第25話 ショータイム

私がカラオケ店内に飛び込むと、そこには––––––––地獄を体現したかのような光景が広がっていた。

床に広がる血の海、壁に点々と付着した血飛沫、至る所から出血の跡が見られるピクリとも動かない人々。

このカラオケ店は冥界への入り口に違いない、そう思わせる光景だった。

そして、むせ返るような血の匂いで頭がクラクラする。

正気を失い、今にも発狂しそうだ。



そしてその中にぽつんと1人この場に相応しくない男がいる。

黒髪マッシュヘアーの青年で、青色のジーパンに白のラフなシャツを着ている。

顔に際立った特徴はないが、どちらかといえば、整った顔つきの部類に入ると思われる。

見た目は、そんな感じのどこにでもいる普通の青年のようであった。

ただ1つ、その右手に拳銃が握られていることを除いて。

その青年は人懐っこそうな笑みを浮かべて、気軽に私に声を掛けてきた。

「やあっ。楽しいショーの時間にようこそ!存分におもてなしをするから君も楽しんで逝ってね。」


それは、友達を遊びに誘うようないたって普通の口調。

それがさらにこの状況とミスマッチしている。

私は精一杯冷静さを装って話しかける。

「あなた、何者なの?」


そいつは左手で髪をかき分けながら、満面の笑みで私の問いに答える。

「あはは、僕の名前は佐藤義樹、いたって普通の21歳大学生さ。」


私はこの状況で自分を普通だと表現するこいつはかなりやばい奴だとすぐに理解した。人によって普通の尺度は違うのに、自分を普通だと表現する。それは自分の考えている普通と周りの考えている普通とを比較したことがないのだろう。きっと、周りに自分の普通を強要して、無自覚で人を傷つけるタイプだ。

「自分を普通なんていう奴に限って、まともな人間じゃないことが多いわ。一応聞くけど、これはあなたが殺ったの?」


「あはは、そうだよ。これぜーんぶ僕が殺ったんだ。なんだか、ホラー映画の撮影現場みたいで興奮するでしょ。君もこの景色の一部に加えてあげるよ。」


「クソみたいに素晴らしい提案ね。でもどちらかというとモブ顔のあなたの方がこの景色とうまく馴染みそうよ。その拳銃で今すぐ自分のどタマ撃ち抜きなさい。」


「あはは、この状況においてもそんな強気なことが言えるんだね。君は今までの奴らとは違うみたいだね。良いサンプルになりそうだ。

そんな君には特別に僕がなぜこんなことをしているのか教えてあげよう。

僕がなぜこれほどまでに人を殺しているか・・・それは偏に知的好奇心さ。」


「知的好奇心?」


「そう、知的好奇心さ。僕は昔から興味を持ったことはとことん追求する人間だったんだ。そうだな、君は1+1がなぜ2になるか考えたことはあるかい。僕は小学生の時になぜ1+1が2になるのかが不思議で仕方なかったんだ。と言うのもね、僕のお父さんはお母さんという最愛の女性がいたのにもかかわらず、隠れてもう1人愛人を作り、そのことがバレて離婚したということがあったんだ。この場合、残ったのは浮気相手1人だったから、1+1の答えは1だろ。あはは、簡単に反例が見つかった。

そのとこに気づいた僕は、一週間ずっとこの問いに対する答えを探し続けたことがあるんだ。

そして、今度は人の死というものに非常に興味が湧いたんだよ。『人の死』それはとても身近なものだ。世界全体で1.8秒に1人は死んでいるから、今この瞬間にもきっと誰かが死んでいるんだろうね。でもそれを自覚することは日常においてほとんど皆無だ。たいていの場合は近所の噂話やテレビ、ラジオのニュースで僕らはその事実を知ることができる。

だから、僕は見てみたかった。自分の目の前で消えゆく命をね。人が死ぬときは一体どんな表情をするのかな、どんなことを考えているのかな、死体は放置するとどうなるのかな。考えるとワクワクするよね。

だから僕は君を殺すよ。君はどんな表情を見せてくれるのかな?」


言い終えると佐藤義樹は銃口を私に向けた。

その時、男の後ろに倒れていた女が男の足首をガシッと掴んだ。


「させねえよ。君に日向ちゃんは殺させない。」


それは木陰君だった。顔を苦しそうに歪めているが生きている。

私は安堵の思いで胸がいっぱいになる。


「あはは、お目覚めかい。まあ、足をちょっと撃っただけだったからね。でも君のその歪んだ顔とても良いね。ゾクゾクするよ。もっと苦しめたらどんな顔をするのかな?」


そう言うと佐藤義樹は倒れている木陰君の脇腹を思い切り足で蹴飛ばした。

木陰君は地面を二、三回ゴロゴロ転がり苦しそうにうめき声をあげた。

私は声を張り上げる。

「やめろ!それ以上木陰君に手を出すな!」


「木陰君?ああ、この女の子のことかい。ひょっとして君達付き合ってるの?

あはは、これは傑作だ。とても面白いものが見れそうだ。」


私は黙って、ありったけの殺意を込めた目で男を睨む。


「あはは、その殺気立った目つきは最高に良いね。そそられるよ。君のその顔が絶望に歪む瞬間を是非見たいね。でも君を簡単に撃ち殺すのは面白くないな。普通に殺すのはもう飽きちゃったんだよね。・・・そうだ!良いこと思いついた!」


男はそう言って、倒れている木陰君のジャージを掴んでこちらに放り投げてきた。鈍い音とともに木陰君が地面に叩きつけられる。

私はすぐに木陰君の元に駆け寄る。


「見た所、君とこの女の子は付き合ってるんだよね。だからそんな君に魅力的な提案をしよう。」


男が口元を歪め、ニヤリと笑う。

嫌な予感がして、背中をじとっとした汗が伝う。


「君がその子を殺すんだ。」


時間が停止した。

私は驚愕のあまり目を大きく見開く。



「僕は目の前に死を突きつけられてもなお、殺意のこもった目で僕を見つめてきた君をいたく気に入ったよ。だから君に2つの選択肢をあげよう。

1つ目は、無謀にも僕に立ち向かい無残に殺される選択肢だ。正直これはお勧めできないな。君は大切な彼女も自分の命も守ることができずに死ぬんだ。それに僕も普通に殺すことには飽きちゃったからできればやめてほしいな。そして、お勧めなのが2つ目の選択肢だ。これはとても素晴らしいよ。

なんたって君は彼女を殺せば、生き残れるんだからね。それに僕も大切な彼女を苦悶に満ちた表情で殺す君の歪んだ顔、愛する彼氏に殺される彼女の表情が見てみたいからね。

君が彼女を殺した後、僕が君を殺さない保証がないって?大丈夫さ、これでも僕は約束は守る男さ。さあ、どうする?」


男が不敵な笑み浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る