第3話

 アマビエとなぎはそれから時々話すようになりました。

 アマビエはなぎが絵を描くのが好きであるのを知りましたし、なぎになみという姉がいるのを知りました。なぎの言葉を通して、人に対する理解も幾分深める事ができたのです。

 アマビエがそうと知って驚いたのは、人には人魚のような力も、風や波にのる便りを聞き取るすべさえもないのだと言うことでした。

 人はただ働き、日々を暮らし、その日々を少しでも楽にするために皆で知恵を絞って、生きているのだというのです。人にとって望みや願いを叶える術は、ただ小さな努力を連綿と続ける以外にはないのだと、アマビエはなぎの言葉から初めて知りました。

 人が命と引き換えてもそれだけで叶う望みはないのです。

 誰もがいつか最期に叶える望みを夢想し、二本の尾や三本の尾の仲間が叶えてくれるはずの未来に希望をつなぐ人魚とは、在り方そのものが違いました。

 最期に一つの願いを叶えられる人魚の力は素晴らしいものです。そうでなければその力の強さ故に至宝として大切にされているアマビエは、どうしたらいいのでしょう。

 人魚から見れば「無能」とも思える人の、日々を重ねる在り方は、アマビエには奇妙にも迂遠にも思えました。

 こうした事をアマビエは短い時間に考えたわけではありませんでした。

 たいていは水底に暮らすアマビエと、いつでも浜にいるわけでないなぎが言葉を交わせるのは、月が隠れ、現れてから次に隠れるまでの間にせいぜい一回、二回。しかも長い時間ではありません。

 ですからアマビエにはなぎの話について考える時間がたっぷりとありましたし、アマビエの理解がそこまで進むのに、幾度も季節が変わりました。

 そうしているうちに岩場の隙間をかいくぐるには大きくなったなぎは、工夫して足場を作り、通路を作り上げましたし、アマビエの方は仲間の人魚の目につかずになぎと話せるお気に入りの場所を見つけました。

 なぎはこの風変わりな友人の事が好きでしたので、誰にも、他の人にも人魚にも自分たちの事を知られないように気をつけました。そして幸いにも二人の秘密は人にも人魚にも長く知られる事はありませんでした。

 「アマビエの髪ってすごく長いよね。」

 アマビエの波打つ長い長い髪は、三本の尻尾の先まで届くほどに長いのです。けれどもそれは他の人魚にしても同様で、老若男女関係なく、人魚の髪はそのように長いものなのでした。

 「なぎの髪は短かすぎるわ。」

 これにはなぎが異議を唱えました。なぎの髪は腰近くまであります。村の子供の中ではむしろ長い方なのです。

 「そんなことないよ。アマビエほど長い髪だと絡まってこけてしまいそうだもん。こっちではだれもそんなに長い髪にはしてないよ。」

 長い長い髪を引きずって地上を歩くところを想像したアマビエは、なぎの言葉に同意しました。確かにとても歩き難そうです。

 二人の話はこんな風に、噛み合ったり、噛み合わなかったりしました。二人はお互いが違う事を知るたびに、その事をちょっと面白がっていたのでした。

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