第5話

 なぎの姉のなみはすでに嫁いでいます。なみとなぎの間にも何人か兄弟がいたのですが、残念ながら七つまでは育ちませんでした。

 なみは離れた土地に嫁いだので、なぎは滅多に姉に会えません。それでも折々届く便りをとても楽しみにしていました。

 ある時届いた便りにはなみが身籠ったという事が書かれていました。

 「なぎはきっとこの子の良いお姉さんになってね。」

 そう締めくくられた手紙を読んで、なぎは嬉しくてたまりません。しかも両親はなみの子が生まれたら一度会いに行こうと言ってくれました。姉の生んだ赤ん坊はきっととてもかわいいことでしょう。

 なぎは色々想像しながら赤ん坊の絵を描きました。

 一番気に入った絵を描いた板切れを懐にしまって、なぎは時々アマビエに会える岩場に向かいました。会えるかどうかはわかりませんが、会えたら見せたいと思ったのです。

 今日のなぎはついていたようで、アマビエが座っている後ろ姿を見つけることができました。

 「アマビエ。」

 そばに他に誰もいない事を確かめて、そっとアマビエにささやきます。

 「なぎ。久しぶり。」

 振り返ったアマビエは、笑ってなぎの名を呼びました。

 アマビエを見るたびに不思議な生き物だとなぎは思います。

 アマビエの顔は異国風の女の子です。

 波打つ長い長い髪は、淡い色をしています。ぽってりとした唇と大きな目は、なぎとはまるでちがいました

 首から下を覆う鱗があわく陽の光を弾き、三本にわかれた尾の先までもキラキラと彩っています。アマビエの鱗は夜光貝のような虹色ですが夜光貝よりもずっと軽やかで、なぎには海を飛ぶ鳥がもしもいたならば、こんな色の羽なのではないかと思えるのでした。

 アマビエは本当にとても不思議で、とてもきれいな生き物です。そして何より素晴らしいのは、この不思議できれいなアマビエが、なぎの友達なのだということでした。

 なぎは懐から赤ん坊の絵を取り出し、アマビエに差し出しました。

 「お姉ちゃんに赤ん坊が生まれるの。生まれたら会いに行くの。」

 アマビエはなぎの絵を見つめました。

 それはまさに子供の絵です。生きているようでも、おそろしく美しいわけでもない、単に板切れに描いた線だけの絵です。きっと他の人がみたなら「子供の落書き」だと言うでしょう。実際にそれはそういう子供も絵なのです。

 けれどアマビエにはその絵になぎの「嬉しい」がいっぱいにつまっている事がわかりました。まだ生まれてもいない、当然見たこともない赤ん坊はニコニコと笑っています。

 「どうかなみの子が元気に生まれますように。」

 アマビエがそう祈るととても効き目がありそうで、なぎは嬉しくなりました。

 ところで二人は、赤ん坊の話と絵に気を取られているうちに、見られていた事に気づきませんでした。

 みていたのはホシウラです。

 ホシウラは驚きました。

 アマビエが人に興味をもつのでさえも危ういと憂いていたのに、あろう事か人の子と楽しげに話しているのです。それはホシウラにとってあまりに許しがたい光景でした。

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