第27話 教えて?
私は笑顔で佐藤義樹を見つめる。口角を最大限あげたとびっきりの笑みだ。
対する佐藤義樹は私から何か不穏なものを感じ取ったのか、顔を引きつらせた。
「あはは、本当に君は興味深いね。この絶体絶命の状況下でそんな笑みができるなんてね。君がどんな人生を歩んできたのか是非聞いてみたいものだね。」
どんな人生を歩んできたか––––––例えるなら、終わりのない真っ暗な沼地を泥だらけになりながら、あてもなく徘徊する人生だったかな。
でも今は違う。そんな暗闇に一筋の眩ゆい光が差し込んだのだ。
今ここでその光を消すわけにはいかない。
口角を下げて、真顔で佐藤義樹を睨みつける。
さあ、始めましょう。
私は自然な動作で右腕で掴んでいるナイフをポーンと空中に放り投げた。
不意を突かれた佐藤義樹の目が空中を浮遊するナイフに向く。
私はその一瞬生じた空隙に、ポケットから謎の粉が入った袋を取り出し、佐藤義樹めがけて思い切り投げつけた。
袋から謎の粉が噴出し、辺り一帯が謎の粉で覆われる。
「くそっ!小賢しい。」
佐藤義樹は私の頭に狙いをつけて慌てて引き金を引く。バンッという鋭い音と共に高速ジャイロ回転した金属の塊が私に吸い寄せられてくる。
私は生存本能が呼び起こした野生の勘に従いとっさに頭を横にずらす。
直後、頭皮の一部を銃弾が削り取り、頬を血が伝う。
躱せた…!!!
辺りは謎の粉吹雪で覆われているが、佐藤義樹の驚愕が手に取るようにわかる。
チャンスだ。渾身のダッシュで佐藤義樹との距離を詰める。
焦った佐藤義樹が銃を乱発するが、乱れた精神状態では銃弾は狙い通りに飛ばず、
私の左腕を貫通するだけにとどまる。
一瞬鋭い痛みが左手を襲うが、アドレナリンが痛覚を麻痺させる。
痛みを無視して、さらに一歩踏み込み、遂に佐藤義樹の懐に潜り込む。
思い浮かべたのはチンピラの親玉を一発KOした小口さんのアッパー。
右の拳を軽く握り、佐藤義樹の顎をめがけ、突き上げた。
刹那、右手の第二関節あたりに僅かに摩擦熱がほとばしる。
・・・だが浅い!
右の拳は佐藤義樹の顎を完璧に捉えるに至らず、顎の先を僅かに掠めただけに終わる。
これでは反撃が来る!!!と思い、慌てて突き上げた右手を元に戻す。
しかし次に目にした光景は、私にとって非常に都合の良いものだった。
佐藤義樹の顎は僅かに上を向き、上体がゆっくりと後ろに逸れる。
この隙を逃さない手はない。
私は全力で右手の銃めがけて右足を振り上げた。
ガッという鈍い音がし、佐藤義樹の手から銃が離れる。
「なっ!?!?」
佐藤義樹が驚愕の表情を浮かべる。
やった!上手くいった。あとは仕上げだ。
私はニヤリと笑い、先ほどよりも右足に力を込めて––––––––––––––––––
思い切り金的を蹴り上げた。
あがっという鈍いうめき声とともに佐藤義樹が前傾姿勢になり、こちらに倒れてくる。
私は倒れてくる佐藤義樹の頭を両腕で掴み、顎を思い切り右膝で撃ち抜いた。
顎を撃ち抜いた衝撃が身体中を駆け巡り、全身をビリビリと痺れさせる。
チェックメイトだ。
私が掴んでいた頭から手を離すと佐藤義樹はどさりとその場に倒れこんだ。
ほうっとため息ひとつ。
でもまだ終わりじゃないよね。
私は再び気を引き締めた。
そう、あとは殺すだけだね。ヒヒッ。
私は投げ出したナイフを拾い、思い切り佐藤義樹の背中に突き刺そうとした––––––が途中でやめた。
ふと、彼の言っていたことが頭をよぎったからだ。
『人は死ぬときどんな表情をするのかな。どんなことを考えているのかな。それを考えるとワクワクするよね。』
私の頭に邪な考えがよぎる。
ならば人は死ぬときどんなことを考えているか、その身を以て知ってもらおうじゃないか。
私はうつぶせで倒れている佐藤義樹をひっくり返して仰向けにし、その腹の上に馬乗りになった。
「おいっ、起きろ。今からお前の言うところの知的好奇心を私が満たしてあげよう。」
私はペチペチと佐藤義樹の顔を叩いた。
すると佐藤義樹はうぅぅと低い唸り声をあげながら、すぐに目を覚ました。
そして馬乗りになっている私の存在に気づき、顔を強張らせた。
すぐに反撃に出ようと体をもぞもぞと動かすが、顎を撃ち抜かれた影響で脳が揺れているのか、その動きはぎこちなく、私を退かすに至らない。
私はそんな無防備な佐藤義樹を上から見下ろし、極上の笑みを浮かべ、ゆっくりとした動作でナイフを胸の真ん中に突き立てた。ナイフが胸骨を貫く鈍い刺激が腕に伝わり、佐藤義樹の着ている白のラフなシャツに鮮血が滲む。
「なっ、なっ、何を!!?」
佐藤義樹の顔が恐怖でひきつる。
「何をって、そんなの決まっているじゃない。あなたは人は死ぬときにどんなことを考えているのか知りたいのでしょう。私もあなたが死ぬときにどんなことを考えるのか大変興味深いわ。だから、今からこのナイフをあなたの胸に徐々に突き刺していくから、感想を教えてね。」
私は両腕でナイフの柄を掴み、胸を突き刺すナイフに力を込める。
ナイフは先ほどよりも深々と胸骨に突き刺さり、佐藤義樹が悲鳴を上げる。
獲物の悲鳴が心地よく耳を突き抜ける。
「ねえねえ、死があと数センチで訪れる今の気持ちを教えて?」
私はにっこりと佐藤義樹に微笑みかける。
佐藤義樹が涙ながらにやめてと私に懇願する。
「私はそんな陳腐な感想が聞きたかったんじゃないわよ。」
私はさらに力を込めると、がりっとナイフが胸骨を突き破る感触がし、ナイフの先端が何か柔らかいものに触れた気がした。それはどくどくと振動しており、その波動がナイフを通って私に伝播する。
「あら、もう王手なのね。これが最後のチャンスね。ねえ、あなたは今何を考えているの?」
私が少し苛立った声で尋ねる。
しかし、佐藤義樹は金魚のように口をパクパクさせるだけで、何も発しない。
「所詮、人の最後なんてつまらないものね。もうあなたはこの世界にお別れの言葉を述べたのかしら。さようなら、佐藤義樹君。」
ナイフの柄をぎゅっと握りしめた。
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