第20話 人生はいつ何が起こるかわからない

反射的にビーチの方に目を遣ると、少し白髪混じりの高齢の女性がビーチにうつ伏せで倒れていた。

倒れた女性の夫と思われる高齢の男性が必死に女性の肩を叩いて呼びかけているが返答はない。

私は、まさか今朝の警察官から拳銃を奪った何者かに狙撃されたのかと思い、周りを見渡すが、それらしき人物はいない。それに女性から出血は見受けられない。


その様子を見て木陰君が難しそうな顔で呟く。

「あの女の人、倒れる直前に胸のあたりを押さえていたね。あれは急性心筋梗塞、狭心症、心不全などの突然死を引きおこす疾患の可能性が高いね。早めに応急処置を施さないとあの人死んじゃうね、もし助かったとしても後遺症が残る可能性が高い。」


ビーチは騒然とした雰囲気で、何があったのかと倒れた女性の周りに人がわらわら集まっていく。しかし誰も彼も興味深そうにその様子を見ているだけでアクションを起こそうとする人はいない。中には、何をしたら良いかわからないっといた風に困惑している人も見受けられるが。


「まずいね。自分が失敗した時に責任を取らされると思って行動を起こせないでいる。この場合、応急処置を施して仮にその人が死んでしまったとしても、責任問題にはならないんだけど。うーん・・・そうだ!良いこと思いついた。日向ちゃん、君があの女性に応急処置を施すんだ!」


私はぎょっとしたそぶりで木陰君の方に振り返って、反論する。

「なんでそうなるんですか。私、突然倒れた人間の応急処置の方法なんて知りませんよ。それに今助けに行ったら、私たち注目の的ですよ。絶対スマホで動画撮影している人とかいるし。それに方法を知っているのならば、木陰君がやれば良いじゃないですか。」


「僕がやるんじゃ意味がないんだ。大丈夫、君は僕の指示通りに動けば良い。それにこれは君のためでもあるんだよ。人を1人殺した君が、逆に人を1人助けるんだ!少しずつ過去の罪を清算していこう !さあっ、行くよ!」


そう言って木陰君は私の手を無理やり掴んで倒れた女性の元に引っ張って行った。

どうなっても知りませよ。ええいままよ。


私と木陰君は倒れた女性の周りに集まる人の輪をすり抜け、女性の元に歩み寄った。

周りの人だかりが一瞬ざわつき始める。


木陰君はそんなことはどこ吹く風で、私とその周囲の人だかりにテキパキと指示を飛ばす。

「すみません!この中でケータイを持っている方はいらっしゃいますか!」


はい、私持っていますと1人の女性が手を挙げた。


「あなたは119番に電話して救急車を呼んでください!

そして周りに集まっている皆さんにお願いがあります。AEDを探して、持ってきてください。駅やコンビニなどに設置されていると思いますので!

そして服を脱がすので、女性の人集まって!そして周りを取り囲んでください!」


指名された女性は慌てて電話をかけ始め、周りに集まっていた何人かがAEDを探しに散らばっていった。そして水着を着た何人かの女性が男性陣を押しのけて倒れた女性の周りを取り囲んだ。

木陰君はその様子に満足気に頷き、最後に私の方に振り返って言った。


「さあ、ここからが本番だ!たいようお兄ちゃんまずは女性を仰向けにして、服を一枚脱がせて!」


私は女性の旦那さんと思われる人と協力して、女性を仰向けにし服を一枚脱がせブラジャーだけの状態にした。そして木陰君に次の指示を仰ぐ。


「まずは胸の上下運動を確認して!」


私は額を流れる汗を拭って、倒れた女性の胸元を凝視した。

胸は・・・上下していない。


「胸の上下運動なしです!」


「呼吸停止か。たいようお兄ちゃん、胸骨圧迫と人工呼吸やるよ!まずは両手を重ねて組んで女性の胸の真ん中に置いて!」


私は言われた通りに両手を組んで女性の胸の真ん中に添えた。


「そしたら、肘を真っ直ぐに伸ばして手の付け根のあたりに全体重をかけて、全力で胸を押すんだ!全力でだよ!胸骨は脆い骨だから折れるかもしれないけど、内臓に障害が残る可能性は低いから気にしないで!」


私は言われた通りに全体重を乗せて胸骨圧迫を行う。しかしやり方がまずいのか木陰君から罵声が飛ぶ。


「浅い、遅い!もっと深く、早くだ!そんなんじゃ全然ダメだ!」


木陰君の叱咤激励にマジかよと思いながら私はさらに力を込める。

頬を信じられない量の汗が流れ落ちる。


「1.2.3.4.5………30回!よし!たいようお兄ちゃん、女性の顎を上にあげて、人工呼吸して!」


えっ人工呼吸するんですか。何というか、少し抵抗がありますね。

私が少し抵抗のそぶりを見せていたら、木陰君が鞄から素早く何かを取り出して私に放り投げた。


「マウスピース使って!これを女性の口にかぶせて人工呼吸するんだ!」


私はマウスピースをベアハンドキャッチし、すぐに女性の口にかぶせる。

それにしても何でこんなものまで鞄の中に入っているんでしょうか。


「何でこんなものを持っているかって顔だね。それは僕が君が突然倒れた場合を想定していたからだよ!」


なるほど。それにしてもチンピラの親玉の時の謎の粉もそうでしたけど有能すぎやしませんか。

そんなくだらないことを考えながら私は肺に思い切り空気を吸い込んで、マウスピースに息を吹き込んだ。

女性の胸がわずかに上下する。どうやら上手く息をふきこめたようだ。


「うん、いいね!じゃあまた胸骨圧迫に取り掛かって!」

その言葉を聞き私は再び胸骨圧迫に取り掛かる。





そしてどれくらいの間、胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返していただろうか。

私は全身から玉のような汗が吹き出している。息も荒い。

結局AEDは見つからなかったのか、ここに届くことはなかった。

しかし、奇跡は起こった。


「プハッ!・・・はあはあはあ。・・・あれ?私一体何をしていたのかしら。」


私の必死の努力が功を奏し、女性が目を覚ましたのだ。


気づけば周りをたくさんの人が取り囲んでいて、大歓声が起きる。

お兄さん、お前すげえな!

ゴッドハンドおおおおお!

祭りじゃ祭りじゃああああ!


私は体の緊張が解け、後ろにどさりと倒れこむ。

表現しがたい充実感が私を包む。

殺人犯が人を助けちゃいましたよ、ハハッ。


ちょうどその時、救急車が到着し、救急隊員の人たちが大急ぎで私たちの元に駆け寄ってきた。

その救急隊員の人に木陰君が何かを伝えている。


「急性心筋梗塞の可能性があります。今は息を吹き返しましたが、また血栓が冠動脈に詰まって同じような症状をきたす可能性があります。早く病院に運んで血栓融解剤、血管拡張薬などを投与した方が良いと思います。」


救急隊員の人はその言葉に頷き素早く女性を担架に乗せ救急車に運ぶ。



私は思う。木陰君・・・あなたは一体何者なんですか?

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