アマビエ絵本
真夜中 緒
第1話
アマビエは三本の尾を持っています。
人魚というものは尾が多いほど力が強いものですが、二本の尾を持つ人魚でも滅多にはいません。たいていの人魚の尾は一本で、人間に似た上半身からなだらかに続いています。当然尾の使い方は魚に近く、水中をすり抜けるように泳ぐのです。
二本の尾の人魚はかなり人に近い動き方をします。人間の足と同じように尾を動かすことができるので短い時間なら地上を歩く事すら不可能ではありません。泳ぎ方も人に近く、二本の尾を交互に揺らすさまはとても優美なものです。
アマビエはどちらでもありません。
三本の尾は魚とも人とも違って、ぶきっちょに泳ぐことしかできませんし、動き方はあえて言えばクラゲと似ています。ただクラゲのような軽やかさはなくて、よろよろと喘ぎながら水中を漂うのがせいぜいなのですが。もちろん地上を人のように歩くなどできるはずもありません。
それでも人魚の仲間たちはアマビエをとても大切にしてくれました。
人魚というものはそもそも仲間が少ない上に、アマビエは滅多に生まれない三本の尾の人魚です。人魚の力という意味では類稀な存在がアマビエなのでした。
ところで、人魚の力というのはなんなのでしょう。
泳ぐ力ではありません。それならアマビエはたいていの人魚に劣ります。また、美しさや優雅さでもありません。アマビエのぎこちない動き方は美しくも優雅でもないのです。
人魚の力と呼ばれるのは、ある種の魔力のようなものでした。ですが、童話の魔法使いの持つような便利なものではないのです。
人魚の命は引き換えに、一つ望みを叶えます。
尾が一本の人魚なら叶えられる願いはせいぜい個人の命程度に限られます。このせいで人魚の肉を食えば不老不死になれるなどという言説がながれたのです。
尾が二本なら内容にもよりますが、叶えられる願いは地域や国に関わる程までに広がります。
そして滅多に現れない三本の尾の命なら、おそらくは世界を救えるほどの願いを叶える事ができるだろうと言われていました。
人魚たちは数を減らしています。
海にまで人の支配が伸びてきているせいで、暮らせる場所がひどく減ったのです。
今までに幾人かの二本の尾の人魚が自分の命と引き換えに状況の打開を望みましたが、二本の尾の命では、せいぜい狭い隔絶した場所を得られただけで、人魚が自由に泳げる海は相変わらず狭いのでした。
アマビエが生まれた時、人魚たちが歓喜したのは間違いありません。
三本の尾のアマビエなら、海を人から取り戻してくれるのではないか。
アマビエはとても大切に育てられました。
誰もがアマビエを愛しています。
そしてアマビエがその命と引き換えに、人魚たちの海を取り戻してくれるだろうと信じて疑っていません。
アマビエはそんなふうに人魚たちの至宝として育ったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます