第38話「過去と未来の葛藤、そしてゲームを愛する者たち」

 有志連合がチートMODを使う『銀色の歯車騎士団』に敗北していく中、レッドはついにケイ卿と肉薄した。


 今はケイ卿の剣とレッドの剣でしのぎを削り合っている最中だ。


「アンタの秘蔵のチートMOD、あれは欠陥品だ。何の役にも立たないぞ」


 レッドはケイ卿の剣を自分の剣で抑えつつ、軽い挑発を加えた。


 一方のケイ卿は、そんなことなど見透かしていたかのように、平然と剣を支えていた。


「大方、反撃できないという弱点を上手く見抜いたのだろうな。その程度、この私が予見できないとは思わぬことだな」


「――だったら」


「だから、何だ? この戦いを止めろというのか? チートMODなんぞに求めるのはあくまでもゲーム環境の変化。自分がより強くなるなどという夢想(むそう)は求めてはいない。必要だったのは多くのプレイヤーのプレイスキルの上昇、それだけなのだよ」


 ケイ卿の言うように、自動防御(オートディフェンス)というチートMODにはレッドも苦戦した。アンジーに勧められて買った魔導道具がなければ、おそらく長時間の戦いを強いられていただろう。


「チートMODによるプレイヤーの力の底上げ。それさえできれば、ゲームの環境は大きく変わり、運営も使用を認めざる得なくなるだろう。かつてのチートMOD、任意のステータス表示と同じようにな」


 ケイ卿の目的は、いかにして運営にチートMODを認めさせるかに集約されている。だから2000人という大勢のプレイヤーに使用させ、更なる利用者を増やそうと画策しているのだ。


「だが私にこのチートMODは不要だな。喜べ、パーシヴァル。チートMODなしで、キサマと相対(あいたい)してやろう。では、いくぞ!」


 ケイ卿は剣に力を込めてレッドを押し出す。レッドはその力に逆らわず、自然に距離を取った。


 距離が空いたのを確認して、2人共に左腕の魔導腕を相手に差し向けた。


 ――グオンッ。


 空間を歪ませるような、空気が膨張するような音が鳴った瞬間、ケイ卿とレッドの周りにいたプレイヤーは外へと跳ね飛ばされた。


 これは互いに魔素操作を行った反動のようなものだ。現在、2人は同じS極とS極のように拮抗(きっこう)した力関係を維持していた。


 やはり、魔素操作ではどちらも同じ。勝負を決めるには他の方法が必要だ。


 ケイ卿とレッド、共に蒸気拳銃を抜いたのはその時だった。


「この状況で避けられるかな!」


 ケイ卿は黒い蒸気銃の銃口をレッドに向け、撃つ。


 レッドは咄嗟に、ケイ卿の銃弾に対して魔素操作を行い、軌道を逸らそうとした。


 しかし、銃弾の軌道は変わらない。


「アンチマジックウェポンか!?」


 レッドは身体を捻るも、銃弾は避けられない。魔素操作を受け付けないケイ卿の銃弾がレッドの肩を抉(えぐ)った。


 ケイ卿は剣も蒸気銃も、最大級のレア度であるランク6のアンチマジックウェポンを使用しているようだ。


「たかが魔素のない剣と銃がここまで脅威になるとはな。下準備は大切にするものだな。パーシヴァル」


「ああ、それくらいの考え。俺も思い至ったよ」


「なっ!? ぐっ!?」


 ケイ卿は腹部の痛みに驚く、そこには脇腹を貫いた銃痕が残っていた。これはレッドの放った弾丸によるものだった。


「お揃いだな」


 レッドはケイ卿に見えるように、自分の蒸気銃を掲げる。それはケイ卿と同じランク6のアンチマジックウェポンであった。


「銃だけじゃないぞ。剣もだ。つくづく似た者同士だな。俺たちは」


「い、いつのまに。いつものローエンとグリンはどうした!?」


「借金のカタに取られちまってな。あいにく古くからの友人の餞別(せんべつ)で賄(まかな)っているところだよ」


 そう、これはアンジーから受け取った武器のセットだ。何時手に入れたか、どこで手に入れたかは知らないけれども、これがアンジーにできるせめてもの償(つぐな)いだったのだろう。


 些細(ささい)な裏切り、ちょっとした決断がこうして鏡合わせのような構図を作るなんて何とも皮肉なものだった。


「……これ以上の小細工は無しといこう」


「おう、俺も同じ意見だ」


 ケイ卿とレッドは防御も回避もせず、真正面で撃ち合い始めた。


 そもそも防御の隙があれば撃ち負け、回避しようにも両者の魔素操作の余力がない。どちらも逃げず避けずの一騎打ちでしかダメージは与えられないのだ。


「消えろ! 円卓の面汚しが!!」


「嫌だね! ゲームの垢野郎!!」


 2人は肩、腹、足に被弾して体力を大幅に削る。ついには銃弾を撃ち切り、僅かな静寂が生まれた。


「……」


「……!」


 2人共、蒸気銃を再装填しない。そのまま近づくと、どちらも黒い刀身を抜き、斬撃を繰り出したのだ。


 ――ガキンッ。


 再びレッドとケイ卿は刃を触れ合わせ、また鍔(つば)迫り合いが始まった。


「まったく。何もかも同じなのはやりにくいな」


「いいや違うな。この勝負、この戦いは我々の勝利である。見ろ、周りを」


 レッドはケイ卿に言われて、おそるおそる視線を外す。


 ケイ卿が言いたいのは、有志連合と『銀色の歯車騎士団』との総力戦だった。


 有志連合は数こそ負けていても決死の勢いと個人の質があった。けれども、それは数とチートMODというプレイスキルの向上により、『銀色の歯車騎士団』が優位に立っていた。


「この戦いは実況や動画によってネットを駆け巡り、さらに多くのプレイヤーがチート使用者に変わる。10年前の再来によりゲームは変革し、新たなるゲームの王者が誕生する!」


 ケイ卿はレッドが動揺する間に剣を振り払い、斬りかかる。レッドは視線を外していたのも相まって、ケイ卿の斬撃を避けられずにダメージを負った。


「その王者こそ、『黄金の歯車騎士団』を継ぐ『銀色の歯車騎士団』なのだよ。既に勝敗は決した! 何故そこまであがくのだ!!」


「……俺は自分のために、少しでも可能性のある方に賭けたんだ」


 レッドはただただ、来るべきものを待っていたのだ。


 その小さな可能性はこの場に来れない別の有志たちがもたらすもので、レッドは耐えるしかなかった。


 そんな時、レッドの画面にメールを受信したという報告が上がる。


 それはもうひとつの待ち人からのメールだった。


「ガラハッド……」


 今まで一度もメールを返信しなかったガラハッドの手紙には、こう書かれていた。


『間に合った』


 レッドはガラハッドのメールの意味を瞬時に理解した。


「俺が賭けたのはこのゲームのプレイヤーたちだけじゃない! この場に来れなかった全ての者たちの力だ!!」


 レッドは渾身(こんしん)を込めて、ポーチから魔導道具を取り出す。それは単発の大口径の銃だ。


「そんなもの、魔素操作で弾き飛ばしてくれる!」


「その必要はないな!」


 レッドは魔導道具の銃を、空に向けて放った。


 レッドが使ったのは攻撃用の道具ではない、イベントや余興用のアイテムだ。


 放たれた眩(まばゆ)い光弾は空に撃ちあがり、弾ける。すると、空に様々な映像を映し出した。それはあたかも、指令室の映像スクリーンのようなものだった。


 映像はこのゲームの戦場ではない。1つはある掲示板(けいじばん)のものだ。


 そこではチートMODに対応した修正パッチを各々に分かれて作り上げるMOD職人のたちの奮闘が映っていた。


 他の映像には、チートMODへの不参加を表明するネットアイドルや有名人の姿だ。そして他の映像は戦いに敗れてリスポン地点に飛ばされたプレイヤーたちがチートMODの詳細を運営に報告する姿もあった。


「ネット掲示板に情報を流しただけじゃない。アンジー先生には、チートMODに対応できるありとあらゆる人脈を使ってもらった……」


 そのアンジーは今、ここにいない。それでもレッドたちの勝利を願ってくれているはずだ。


「だからどうしたというのだ。その程度でこの戦況は――」


 ケイ卿が高らかに勝利を叫ぼうとした時、天上からアナウンスが下りてきた。


「全プレイヤーに報告します。報告に上がりましたチートMODについてですが、調査と検証が完了し、有志職人たちの力によりチートMODの修正パッチが完成しました」


「なっ――」


 これはケイ卿にとって大誤算だっただろう。普通なら早くても修整パッチができるのは2日か3日と想定していたはずだ。それがこの2時間足らずで、完成してしまったのだ。


「な、何故なのだ!」


 ケイ卿は答えを求め、レッドを睨みつけた。


「事前にMOD職人が待機して、全力を挙げても2日くらいはかかる。だが、他のゲームのMOD職人を集めれば話は違う」


「ば、馬鹿な。そんな人数集められるわけがない! でたらめだ!!」


「……俺もアンジー先生がそこまで人気だとは思わなかったよ」


 実際、アンジーの人気が今の状況を作りだしたのではなく、アンジーを慕(した)うネットアイドルや有名人たちが活躍してくれたのだろう。


 彼、彼女らが不参加呼びかけた結果、MOD職人たちの心さえ動かしてくれたのだ。


 天上から降るアナウンスは言葉を続けた。


「これより、チートMOD修正パッチの強制インストールを開始します。プレイの一時的な遅延を生じる可能性がありますが、ご容赦ください」


 運営からのアナウンスが終了すると共に、戦場に変化が起きた。


 『銀色の歯車騎士団』側のプレイヤーにノイズのようなモザイクが一瞬かかったかと思えば、先ほどまでの華麗(かれい)なプレイングが一転し、徐々に押され始めているのだ。


「修正パッチが導入されれば、こちらのものだ。そして――」


 レッドが振り向くと、戦場の外側から雄たけびが上がった。それは大手騎士団の援軍だ。


 その先頭に立つのは『白獅子騎士団』の騎士団長エルト・アーバン、隣にはヴァンの姿も見えた。


「勝ち確定が決まってからの参上とは恐れ入るな」


 これで勝敗は決した。


 新たに現れた大手騎士団たちは横殴りに戦場へ突入し、混乱している『銀色の歯車騎士団』のプレイヤーを次々と殴殺(おうさつ)していく。


 チートMODと数の有利が消えた『銀色の歯車騎士団』のプレイヤーは心の拠り所を失くして、潰走を始める。そうなれば、止める術はケイ卿にもない。


 あとは追撃戦を残すのみだ。


「ケイ卿、降伏しろ。これ以上戦ったところで何も得る物はないぞ」


「……いいや、戦う理由はいつも目の前にあるではないか」


 ケイ卿はそれでも、戦意を失くしていなかった。


「パーシヴァル。キサマには、この無惨(むざん)な敗北の責を負ってもらおう。私の無念、そして円卓騎士団の無念、受けてもらおう!」


 ケイ卿はそう言うと、剣を構えてレッドに突入する。


 レッドはケイ卿を避けずに、剣戟(けんげき)で受け止めた。


「ケイ卿!」


「パーシヴァル!」


 2人は互いの名前を呼びながら、防御もせずに斬り合う。剣は交錯し、どちらの身体も傷つき合う。


 2人の間にはただ過去への情念のみが身体を突き動かしていた。


 レッドはそんな中、天上に映し出された映像につい視線が動く。そこにはまもなくイベントゴールを迎えるエリンの姿が大写しになっていたのだ。


「エリン……」


 レッドは映像に目を奪われ、一歩後ずさる。そこへケイ卿が剣を空振りした。


 空振りによって前のめりになったケイ卿の身体は、レッドの攻撃が当たる絶好の場所で動きを止めた。


「――!」


 レッドはほぼ反射的に、ケイ卿へ攻撃を繰り出す。それが会心の一撃となった。


 ケイ卿はそのまま前のめりになって地に伏した。


「……ふふふっ。逃げたな、パーシヴァル」


 ケイ卿はうつむいたままレッドに話しかけた。


「うるせえな。ちょっと、目にゴミが入っただけだよ」


 レッドは恥ずかしさをごまかすように、そう返した。


「さあて、どうだろうな」


 レッドは動かないケイ卿を確認してから、自分も横に座った。


「満足したか。ケイ卿」


「いいや、満足などするものか。何一つ、過去の栄光を取り戻せなかったと言うのにな」


「……過去は戻ってこないよ。幾ら恋焦がれたところで、きっと何かが違ったはずだ」


「……だろうな。チートMODによりゲームの環境が変化したところで、あの時とは違う。それは私にも分かっていたことだよ」


「だったらどうして」


「私はかつての過去の渇望(かつぼう)と高揚(こうよう)。それを取り戻したかったのだよ」


 ケイ卿は心の内を吐露(とろ)した。


「いくら他のゲームをしたところで、あの頃の、『黄金の歯車騎士団』に参入していた頃の喜びは味わえなかった。新しいゲームで心を埋めようとしても、心の伽藍洞(がらんどう)を満たすことは叶わなかった。私には、あの時代がどうしても必要だったのだ」


「……俺も同じだよ。この10年、『黄金の歯車騎士団』を忘れられずに過ごしてきた。でもアンタと違ったのは、新しい出会いがあったことだよ」


「ふふふっ。それがキサマの弟子か。結局、面と向かって話すことはなかったが、実は楽しみにしていたのだがな」


「はははっ、それは満足ならないだろうな」


 ケイ卿はレッドと共に笑った後、倒れ伏したまま、レッドの顔を見た。


「満足か。満足などするものか。だが、最後に」


 ケイ卿は遠い過去を視るような目で、話していた。


「胸のすくような全力での戦いができた。感謝する。レッド」


 ケイ卿はそう言うと、脈絡(みゃくらく)もなくログアウトしてしまった。おそらく運営からの強制ログアウトだろう。


 レッドは確かめるようにプレイヤー検索をしたが、もうケイ卿のプレイヤー名はそこになかった。


「俺こそアンタと戦うことができて感謝しているよ、ケイ卿。俺も過去に囚われていたんだ。でも、これで――」


 レッドはイベントのクライマックスを迎えているエリンを映像越しに見ながら、かつての友について想いを巡らすのであった。

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