11にゃす「任務完了」

 インターフォンから声は聞こえなかった。

 その代わりカシャンと鍵を開ける音がし、木製の玄関扉が開くと共に母の顔が見えた。


「あらわこ、おかえり」

 と声をかけてくれたが、さっと目線が下方に延びた。


「あらー、あらあら、にゃすちゃんじゃない」


声色が少し上がった母の声だった。


「おとどけものにゃす」

「ハンコ、にゃす」


 キョロリとわたしの顔を見つめていたにゃすはハンコには積極的で、精一杯両手を伸ばし台帳を差し出す。

 母も満面の笑顔で「はいはい」とネーム印を取りにいった。わたしは扉が閉まらないように、手をそっと添えてにゃすと一緒に待つことにした。


「ハンコもらえるにゃすなー」

「ハンコ、うれしいにゃー」

「まえも、もらったことあるにゃす」

「すごいにゃ、えらいにゃす」


 待ち時間の間、にゃすたちはハンコでテンションが上がってる。にゃすたちの会話のような独り言のような呟きは本当に可愛い。しゃがんで話しかけたら止まってしまうかもしれないので、動かずに愛でる。

 それにしても、ハンコを集めるとどうなるのだろうか。運営局のThe 揚げ屋襟井も謎だらけだけども。


 ネーム印を手に戻ってきた母が、玄関のサンダルを履き直してからしゃがんだ。


「にゃすちゃんたちありがとうねー。それにしても一体誰からなのかしらー」

「わこ、にゃす」

「あら、わこから?」


 と目線をわたしの方に上げたが


「ハンコおにゃす!」


 と、にゃすにハンコを急かされ、それぞれの台帳に丁寧に印を押した。

 むふふ、と一瞬二匹で顔を見合わせると


「にゃすにゃすにゃー」


 と元気よく鳴き、四足で駆け出すと異なる方向に散って行った。

 母の顔には半分はてなが浮かんでいるが、にゃすたちに笑顔で手を振った。


 疑問はもっともだ。実家に帰って来た娘が手土産ではなく、にゃすにゃすQ便と共に、お届け物を携えて帰って来たのだから。

 どっと気恥ずかしくなり、少し早口で事情を説明しながら家に上がる。靴を揃え、短い廊下を進む速度も自然と早くなった。

 一連の話を終えると気持ちを紛らわせるように、先ほど思い出した丘の話を振った。

 意外なことに母同士の交流が今でもあるようで、思ったより話が弾んだ。久しぶりにこんな雑談で盛り上がったかもしれない。


 その後父の帰りをわざわざ待ち、お届け物の開封の儀が母によってとり行われた。いつもより父とも話した気がする。


 にゃすに頼む時の教訓が、もう一つ加わった。

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