 俺の知ってるオワリはもっとこう、ボサ〜としてた奴なんだが……」


 皆一様にありえないといった表情で、オワリを見てそう呟く。それもそのはず。オワリはクラスメイトと離れ離れになってから、ストレスで髪は色が抜け、魔物に片足を引きちぎられと、散々な目に逢い、見た目も性格もほとんど変わってしまったのである。


「皆んな落ち着いてくれ! 確かにこいつは色々と変わってしまったけど、絶対にオワリだ! その証拠に、俺が呼んだ時に反応したしな」


 流石は支持率のある陽キャ。一言だけでほとんどの人が、目の前にいる白髪の男をオワリだと信じ込ませてしまった。


「なぁ、神崎はいるか?」


 ザワザワと話し始めたクラスメイトを無視し、オワリは神崎を探す。

 すると、矢張の言葉を聞いても尚、驚きと恐怖を隠せない様子の神崎が目に止まった。


「よぉ神崎。まさか俺の事忘れちゃった? 忘れてないよなぁ? 殺そうとした奴のことをよぉ」


「い、いや、俺は間違えただけでその、こ殺そうとしたわけでは……」


「え、俺の腕にナイフを刺した挙句に、お得意の幻覚魔法を掛けて間違えたと? 面白い冗談じゃないか」


「ちが、ちが違う。間違えたんだ、その、殺すつもりじゃ─── うわぁあぁぁぁぁあぁああああッやめ、やめ……」


 オワリは挙動不審な神崎を椅子から蹴り落とすと、腰に掛けた剣を抜き、神崎の腕に刺そうとする。しかし、ガキィンと、鈍い金属音と共に、その剣先は皮膚を切って止まった。


「何してるんだ北雲! 神崎が何をやったか知らないが、流石にこれはやり過ぎだ!」


「やり過ぎとは? 殺される覚悟があって殺そうとしたんだろ?」


「でも結論から言うと君は殺されてないんだ! 一旦話し合ってだな……」


「はぁ…… 矢張、アドバイスしといてやるよ。その甘さは今後仇となるから気をつけることだな」


 オワリはそう言うと、剣先を神崎の腕から、矢張の剣を握った手へと変え、軽く矢張の指を切った。

 すると、反射的に矢張は剣から手を離し、支えるものが無くなった剣は、抵抗なく神崎の腕へと突き刺さった。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!! 痛い、だ、誰か、誰か誰か誰かァアアア!!!」


「き、北雲ォッ!!!」


 勢いよく吹き上げる血飛沫を見ながら、オワリはなんの表情も変えずに、その場から立ち去ろうとする。すると、悲鳴や困惑する声で溢れかえったレストラン内に響くほどの怒声が、オワリの耳に届く。


「あぁ、そうだ矢張、神崎に言っといてくれ。俺は殺すほどお前を恨んでねぇってさ」


「お前、よくそんなことが言えるな。戻ってこい北雲。神崎に謝れ! あいつが何をしたかは知らないが、これはいくらなんでもやり過ぎだ!!!」


 矢張は北雲の進行方向に立つと、剣を構えて北雲を脅すように叫んだ。

 しかし、北雲が止まることはなく、スっと矢張の隣を通って先に進もうとする


「待て北雲!!! 止まれ!!!」


「お前、そろそろ鬱陶しいぞ。退け」


「謝れ北雲!」


 一向に退こうとしない矢張に痺れを切らした北雲は、矢張の持っていた剣を蹴り飛ばすと、そのまま鼻に向かって拳をめり込ませた。


「アガァッ」


「そこで大人しく寝てろ。二度と俺に関わるな」


 血を出しながら痙攣して倒れている矢張を見ながら、北雲は再び歩き始めた。それに着いていく形で、ユキがテクテクと歩いて近づいてきた。


「オワリさんにしては優しすぎませんか? わざわざアドバイスまで言うなんて」


「気まぐれだ。それにお前に会った時もこんな感じだったろ」


「何言ってるんですか、最初はいきなり殴ってきたじゃないですか」


「…… そういえばそうだったな。なんか、腹立つ顔してたからつい」


「ど、どんな理由ですかそれ!」


 ポカポカと腕を叩いてくるユキを離しながら、北雲は空を見上げる。


「これで、達成だな」


「…… 何がですか?」


「昔の約束みたいなもんだ」


「女ですか!? 女なんですね!? この浮気者! 私というものがいながら!!!」


「うるせぇ、お前は黙ってろ」


 北雲はポケットから、しわくちゃになったメモの切れ端を出すと、それを丸めて地面に捨てた。


 拝啓 相談人へ


 ───ありがとう。これからは、あんたのアドバイスに頼らず、自分の判断で生きていくよ。


 北雲オワリ

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