第5話 趣味でしたか
本当にサイズがぴったりなことに驚きながら、彼から渡された下着、ジャージを着込んで2階にある彼の部屋に戻る。ジャージからはふんわりと甘い匂いがしたので、気持ちが少し落ち着いた。
彼は真剣な眼差しでリュックサックに下着、地図、ナイフなどを詰め込めでいた。必要なものが多いらしく、すでにはち切れんばかりに膨らんでいる。
彼は私の気配に気づくと、先ほどの真面目な顔を豹変させ、おちゃらけた表情に戻った。
「それじゃあ、これからの計画について一緒に考えていこう。まずは僕の思い描いている計画を説明するよ。基本は自転車での逃走を考えているんだ。」
私は顎に手を当てて、考えるポーズをとる。
公共交通機関を使った場合、移動速度は早いが、一旦見つかれば逃げ道がない。監視カメラもあるし、人目も多いので、見つかる可能性が高い。自転車だと移動速度は格段に落ちるが、仮に見つかったとしても、自由度が高いので逃げ切れる可能性が高いように思える。
私がなるほどと頷くと、彼は早いテンポで再び話し始める。
「だが問題が一つある。僕の家には一台しか自転車がない。二人乗りは魅力的だが、わざわざ目立つ行動はしたくない。だからもう一台は盗もうと思う。」
私は不安げに眉を寄せるが、彼はそんな私を勇気づけようとノリノリでサムズアップする。
こうして人は罪を重ねていく。罪深き我らにアーメン。
「●●駅のそばに無料駐輪所があるだろ。あそこから調達しようと思っている。●●駅は毎日多くの社会人が通勤に、学生が通学に使う。そしてその中の多くの人達は無料駐輪所を利用する。無料駐輪所だから当然監視カメラや自転車をつなぎとめておくものがないので、自転車を守るには自転車の鍵をかける以外の手段がない。だが、毎日多くの人が自転車の鍵をかけ忘れる。自転車の調達にはもってこいの場所だな。俺も一年くらい前に、一度鍵をかけ忘れて、どこかの誰かさんに自転車を盗難されたことがあるからな。今度は俺が盗難する側になってやるのさ。」
要するにただの逆恨みである。ジト目で興奮で舞い上がっている彼を見つめる。彼の恨みは深いようで話し続ける。
「あれは一生の不覚だったよ。あいつは6年間、苦楽を共に乗り越えてきた僕の相棒だった。当然盗難届けは出したが、戻ってくることはなかった。クソっ、今思い出してもイライラするぜ。」
確かに愛着のあるものがなくなるのはとても辛い。中学2年生の時に、最愛のお父さんが病気で亡くなったときはとても辛かった。胃の奥の方をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたかのような痛みが走る。わずかに視界がぼやける。
木陰君はそんな私の様子に気づかずに、先ほどよりも落ち着いた声色で旅の目的地について話し始める。
「現代社会から隔離された遠くの限界集落を目指そうと思っている。そこで僕たちは、駆け落ちしてきたんですとかなんとか言って、あばら屋でも借りて暮らそう。」
彼は話し終えると赤子をあやすように私の背中をポンポンと数回叩いた。するとどうしてだろうか、堰を切ったように涙が溢れ出てきた。私は嗚咽交じりの声で応答する。
「どうせならっ、ここから遠く、遠く離れた地に・・・行きたいです。ここから1番遠いところに。」
「よっしゃ。じゃあ目的地は最北の北海道かな。長い旅になりそうだね。ワクワクが止まらないよ。」
彼は弾けるような笑みを浮かべる。その笑顔は、無垢で汚れを知らない少年のよう。彼を見てると、胸がスッと軽くなった。
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私がこれから訪れるであろう長旅に想いを馳せていると、彼は徐に椅子から立ち上がり、スマホを持ってベッドに腰掛けた私に近づいてきた。
そして彼は、私に一枚のスマホの画像を提示しました。
「これは誰でしょうか?」
そう言って彼が見せてくれたスマートフォンには、一人の少女が写っている。
小麦色でサラサラの髪の毛、今にもこぼれ落ちそうな大きな瞳、ちょこんとした小さな鼻、ぷっくりとした血色の良い唇、そしてほのかに赤く染まった頬。
私とは違って、庇護欲を掻き立てられる可愛らしい女の子だ。
「木陰君の彼女?いや、木陰君にこんなに可愛い彼女がいたら、私と逃亡なんてしませんね。有名なモデルの人でしょうか?」
私がそう言うと、彼はうむうむと満足げに頷き、「これ、僕なんだ。」と自慢げに言い放った。
目が点になると言うのはまさに今の私のことだろう。私は口をあんぐり開けたまま、死後硬直のように固まった。
どうやら彼は男の娘だったようだ。
私よりも可愛いなんて世の中不公平だ。硬直から解放された私は、木陰君の両頬を左右にムチムチと引っ張った。
「ははっ、そこまで素直に驚いてくれるのはとても嬉しいな。なにせこれは至高の一枚だからね。どうだい、君より可愛いだろう。」
そして遅れながら、理解した。彼が女の子用の下着を所持していた理由を。女性用の下着を趣味で集めているのではなく、女装の道具として所持していたのだ!
見えないところまで気を配ることから彼の本気度が窺える。
「さて、ここには変装のプロがいる。この技術を用いて、君を大変身させてあげるよ。君が道端を歩いていたとしても、誰も君だとは気づかないようにね。さあ、イッツショウタイムだ。」
私たちの逃亡成功率が一気に上昇したかもしれない。指紋を取られたり、DNA検査をしなければ彼の変装はおそらく見破られない。
ふふっ、彼の手で私は一体どんな美少女に生まれ変わってしまうのでしょうか。
私は急かす様に木陰君の背中をバシバシ叩いた。
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