第4話

 さてアマビエより少し年上の人魚にホシウラという者がおりました。ホシウラは優美な二本の尾をもつ美しい人魚です。もしもアマビエがいなければ、彼女たちの世代で最も強い力を持つのは、ホシウラだったことでしょう。

 ホシウラは人魚の海の狭さを嘆き、人魚に海を取り戻すために自分の命を用いたいと心より願っていました。

 ただ残念な事にホシウラの尾は二本です。

 二本の尾の人魚に叶えられる程度の望みでは海を取り戻す事はできない事は、今までに幾人もの二本の尾の人魚が命をかけて確かめています。

 もしも、三本の尾の人魚が現にいるのでなければ、ホシウラは少しでも海を取り戻す事に役立つような自分に叶えられる望みを探したことでしょう。

 けれど今は人魚の至宝である三本の尾のアマビエがいます。いずれアマビエが望みを叶えてくれるのに、ホシウラが命をかけて小さな望みを叶える事にどんな意味があるでしょう。

 ですからホシウラはいつでもアマビエには殊更に親切でした。

 二本の尾の自分には叶えられない望みを叶えてくれるアマビエを、おろそかには扱えません。ホシウラは同世代の人魚たちと一緒に、たいていはアマビエに付き添いました。

 三本の尾のアマビエは動く事が得意ではありません。ですから海中でも海上でも、静かに座っているアマビエの側で、付き添いの人魚たちは歌ったり遊んだりしています。遊ぶうちにアマビエから離れてしまうこともありますが、ホシウラはできるだけ視界の片隅にいつもアマビエの姿を置いていました。

 アマビエはいつも楽しそうに遊ぶ仲間を見ております。しかしホシウラはアマビエが海中よりも海上でより楽しそうである事に気が付きました。よくよく気をつけておりますと、ある岩場に座っている時のアマビエはとても楽しそうに笑っている事が多いのです。

 (なぜ、アマビエはあの岩場が好きなのかしら。)

 ホシウラにとってそれはとても不思議なことでした。

 近くに浜があるという以外には特徴もない岩場です。

 人の住む場所に近いので、人に関わる便りはよく聞こえてきます。もしかしたらそれがアマビエには面白いのかもしれませんが、そうだとするとホシウラはちょっと面白くない心地がしました。

 人は人魚から海を奪った者共です。

 アマビエが人に関わる便りを心にとめ、人に親しみなど抱いていたら、やがて叶える願いが鈍ってしまうかもしれません。

 そうは言ってもその岩場は人魚たちのお気に入りの場所でした。近い海の流れが面白く遊び場に適していましたし、そこで遊ぶ人魚をアマビエが眺めるのにもっともお誂え向きだったのです。

 ホシウラは海流遊びを少し我慢して、アマビエと岩場に座る時間を増やしました。遊びの間も時々アマビエの方を伺うようにもなりました。

 岩場で聞こえてくるのはやはり人の便りです。

 どこかの実りの良し悪し。

 どこかの船の話。

 それから遠い戦やはやり病の話も聞こえます。

 人魚にとって珍しくはありますが、せいぜい暇つぶし程度の代物です。

 やはりアマビエは座って皆を眺めるだけなのが、少々退屈なのかもしれません。

 ホシウラはアマビエも一緒にできる遊びを考えますが、泳ぐのが極端に苦手なアマビエと一緒では、遊ぶのも難しいのでした。


  

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