第2話
そんなアマビエが人と関わりあうようになったのは全くの偶然です。
人魚たちは決して水中だけで暮らす生き物ではありません。彼らは風に触れる事を好みますし、波間に浮かびたゆたう事を楽しみます。人魚の耳は風や波にのる便りを受け取る事ができるので、そうやって遠くから響いてくる噂話をいくつもいくつも拾います。時には岩場に腰掛けて歌う事さえありました。
その日、アマビエは不器用に三本の尾を操って水面に向かい、小さな浜に面した岩場の影にぺたりと座り込んでいました。
なんといってもアマビエは人魚たちの至宝ですし、まだ娘と呼ぶにも幼いので一人で水面に向かう事はありません。その日も年上の友達の人魚が何人かいたのですが、彼女たちは水面をくぐって遊ぶうちにアマビエから離れてしまっていたのでした。
「だれ?」
平たい岩に腰掛けて波に三本の尾を遊ばせているアマビエの耳に、幼い声が届きました。振り返るとアマビエよりも幼い女の子が浜の方から覗き込んでいるのが見えます。浜とアマビエの間には積み重なったような岩場があったはずなのですが、小さな体の女の子はその隙間をかいくぐってしまったのでした。
「だれ?」
アマビエが返します。
「なぎ。わたしはなぎっていうの。」
女の子は岩ごしに答えました。
「私はアマビエ。」
アマビエも答えました。
「アマビエ? へんななまえ。」
アマビエはむっとします。
「なぎも変な名前。」
アマビエとなぎはお互いにむくれて睨み合いました。
遠くでカモメの鳴き声がします。
空には適当に雲がかかって、日差しは明るいけれどきつ過ぎはしません。とてもうららかな日和です。
やがて遠くからアマビエの友人たちの笑い声が聞こえました。どうやら戻ってきたようです。
アマビエとなぎはお互いに目を見交わして、すぐにこれは内緒にしておくことなのだとわかりました。アマビエが人と口をきいたとわかれば、友人達は大騒ぎになるでしょう。もしかしたらアマビエごと友人たちも大人に叱られるかもしれません。なぎはなぎで岩場の隙間をかいくぐったなんてバレれば、危ない事をするなと大目玉をくらうに決まっていました。
アマビエとなぎは微笑みあい、それからなぎはぴょこんと岩場の隙間に引っ込みました。
しばらくするとアマビエの尾のそばの海面に、次々と友人たちが現れたのでした。
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