第28話 未来
やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
魂を震わせるような叫びが聞こえた。
その声は私の体中を一瞬で駆け抜け、やがて脳髄をグワングワンと揺らした。
目の前の光景がぼやけ、輪郭が何重にもぼやける。
私は何をしていたんだ?
手元を見ると、佐藤義樹の胸の真ん中に深々とナイフを突き立てていることに気づき、慌ててナイフを引っこ抜く。
ナイフから紅い血が滴る。
そうだ、私はこの人の命を弄ぼうとしていた。
私のしていたことの残虐性に気づき、ゾワっと悪寒が走り抜ける。
脇の下を冷たい汗が流れる。
撃たれた左手は今更ながらに痛み出し、ビリリと痺れる。
こんなことをしている場合じゃないだろ。
暴走状態の私を一喝で抑えてくれた木陰君の元に慌てて駆け寄った。
木陰君の容態は、出血の影響で顔色は青白く、呼吸が浅い。
目はどことなく虚ろで、ここではないどこか遠くを見つめているようだ。
「ハハッ、何とかギリギリのところで踏みとどまってくれたかな。ほんと君は世話がやける。あいつを君が殺していたら、僕ではもう君の罪を庇いきれなかったからね。」
木陰君が儚い笑みを浮かべる。
その笑みがなぜだか私の心臓をぎゅっと締め付ける。
涙が溢れ出てくる。
木陰君は苦笑いを浮かべながら、優しく私の頬に手を触れ、その涙を拭う。
そしてかすれた声で、言葉をつなぐ。
「最後に伝えないといけないことがあるんだ。」
零れ落ちる涙が一瞬ピタッと止まった。
遣る瀬無い怒りがふつふつとお腹の底から湧き上がって来る。
最後だなんて言わないでよ。
木陰君はほうっと一息吐いて、声を絞り出す。
「君はもう殺人犯じゃ無いよ。」
その言葉を聞いた瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り抜け、視界がチカチカ明滅した。
彼の言っている言葉の意味が理解できない。
「ハハッ、何も理解できていない顔だね。
簡潔に言うよ、君の犯した罪は僕が貰い受けた。僕が責任を持って墓場まで持っていく。」
私はますます意味がわからなくなって、困惑する。
「今までの答え合せとしよう。
君が殺した死体を燃やしたのは僕さ。そして現場には僕が犯人となるようにいくつか証拠を偽装しておいた。おそらく警察が犯人だと思っているのは君ではなく、僕だ。これから数十分もしないうちに警察がこの現場に駆けつけてくると思うけど、君はもう警察から逃げる必要はない。取り調べでもストーカーに襲われたところを僕に助けてもらったとでも言っておけば良い。」
唐突に教えられた情報を脳が処理しきれず、様々な言葉が頭の中を嵐のように吹き荒れる。冷静に物事を整理できない。
「君はもう鳥籠の中で終わりがくるのを待つ小鳥ではない。自由に大空を飛べるんだ!だから、君は夢に向かって邁進してくれ。僕があの世で神様に君の幸せをお願いしておいてあげるよ。」
だがその言葉を聞いたとき、私の頭の中で何かが弾けた。
それは荒れ狂う大波の如く猛威で抑圧されていた感情を解き放つ。
違う、違う・・・そうじゃないんだ!!!
こんな展開あなたの自己満足でしかない。
私はあなたに与えられた、あなたの思惑通りの仮初めの自由なんていらない!
何度立ち止まったって、最良の選択を、自分の手で、自分の力で掴み取ってみせる。
私の未来は私が決める!!!
そしてその未来にあなたは絶対欠けてはならない存在だ。
だから私は断言する。
「あなたが消えた未来を私は決して認めない。あなたは絶対に死なない。いや、死なせない!気持ちを強く持て、木陰悠介!!!」
私は木陰君の頭を抱き寄せ、その膨らみのある唇に自分の唇を強く押し当てた。
ぷっくりとした感触が唇を伝う。
直後、落雷が脳天を直撃し、脳神経細胞のシナプスが連鎖的につながりスパークする。興奮が全身の細胞を駆け抜ける。
ドクドクと力強い心音が、体全体を包む。
私は唇をそっと離し、木陰君を抱き寄せ、私の心音を聞かせるように、彼の顔を胸に目一杯の力で押し当てた。
そして私の生命の叫びがこだまする。
「生きて!生きて!!生きて!!!いや、生きろ!!!!!」
私の腕の中に収まっていた木陰君は一瞬びくりと震え、
「バカ。」と嗚咽交じりに呟いた。
私はそんな彼を強く、強く抱きしめた。
その時、パトカーのサイレンが聞こえ、バタバタとした階段を駆け上がる複数の足音が近づいてきた。
バンッと扉を開ける音が聞こえ、警察官がなだれ込んでくる。
警察官たちはこの場に入って来るなり、「どうなってるんだ」、「おい、しっかりしろ!」、「救急車を呼べ!」などと口々に叫び始めた。
私はそんな警官たちに向かって叫ぶ。
「お願い、助けて!!!」
こうして私たちの長いようで短い、3日間に及ぶ逃走は幕を閉じた。
私は力強く息を吸い込んだ。
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ラスト2話の予定
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