第29話 復活の呪文

長め

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眼が覚めるとそこは、どこまでも続く真白な空間。

上下左右360度どこを見渡しても同じ光景が広がっている。

永遠なんてものは信じたくないが、この空間はどこまでも果てしなく、それこそ終わりがないんじゃないかと思わせる何かがあった。

そんな空間にポツンと僕1人が収容されている。

僕は死んでしまい、所謂あの世と呼ばれる場所にいるのだろうか。


そういえば僕は服を着ているのだろうかと、自分の体を眺めると素っ裸なことに気づく。

相変わらず白くて綺麗な肌だなと自分を眺めているうちに、ふと足を銃で撃たれたことを思い出し、足に目をやる。そこには何かが貫通したような穴が二箇所空いていた。間違いなく撃たれた形跡だろう。

そして2つの傷跡は、最後の記憶を呼び起こした。

それは日向沙耶香に関するものだった。

弱虫な彼女が僕を守るために必死に戦う勇敢な後ろ姿。何事にも奥手だったはずの彼女から受けた熱烈なキスと熱い言葉の応酬。3日前は今にも死にそうだったはずの彼女から聞こえた生命力溢れる心臓の鼓動。

思い出すだけで、顔が茹で蛸のように赤くなる。

人からあんなに求められたのは初めての経験だった。

やはり彼女は僕のことを好きになってしまったんだね。そして僕も・・・。

今更ながらに彼女に惹かれている自分の気持ちに自覚する。

そして溢れ出てくる懺悔の思い。


ごめんね、日向ちゃん。

君はきっと傷ついたよね。

この計画を遂行するにあたり、僕は君に好かれてはならなかった。徹底的に無関心を装う必要があった。

だけど君と行動を共にするうちにどんどん君のことが知りたくなった。

そして僕はいけないと分かっていたのに、君の悲惨な過去の出来事を僕は聞いてしまった。

僕はもう君に優しく接せざるを得なかった。

君が僕を好きになってしまったら、最後真実を知った君はきっと傷ついてしまうと分かっていたのに。

僕は馬鹿だ。


こんな結末で良かったのかな?

思い浮かべたのは遠い昔に死んだ大好きだったあの人の横顔。

お姉ちゃん。

あなたは僕を許してくれますか?







小学生の時、僕には一つ年の離れたお姉ちゃんが1人いた。

お姉ちゃんの名前は木陰静香と言って、笑顔がよく似合うとても愛くるしい人だった。

でもお姉ちゃんはただ可愛いだけではなく、僕のヒーローだった。


小学生の時の僕は背が小さくて体力もなくて、気弱だったため、よくいじめの標的にされていた。

いつも、いじめっ子達に取り囲まれて、チビだの弱虫だの馬鹿だの罵られていた。

僕は反撃もせずに、ぐずぐず泣くことしかできなかった。

けれどそんな弱虫な僕をヒーローはいつも助けてくれた。

「こらっ!あんた達何してるの!」

いじめられっ子達に囲まれていた僕をかばうように颯爽とお姉ちゃんが僕の前に現れた。

まっすぐな正義の眼差しがいじめっ子達を貫く。

いじめっ子達は強い眼差しにたじろぎながらも、お前1人で何ができるんだと言わんばかりにこちらを睨みつける。

しかしお姉ちゃんはそんな視線を物ともせずに、いじっめ子達の親玉に近付いて行き、その顔をいきなりビンタした。

バチンッと鈍い音の後に、ブベッと情けない声が漏れ、いじめっ子達の親玉は頬を抑える。

お姉ちゃんはそんな親玉に般若のような形相で「次はグーで殴るから」と言い放ち、凄みを利かせて睨み付ける。

親玉は目に大粒の涙をためて、「覚えてろ!」と言いながら一目散に逃げ出した。親玉が逃げ出すと取り巻き達も蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

やっぱりお姉ちゃんは僕のヒーローだ。

お姉ちゃんはため息ひとつ、こちらを振り返り、「大丈夫?」と言いながら手を差し伸べてくれた。

僕はその差し伸べられた手を無視して、お姉ちゃんに抱きついた。

ふわっとした良い匂いが鼻をくすぐる。

「もう、甘えん坊ねえ。」

お姉ちゃんは苦笑いを浮かべながら、抱きついた僕の背中を優しく撫でてくれた。

僕は可愛くて強いお姉ちゃんが大好きだ。



あれは僕が中学2年生の頃だったでだろうか、あなたの浮かべる笑みから違和を感じるようになったのは。

顔は笑っているのに、目からは弱々しい光が漏れているような気がしていました。

そして学校の話をするときはいつも、無理に作り笑いをしているように感じていました。あなたが厚化粧をするようになったのもこのころだったでしょうか。

けれど、僕が心配して「大丈夫?」と声をかけても、あなたは気丈な笑みで「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」と僕の頭を撫でて、誤魔化すだけでしたね。


そしてある朝、あなたは部屋から出てこなかった。

何度声をかけても、あなたの返事はなかった。

おかしいと思った僕がドアを開けて、あなたの部屋に入ると、あなたはいつも通り眠っているように見えました。しかし僕は気づきました。あなたの手に睡眠剤の丸薬が入った瓶が握られていることに。

それを見た僕は瞬時に理解しました。

あなたは永遠の眠り姫となってしまったんだと。


警察の取り調べで、あなたがクラスでいじめにあっていたことがわかりました。

そしてあなたの部屋からはいじめられていたと書かれた遺書が見つかった。

あなたは正義感の強さ上に、ぶつかり合うことも多く、敵を作りやすい性格でしたね。

そのことに僕が気づいてあげればよかったんだ。


僕は最初悲しみにくれました。

ずっと部屋で布団にくるまり泣いていました。

途方もない喪失感で、食事も喉を通らなかった。

次第に僕は痩せていき、顔色も病人のように青白くなった。

今更ながらに気づく。厚化粧は顔色の悪さをごまかすためだったんですね。


次に感じたのは純粋な怒りでした。

あなたをいじめていた奴らを八つ裂きにしてやろうと思いました。

そして、あなたの苦悩に気づいてあげられなかった僕自身も許せなかった。

今度は僕があなたを守らなければならなかったのに。


最後に感じたのはどうしようもない虚無感でした。

何も感じない、すべてのことがどうでも良い。

あなたのいない世界に生きる価値などあるのだろうかと毎日考えていた。

一度はあなたの後を追って、死んでしまおうとも考えた。


しかし、そんな虚無感は日常に埋没した。

ありふれた日々を消化するうちにあなたとの思い出が記憶の奥底に沈んでいくのがわかった。

世界は次第にあなたの存在を忘れていき、やがて僕の記憶にも靄がかかり、あなたの輪郭がぼやけていく。あなたに対して感じていた罪悪感は次第に薄まっていった。



そんな時でした。

中学校の学園祭で僕のクラスは女装メイド喫茶をやることになりました。

僕は可愛らしい顔つきをしているという理由で、厨房ではなくメイドとして接客をすることに決まりました。

女子達によるメイクが行われ、可愛くできたよと手鏡を渡され覗き込んだ時、僕はあまりの驚愕で言葉が出なかった。

そこには死んでしまったはずのあなたがいた。

僕は溢れる涙を止めることができませんでした。

そして、久しく忘れていたあなたを守ることができなかった罪悪感を思い出しました。

僕はこの気持ちを忘れないために、あなたになることを決意しました。


あなたの面影を思い出しながら、必死にメイクの勉強をしました。

あなたはピアノが弾けたことを思い出し、ピアノ教室に通いました。

あなたが看護師を目指していることを思い出し、僕も看護師になることを決意しました。

性格も気弱なままではいけないと思い、明るい性格を演じました。

どんどんあなたに近づくにつれて、僕は嬉しかった。そして捌け口のない罪悪感は心に留まり続けた。


そんな時に、僕は学校の図書館で悲しげな目をした少女に遭遇した。

人生を諦めた目。僕は何かこの少女から嫌なものを感じました。

そして事件が起こりました。

僕は夕方になり、そろそろ家に帰ろうかとカバンに荷物を詰め込んでいる時に、助けて!!と言う叫び声が一瞬聞こえました。僕は脇目も振らずに図書室を飛び出しました。

しかし叫び声が聞こえた方向に向かうと、僕は信じられないものを目にしました。

階段の下で、先ほどの少女が笑顔で瀕死の男を蹴り続けているではありませんか。その顔はまさに人間の死を弄ぶ悪魔のようだと思いました。

僕は怖くなって、その場を動けませんでした。すぐに通報しようと考えました。

でも、携帯に手をかけた時にふと思い出してしまったのです。

あなたの気丈な笑みから僅かに漏れる弱々しい目の光を。その目がどうしてかあの少女の目と重なった。

僕が再び階段の下に目をやると、絶望的な表情を浮かべた少女がどこかに走り去って行きました。

その時、僕の中に巣食ったあなたへの罪悪感が蠢きました。自分でもどうかしていると思うのですが、今度こそは守るんだ、それだけを考えていた。

脳を高速回転させ、どうすれば少女の罪が消せるのかを瞬時に考えた。

結果、導き出されたのは僕が少女の罪を貰い受けることだった。

僕はすぐに、階段の上で僕と死んだ男がもみ合いになったように演出するために、その場に指紋を残した。

死んだ男の体から少女の指紋を消し去るために、持っていたライターで男を燃やした。

そしてすぐに、君の後を追いかけた。

途中で凶器であるライターをわざと警察に見つけさせるために、自販機のゴミ箱に捨てた。

大雨が降りしきるのを無視して、傘もささずに全速力で走った。


少女は何もかも諦めた顔つきで、橋の上から荒れ狂う濁流を見つめていた。

このままでは少女はお姉ちゃんと同じで自殺してしまうことがすぐにわかった。

僕はそんな彼女を生きたいと思わせる必要があることに気づいた。

だから僕は少女に声をかけた。

一緒に逃げ出さないかと。


それからは波乱万丈の連続だった。

チンピラに絡まれたり、君が突然倒れたり、人助けをしたり、殺人鬼に襲われたりと大変な逃走だった。話題に事欠かない逃走だった。

そして、本当に楽しい逃走だった。

死んだはずの僕の目から何故だか涙が溢れ出てくる。




その時、突如として目の前の真っ白な空間から人型の何かが姿を現した。

それは茶髪がよく似合う、可愛らしい女性で・・・


お姉ちゃん!

僕はすぐに彼女を抱きしめた。

彼女は僕の頭に手を当てて、優しく撫でてくれた。

この感触がひどく懐かしい。

僕はその感触をひとしきり堪能した後、彼女から離れ、頭を下げた。

「静香お姉ちゃん。あの時はあなたの苦悩に気付いてあげられなくて本当にごめんなさい。」

それは心の底からの謝罪。決して許してもらおうとは思っていない。

「頭を上げて悠介君。あなたは何も悪くないわ。寧ろ、私はあなたをずっと苦しめてしまった。私の方こそごめんなさい。」

今度はお姉ちゃんがぺこりと頭を下げる。

「あの時、私は自分のことしか考えていなかった。悠介、お父さん、お母さんの気持ちなんて考えもしなかった。自分勝手な私はあいつらに対する一番の報復は私が自分の命を絶つことだと考えてしまった。そのせいであなたをずっと苦しめてしまった。」


「そんなことない!お姉ちゃんは何も悪くないよ。自分を責めないで。もう大丈夫だから。これからは、僕があなたを守る。ずっと一緒だよ。」


しかしお姉ちゃんは涙を流しながら、首を横に振る。

僕はどうしてだよと理由を聞こうとすると、遠くの方から何やら呪文のような文言が聞こえてきた。


ゆうて いみや おうきむ

こうほ りいゆ うじとり

やまあ きらぺ ぺぺぺぺ

ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ

ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ


・・・ってこれドラ◯エの復活の呪文じゃねーか。

思わず声に出してツッコミそうになるのをなんとか堪える。

お姉ちゃんは、涙ながらに可笑しそうにケタケタと笑っている。

「あなたはまだ死んでいないわ。一時的にここにいるだけ。それにしても、あなたの帰りを心待ちにしている面白い女の子がいるみたいね。お姉ちゃん安心したわ。あなたもその人が好きなんでしょ?早く迎えに行ってあげなさい。」

そう言って、お姉ちゃんがパチンとウインクした。

すると僕の体が急激に透けていく。

「えっ?!ちょっと待っ」

それが僕の最後の言葉となった。

僕の体は光の粒子となって消えた。


後には真白な空間だけが永遠と広がっていた。





目が覚めると、僕はベッドに寝かされていた。

ベッドの周囲は何本ものロウソクで囲まれており、暗闇の中を不気味に僕だけを照らし出している。

百物語でも始まるの?

そして暗闇の中を先ほどの復活の呪文が反響する。


ゆうて いみや おうきむ

こうほ りいゆ うじとり

やまあ きらぺ ぺぺぺぺ

ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ

ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ


呪文が聞こえた方に目を向けると、真っ黒な魔術師のローブを身にまとった日向ちゃんが目を瞑り、手を擦り合わせながら、永遠と復活の呪文を唱えている。

その姿は完全に悪魔召還にしか見えない。

できれば悪い夢だと思いたい。

でも・・・


僕は呪文を唱え続けている少女のローブを掴み、その顔をこちらにたぐり寄せた。

「ただいま。」

驚きで目を大きく見開いた彼女。

やがて顔をくしゃくしゃにして、こちらに飛び付いて来た。

「おかえりなさい!木陰君!」


そんな彼女がどうしようのなく愛おしい。

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