第14話 寄り道

朝の8時、燦々とした夏の日差しの中、シャーシャーというクマゼミの鳴き声に見送られながら私たちはお世話になった太田家を出発した。

出発に際して、牡丹さんは私たちにアクエリアス2本、塩分チャージ1袋、さらに今日の昼ごはんに食べなとタッパーに詰めたおにぎりを私たちに持たせてくれた。太田家の皆様には本当にいくら感謝してもしすぎることはない。

私たちに向けて手を振ってくれている太田家の皆さんを名残惜しく思いながら、私たちは再び国道2号線を自転車で進む。




平坦な道を進むこと2時間、次第に道路に隣接する建物の数が増えてきて、私たちは姫路市に入った。ガラス張りの高層ビルや大規模な百貨店など大きな建物が林立している。軽くめまいがしそうだ。

私たちは、姫路市に特に用はないので、世界遺産である荘厳な外見の姫路城を横目に、人目の多い姫路市をさっさと通り抜けた。




そして姫路市を後にして、あまりパッとしない街並みに囲まれた国道2号線を進むこと約1時間、木陰君が唐突に口を開いた。


「そうだ。日向ちゃん、今日は良いところに連れて行ってあげよう。」


頭の中にクエスションマークが浮かぶ。

良いところとは一体どこなのだろうか。逃走に関係のある場所だろうか。


「逃走にちょうど良い隠れ家的な場所ですか。」


私がそう言うと、木陰君はいやいやと首を横に振る。

「これは僕が単に興味がある場所。ちょっとした観光名所さ。」


「仮にも昨日全国ニュースで事件のことが流れ、注目度が高まっている中、観光名所のような人目の多そうな場所は避けた方が良いのではないでしょうか。」


「大丈夫さ。そこはあまり人通りの多くない場所だからね。それに君も一度は生で見てみたくはないかい?天空の城ラピュタをさ。」


天空の城ラピュタ?ジブリ映画の中で、私的最高傑作であると考えているあのラピュタ?

友達のいない私は遊びになんて誘われないので、当然休みの日は部屋にこもりっきりだ。そんな私の唯一の趣味が映画鑑賞だ。そしてその中でも特に天空の城ラピュタが好きだ。もう何度繰り返し見たか数えきれない。今では、音声を消して、自分でアフレコすることが可能だ。

そのラピュタが生で見れるだと!?

私の期待に胸を膨らませた。


そして考え事を終え、目の前の現実に引き戻されると、木陰君の姿が消えていた。

やばい!と思って立ち止まり、周りを見渡すと、右手にある川の土手沿いの道の先で木陰君が手を振っている。

私は慌てて木陰君を追いかけ、丈の長い雑草に覆われた道を進んだ。


土手沿いの道を進むこと数分、右手に大きな山へと繋がる閑静な住宅街に囲まれた1本道が現れ、私たちはその道を真直ぐに進んだ。

だが、もうすぐで山の麓に到着するところで、先行する木陰君が何を思ったのか道に隣接する小さな公園の前で自転車のブレーキをかけて、立ち止まった。


それを不審に思った私は問いかける。

「どうしたんですか。この公園には天空の城ラピュタはありそうにないですよ。それと、散々期待させておいて迷子になったとかほざいたらしばき倒しますよ。」


「日向ちゃん、女の子がそんな乱暴な言葉を使っちゃだめだよ。

言葉には言霊が宿っていてね、日常の出来事に影響を与えるんだよ。だから乱暴な言葉を使っていたら、自然と乱暴な行いをするようになっているかもよ。

それよりもほら、公園のベンチをよく見て。」


そう言って、木陰君が公園のベンチを指さしました。

木陰君の有難い小言を頂き、イラっとした私が頬をひくつかせながら公園のベンチを見ると、グレーのジャージを着た中学生くらいの男の子が2人ベンチに腰掛けているのが見えた。

しかし様子が変だ。

片方の男の子は少し震えながら顔を自分の膝に沈めており、もう片方の男の子は慰めるようにそんな男の子の背中をゆっくりと撫でている。


私が、まあどうせ碌なことじゃないだろうし関わらないでさっさと行きましょうと木陰君に言おうとしたら、それよりも先に正義感の強い木陰君が私の方を向いて、「事情を聞いてみよう。」と言いました。

私は小口さんと太田家の皆さんには散々助けられたことを思い出し、話ぐらいなら聞いてみようと思い直した。


私たちは自転車を公園の入り口に止め、ゆっくりと男の子たちがいるベンチに近づいていき、「どうしたんですか。」と声をかけた。


すると顔を膝に沈めている男の子の背中を撫でていた男の子は、まさか声をかけられると思っていなかったのか、ぎょっとした様子でこちらを振り向いた。

そしてしどろもどろしながら次のように言った。


「ええと、いや、特に何でもないんです。大丈夫ですので。」


木陰君はそう言われるのをわかっていたのか、すぐに言い返した。


「はははっ、何でもないわけがないだろう。隣の相方の子が泣いているじゃないか。心配しなくとも、僕たちは怪しいものじゃない。タイタニック号に乗ったつもりで相談して見なさい。困っていることがあるのならば、なんでも僕たちが協力してあげるから。」


男の子は、でもと言いながら返答に渋っていたが、すぐにその状況は一変する。


突然顔を膝に沈めていた男の子が涙で濡れた顔を起こし、「助けてください。」と呟いたのだ。







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