もしも転生・転移相談センター

黒い鮭

第1話 普通すぎる僕ですが。

「では、お客様、最初にお名前と年齢をお聞きしても宜しいでしょうか?」


 机に椅子2つ、飾り気のない部屋に2人の男女が対面する形で座っていた。


 女性は整った白銀色の髪に、清潔感溢れるスーツを身に纏い、無表情で男性に質問した。

 質問を受けた男性は、ビクッと体を揺らし、震えた声で答える。


「あ、浅野慎也あさのしんやです…… 年齢は16です……」


「浅野慎也さんですか。普通の名前ですね。年齢も高校生と、その辺にいっぱい居そう感じですね」


「そ、そうですよねぇ……はい」


 予想以上に冷たい言葉に、入って数分で涙目になってしまった男性。しかし、女性の方は気にすることなく質問を続ける。


「ええ、まあ来た時点で知っていると思いますが、ここは『もしも転生相談センター』です。もしもお客様が何らかの形で転生された時に備えまして、こちらで相談して、より確実にお客様のご希望の転生ライフを送れるようアドバイスなどをしています」


「は、はい……」


「ですので、多少厳しい事を言ってしまいますが、全てお客様の為だと思っていただけると嬉しいです」


 目に涙を溜めている男性を見ながら、女性はチラッと手に持った資料を見る。


「すみません。こんな涙脆くて…… そうですよね。僕の為なんですよね。分かりました! どんどんアドバイスをお願いします!」


 溢れ出す涙を拭きながら、なんだか照れた様子の男性の姿を見て、女性は資料を置くと質問を続けた。


「それで、浅野様は転生してからどのような人生を送りたいと思われているのですか?」


「ち、チート能力を手に入れて、のんびりと暮らして、時々強敵を倒して、その…… び、美少女といい感じな出会いをしていきたいと思っています……」


「はい。王道系ですね。名前も年齢も普通ですし、変なミスをしなければ、簡単に実現できると思います」


「本当ですか!? やったぁ!!」


 女性の言葉に喜んでいる男性。女性はそんな男性を見ながら机に置いてあるメモ帳を取りだし、メモを取り始める。


「ですが、ミスをしてしまうと二度と浅野様の送りたい人生は送れないのでお気をつけください」


 メモを取りながら、女性は喜ぶ男性を後目に淡々と喋りだした。


「浅野様は普段どのような生活をしていますか?」


「ふ、普段は家に引きこもり、ゲームをしています……」


「はい。では、学校には行きますか?」


「もう1年は行ってない……です」


「そうですか。服装もジャージと、まるでなろう系の小説から出てきた主人公みたいな人ですね」


「ほ、褒められてるんですか……?」


「はい。褒めてます」


 女性の言葉に戸惑う男性を無視して、女性は話を続ける。


「しかしですね、少し思うところがありまして。それが顔です。あまりにも普通過ぎます。」


「ふ、普通じゃダメなんですか? だって、俺TUEEEE系の小説の主人公だって、どこにでもいる『普通の高校生』ってよく書いてあるじゃないですか!」


「はぁ…… 浅野様、それは間違いです。俺TUEEEE系の小説の主人公のイラストを見て、彼らが『普通の高校生』に見えますか? 私には全く見えません」


「で、でも書いてあるし……」


 男性の言葉に、やれやれといった感じでため息をつくと、女性は男性に現実を突きつける。


「では、浅野様に質問です。これは、書籍化していない小説に限りますが、あなたは小説を読む時、戦闘シーンなどになると、主人公と敵が戦うシーンを想像しますよね?」


「はい……」


「では、その時戦っている主人公の顔は普通ですか? 大まかな髪色や瞳の色などは文章で表せても、最後の最後に主人公の顔を決めるのは読者です。その顔は、本当に普通の、平凡な、高校生の顔ですか?」


「……少し、かっこよく想像しているかもしれません」


「ですよね。かっこいい容姿でないと、戦闘シーンも盛り上がりません。それに、書籍化した小説の挿絵の主人公は文章では『平凡な』など書いていますが、実際はかっこいいです」


「た、確かに…… でもそれじゃあ、僕は転生してもただのモブにしかならないんじゃ……」


 さっきまでの嬉しそうな表情は消え、落ち込んだ様子の男性を見ると、女性はニッコリと優しい笑顔を浮かべて。


「ご安心ください。顔が普通なら、変えればいいのです」


「せ、整形しろと……?」


「いいえ、転生方法を絞り、顔の変えられる転生方法にすればいいのです。例えば、『ゲームの世界に転生』。この転生方法は、自分の作ったアバターが自分の容姿になる可能性が高くなります。また、ゲームの内容と変わらないようなモンスターが出現しますので、攻略方法などもわかり、危険度もかなり少ないです」


「なるほど! 確かにそれなら上手く出来そうです!」


 女性のアドバイスに、再び嬉しそうな様子の男性だったが、コホンと女性が咳払いをすると、申し訳けなさそうに静まった。


「すみません……」


「いえ。お構いなく。それで、『ゲームの世界に転生』ですが、こちらで、注意点を言っておきたいと思います」


「注意点ですか?」


「はい。これをすると危ない、だとか、これを言うと危ないだとかそういった、浅野様の転生後の人生を大きく狂わせてしまうかもしれないことについての注意点です」


 女性の言葉に、男性は唾を飲み込み真剣な表情になる。


「まず基本として、今は開発されてませんが、もしかしたら近いうちに開発されるかもしれない、仮想世界に入れるゲームはやらないでください」


「どうしてですか? そっちの方が楽しそうでいいじゃないですか!」


「確かに楽しいかもしれません。ですが、仮想世界に転移、もしくは出られなくなった系の小説を思い出してください。大体二つに分かれます。その二つの例としては、クリアするためにビーターとか言われて頑張るか、骨になって王座にずっと座ってキャラ達と話し、時々戦闘するかの2つです。これは確かに面白いと思いますが、浅野様のご希望ののんびり暮らす、が出来なくなります。また人が死んだり、自分が死にかけたりするのが多いです」


「それはちょっと嫌ですねぇ」


「はい。ですので、仮想世界に転生ではなく、その辺のRPGでもやればいいかと。しかし、ここで問題が。浅野様はそのゲームの中でトップにいないと、転生しても、チート能力は手に入らないのです。なので、こちらの提案なのですが、人気のないRPGをやり込むのがよろしいかと」


「それはなんというか…… めんどくさいですね……」


「まあ、転生、転移とはそういうものです」


 少し渋った様子の男性を見ると、女性は手元にある資料の(もしもお客様が渋った場合一覧)に書いてあるオススメのRPGを紹介する。


「それでは、他の注意点としては、ゲームの内容が全てだと思わないでください。ほとんどの場合、敵の行動パターンが違ったり、トラップが増えてたりと、やっていたゲームの内容と少し違います。また、ここでその敵、またはトラップに引っかかってしまうと、大怪我をしたり、闇堕ちして片目と片腕失ったりと大変なことになります。まあ、転生方法が違えば、それもチート能力が手に入ったりしてありなのですが」


 大怪我と言った瞬間に引きつった表情を浮かべ、黙ってしまった男性を無視して、女性は最後の注意点へと移った。


「最後の注意点としては、言ってはいけない言葉ですね。主に『ここは俺に任せて先に行け!』『静かだな』『こんなダンジョンこのゲームにあったか……?』などの、雰囲気作りの言葉ですね。これらはさっき言った、ゲームの内容が変わる原因にもなるので気をつけてください。対処方法としては、変わったところがあったらすぐ逃げる。ダンジョン内で歌を歌うなど、危ない雰囲気をぶち壊すような行動をとってください」


「歌を歌う……ですか。わ、わかりました」


「では、以上で私の方からの話は終わりですが、何か質問はありますか?」


 リラックスするように息を吐いた女性は、手元の資料を整え、男性の質問がないことを確認する。


「特にないです。ありがとうございました!」


「いえいえ、では最後に、こちらに今回話した相談内容を書きましたので、ご参考にしてください」


 女性は書いていたメモ帳のメモを切り取ると、男性に渡し、部屋の出口へと案内する。


 帰り際に振り返りお辞儀をする男性を見送った後、女性は飾り気のない部屋に戻り、ぐだっと、椅子に座り込む。


「はぁぁぁ。馬鹿でしょあいつ…… そんなんで、転生出来たら苦労しねぇよ。てから転生できないって言われて普通泣く? そんなんで泣いてないで今の自分の状況みて泣けよカス」


 さっきまでの優しい態度とは正反対に、女性は舌打ちしながら、ガタガタと音を立て整えた資料を片付けた。


「あーあ。疲れたわぁ…… お茶でも飲んで落ち着こ」


 部屋から出て、廊下にあるカップにお茶を注ぎ、部屋へ戻ると女性は、注いだお茶を飲みながら。


「現実を見ろオタク共」


と呟くのだった。




***


「さーいたーさいたあーチューリップーの花がーなーらん……」


「ねぇねぇ慎也、あんたいつもダンジョン入ると、呑気に歌い始めるけど、緊張感無くなるからやめてくれる?」


「ん? まぁまぁ、緊張してモンスターと戦えなくなったりしないようにね? 」


「そうですよ! 慎也様は私たちのことを思って歌ってくれてるんです! 貧乳女は黙っててください」


「あんた今なんて言った?」


「貧乳女は黙っててくださいって言いました。そんな小さな胸で、よく堂々と道を歩けますね。ぷぷっ」


「胸しか取り柄のない女が調子乗ってるんじゃないわよ!!!」


「まあまあ落ち着きなってお二人さん。胸の大きさぐらいで喧嘩しないで。ほら、慎也君困ってるよ」


「「慎也(様)はどっちがいいんですか!!!」」


「ぼ、僕はどっちでもいいかなぁ」


「どっちでもいいはなしよ! どっちか選びなさいよ!」


「そうですよ! 白黒ハッキリしてください!」


「落ち着きなってお二人さん━━━」


拝啓


相談人さんへ


アドバイスありがとうございます。くださったメモ帳通りにしたら、見事、望んでいた通りの人生になりました。これも相談人さんのおかげです。世界が違うので、直接お礼を言うことは出来ませんが、相談人さんの人生が、良き人生であることをお祈り致します。


浅野慎也

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る