第2話 硝煙の匂い

 時刻は午後八時、小腹がすいたのでチキンを買いにコンビニに寄った。


 ダボダボのジャージが俺の陰の気を際出たせている。


 ジャンプとチキンを買って会計をすまし、春にしてはちょっと肌寒い夜風にあたりながら腰を丸め家路に着く途中、道を逸れた路地からズルズルと何かを引きづるような音と何か閃光のようなものが一筋見えた。


 「なんだ?」


 路地裏を覗いてみるが暗くて良く見えない。


 誰かいるのか?


 好奇心と怖いもの見たさがあいまって視認できる距離まで恐る恐る近寄ってみる。


 すると向かう途中にぴちゃり、ぴちゃりと何か粘ついたものが靴の裏についてくる。


 カチンと音がするとライターの火が灯り、ゆらゆらと揺れた。


 それと同時に雲が晴れ、月明かりが音の正体を爛々と照らした。


 「えっ…」


 思わず喉から声が出た。


 そこにいたのは陰瀬見 京(いぜみ けい)だった。


 彼女はタバコを口にくわえ黙々と口から煙を吐き出している。


 だが重要なのはそこじゃない。


 その地面にある物と彼女の容姿だ。


 大柄の男が血まみれなって倒れている。


 その男の頭に腰を落ち着け平然と済まし顔でまた白い煙を吐いている。


 彼女の傍らには血まみれのナイフが無数に転がっている。


 それに加え、禍々しい存在感を放った空薬莢が一つ彼女の足元に転がっていた。


 そして驚くべきことはまだあった。


 彼女の耳には獣を模したような耳と尻尾が生えていたのだ。


 その目は虚無を見つめているようでひどく冷たかった。


 足がすくみ動けない。


 情報を脳が断片的に理解し負の感情が体全体を支配していく。


 恐れが驚愕が一気に波となって頭が恐怖で塗りつぶされていくのが分かった。


 殺される。


 そう脳が瞬時に悟った。


 だけど走り出せない。体が固まる。


 なんで!?どうして?!


 動けよ。俺の脚。


 ボーッとしていた目がこちらに向くと彼女は目を見開き、タバコが手からスルリと抜け落ちる。


 そしてしばしの沈黙が走る。


 彼女の姿は教室で放つ可憐さは今は見る影もなく、そのだらしなさとどこか冷徹で淡白なその姿は別人を思わせる。


 だがその制服は間違いなく一之宮高校のものだ。リボンはオレンジの二年生。


 紛れもない事実だった。


 改めて現実を再認識し、腰が抜けそうになるのを脚の踏ん張りでなんとか耐えた。


 その沈黙を破り陰瀬見が喉を震わせ言葉を紡いだ。


 「見られてしまいましたね?申し訳ありません。お見苦しいところを。すぐに片付けますので」


 その張り付いた作り笑いに背筋が凍り、手汗ががにじみコンビニ袋も、手からするりと抜ける。


 こいつは狂っている。


 頭がおかしい。


 どうして平然とああやって人、壊れた玩具みたいに…。


 動け…頼むから…動いてくれよ…。


 早く逃げなきゃならないのに…逃げなきゃならないのに…

 

 血、特有の鉄混じりの匂いその異様な光景は嗚咽と焦燥を掻き立てるには十分すぎるほど威力を発揮した。


 胃酸が逆流し、酸っぱく苦い感覚が下を通過する。


 ダメだ。もう体が自分のものではないようだ。


 足も手も、呼吸をする肺さえも動かすことに集中するのが精一杯。


 浅い呼吸で酸素が回らなくなった脳では大したことは考えられず、意識を保つことさえもできなくなっていた。


 視界がぼやけて真っ暗になっていく。


 黒く、黒く真っ黒に。


 「これから、長い付き合いになりそうだな」


 その吐息混じりの言葉を最後に俺の意識はプツリと切れた。



 


 


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