第7話 自転車の鍵は忘れずに
私と木陰君は木陰邸を出発し、●●駅を目指しています。
夜の11時を回っているので、辺りは暗闇と静寂に包まれています。
私と木陰君は動きやすく体温調節のしやすいジャージを着ています。
私は手ぶらで自転車にまたがり、木陰君はリュックサックを背負い歩いています。
少し罪悪感を感じますけれども、木陰君は男の子だから大丈夫だよね。
あれ?今は私が兄で、木陰君が妹の設定だったような気が・・・どうでもいいか。
「そーいやさー。今は日向ちゃんが兄で僕が妹なんじゃなかったっけ。重いからさぁ、リュック持ってくんない。」
私は都合の悪いことは全て聞き流すという素敵な能力のあるお耳があります。
私は、先ほどの発言を華麗に左から右に聞き流しました。これぞ秘技、馬耳東風。
しばらく駅へと続く幅広の一本道を歩き、●●駅に到着しました。
●●駅の周囲は夜の11時だというのに、顔を真っ赤にした会社帰りのおじさん、仲睦まじい様子のカップル、死んだような目をしたサラリーマンなどの人達がちらほら見受けられます。
私たちはその●●駅の前の道路を挟んだ向かい側にある無料駐輪所の前にいます。
無料駐輪所はたくさんの自転車でごった返しています。
「できるだけ早くこの場を離れたいから2人で探すぞ。はい、これ懐中電灯な。これで照らしながら、鍵のついたままの自転車を探すぞ。見つかったら呼んでくれ。あと、一般人に何をしているんですかと聞かれたら、普通に自転車を探していますって答えたら大丈夫だから。今は夜で暗いし、これだけごった返していたら、自転車を停めた場所を忘れても仕方ないからな。」
私は木陰君から懐中電灯を受け取り、スイッチをオンにし、鍵のついたまま自転車の捜索を始めました。
捜索開始から、15分ほど経過しました。未だに鍵のついたままの自転車は見つかりません。みなさん、意外にもきちんとしているんですね。
不審な目で見てくる人はおらず、むしろ親切にどんな自転車なのですか、一緒に探しましょうかと言ってくれる人がいて、少し罪悪感を感じました。もちろん、丁寧にお断りしたのですが、世の中には損得勘定なしに困った人に手を差し伸べることができる人がいるんだなあと無性に感動しました。
私がそうこうしているうちにどうやら、木陰君が鍵のついたままの自転車を見つけたようです。私に行くぞと声をかけて、自転車を押して無料駐輪所の出口に向かっています。
私は懐中電灯のスイッチをオフにして彼の後を小走りで追いかけました。
「木陰君、私は今、人の優しさを実感し感動しています。困っている人がいたら、さっと助けの手を差し伸べることができる人が世の中いるんですね。」
「そうだな。僕もそれを実感したよ。こんな時間だからみんな一日の疲れをマックスに溜め込んで、とても周りに気を使う気力も残っていないはずだ。それなのに、困っている人がいたら助けることができる人がいるなんてな。僕はちょっとできないかな。世の中捨てたもんじゃないね。」
私は胸に得も言われぬ暖かい感情と罪悪感からくる冷たい感情を抱きながら、夜の街を自転車にまたがり進みます。
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