第30話 あの夏の暑さが忘れられない

人の死、それはありふれたものだ。毎日、誰かが病気で、事故で、飢餓で、孤独で死んでいる。誰かに殺された人もいるだろう。そして私たちはそんな死をありふれたものだという認識ゆえに軽視していると感じる。テレビのニュース、新聞、ラジオでは毎日他人事のように人の死を報じているし、誰も彼も簡単に死ねだとか死にたいだとかを口にする。

私もかつてはそうだった。

しかし今では、私は人の命を奪い、自分の命すらも絶とうとしたことで、人の死に敏感になった。

ありふれたものだからこそ、ぞんざいに扱うのではなく、一つ一つその意味を丁寧に考えるべきだと思うようになった。

そして私はそんなありふれた人の死と真剣に向き合うことにした。





あの後、私は結局自首した。木陰君の努力をすべて無駄にした決断かもしれないが、私が犯した罪は私自身が裁かれなければ、前に進めない気がした。

私は家庭裁判所でのしかるべき裁判の後、少年法に基づいて少年院に送られることになった。

家庭裁判所から送致され、検察官の出席のもと地方裁判所でもっと重い処罰が下る可能性もあったが、椎名弁達さんの巧みな弁護のおかげもあり少年院に送られるだけで済んだ。

そして私は少年院で死に物狂いで勉強した。その結果、更生が認められ、現在は奨学金を利用して北海道にある医学部に通っている。

今は助かる命は絶対に救うことをモットーに日々切磋琢磨している。


木陰君は近代医療の発展の成果なのか、はたまた私の怪しげな呪文のおかげなのか息を吹き返した。

治療後、木陰君は死体の偽装、私の逃走の手助けなどの罪に問われ、保護観察処分を受けたが、現在は更生が認められ、兵庫県にある大学の看護学部に通っている。

今でも女装はやめていないようで、たまに神戸の街をぶらついては、いたいけな男の子をたぶらかして、遊んでいるそうだ。頼むから信者を量産するのはやめてほしい。





私と木陰君は遠く離れてしまったので、たまに連絡は取り合ってはいるが、ほとんど会うことはない。

だけど私たちは一年に一度、7月31日に◯△高校の屋上で落ち合う約束をしている。

それは波乱万丈のあの夏の始まりの日。







私は屋上手前のドアの前で立ち止まり、数秒間目を閉じて祈りを捧げる。


中学2年生の時に父が体調を崩してから、ずっと無意識の奥に恐怖、不安、辛苦などの感情を閉じ込めてきた。抑圧された感情はやがて破裂寸前にまで膨らみ、私の考えに大きな歪みをもたらした。相模勇気はその大きな歪みに触れてしまった。そして悲劇は起きた。

私は誓う、もうこんな悲劇は繰り返さないと。

誓いを守る自信はある。

なぜなら、私は木陰君との話し合いを通じて、無意識の奥に抑圧された感情と随分と向き合うことができたから。

きっとこれからも私の胸の奥に歪みは残り続けるだろうが、もう大丈夫。

この歪みもまたかけがえのない私の一部なのだと気付いたから。

私は一生この歪みと向き合って生きていく。


私は黙祷をやめて、ゆっくりとされど力強く瞼を持ち上げた。

過去の暗い回想は終わり!

私は今を生きているんだ。



手鏡を取り出して髪の毛を整える。

もちろん一番可愛い見た目で彼と再会するためだ。

私史上一番可愛いよと自己暗示をかけてから、ドアを勢いよく開ける。


青い空、白い雲、燦々とした太陽が視界を埋め尽くす。

ドアの向こうから風がビュウと背中を吹き抜ける。

まるで私の背中を押してくれたかのように。

私はそれに誘われるがままに目的の人物に向かって軽やかに歩を進める。

きっと力強い夏疾風は私に輝く未来を吹き込んでくれたに違いないと信じて。





無我夢中で駆け抜けたあの夏。

そのことを思い出すたびに、どういうわけか胸が少し痛む。

それは悪くない痛みなのだけれどね。

やはり私はあの夏の暑さが忘れられない。




おわり








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あとがき

杜撰な設定から始まった小説ですが、なんとか完結することができました。

私はこの話で、1人でも自分を見てくれる人がいたら人生幸せなんじゃね、だとか

一回道を踏み外してしまったとしても一度はやり直すチャンスが与えられてもいいんじゃないだろうかという大変甘いことなどを伝えたかったのだと思われます。

ずっと応援コメントをくださった方々には感謝してもしきれません。ありがとうございました。

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あの夏の暑さが忘れられない ひなた @Hinayanokagerou

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