第37話「明日のために」
アンジーはもういない、エリンは別の任務で離れてしまった。ここにいるのはレッド独りだ。
レッドはそんなことを考えながら、期間限定レイドイベント最後のクエストの始まりを待っていた。
だが、正確には独りとは違う。
「待たせたようだね。こちらはできうる限りの人数を集めたよ」
レッドにそう声を掛けたのは、紅い頭巾の少女、ケリー・スィフトだった。
「ケリー……、何人くらい集まったんだ?」
「ざっと800人ほどだね。それでもまだ人数が足りない。何せ相手は少なく見積もっても2000人、そちらの首尾はどうだい?」
「正確な人数は分からん。しかし大手の騎士団には声を掛けられた。後は、彼らが来るかどうかだ」
今のところヴァンたち『白獅子騎士団』メンバーの姿は見えない。このままではこちらは1000人以下、向こうの半分の人数で相手をしなければならない。
そして、もうすぐ時間だ。
「準備は良いね。もう後戻りはできないよ」
「もとより戻る場所なんてない。ここが俺たちの居場所だ」
レッドは武器を構える。それは刀身が黒く光る片手剣と、腰には同じ色の蒸気銃を携えている。
その時、天上からアナウンスが聞こえてきた。
「まもなくラストクエストが始まります。5…4…3…」
始まる。始まってしまう。このオーダーニューロマンスの命運をかけた最後の戦いが今。
「2…1…0、スタートです」
開始された。
城門近くの先頭集団は雪崩打って進み、城門前の衛兵オートマンを押しつぶす。そのまま、長い縦列(じゅうれつ)が城の中へと滑り込んでいった。
一方、城の前に残されている集団が2つ。それはレッドたち有志連合と、ケイ卿の本隊だった。
レッドとケリーを先頭にした有志連合と向き合った軍勢から、ケイ卿が顔を出した。
「パーシヴァル! よくもまあ、ここまで人数を集めたものだ。この華々しい始まりに彩(いろどり)を与えてくれるとは、気の利いたものだな」
ケイ卿はレッドを指さし、吠えた。
「ケイ卿! アンタが思う以上に、このゲームを愛してやまない者たちがいる。それだけだ。今ならまだ引き返せるぞ。止める意思はないのか?」
「聞くまでもない! 私の意思は固いのだ。ここで因縁を断とう。パーシヴァルよ」
ケイ卿はきっぱりレッドの頼みを断ると、号令した。
「皆の者、チートMODの使用を許可する!」
ケイ卿の合図により、周りの軍勢がバーチャル上の端末を操作する。どうやらこの愚行は止められないようだ。
ケイ卿の周りの人間はパッと見、普段の姿だ。ただし気のせいか、いつもより興奮した様子を見せている。それがチートMODの影響なのか、悪行を成す上での興奮なのか定かではなかった。
「有志連合諸君!」
レッドは決戦を前に、味方を鼓舞した。
「俺のことは『居残り組』としてしか知らないだろう。だがこれだけは信じて欲しい。俺は無為に時を過ごしていただけじゃない。いつもこのゲームを皆が楽しむために、MOD職人として小さな貢献を積み重ねてきたつもりだ」
ただ重要なのはMOD職人である事実ではない。もっとシンプルなものだ。
「俺はまだこの『オーダーニューロマンス』を支えたい、プレイしたい。例え『居残り組』と蔑(さげす)まれようが構わない。プレイし続ける。それだけのために全身全霊をここに捧げる。皆もそうだろう」
レッドの問いに、多くの味方が声を上げて賛同する。
「ああ、当然だ。そのために来たんだ!」
「アンタに言われるまでもねえ。俺たちのゲーム、俺たちのもう1つのリアルだ。ここで奪われてたまるかよ!」
皆の意見は色々だ。それでも目指すものはただの1つだ。
「俺たちの明日を取り戻す! 全員、突撃体制!」
レッドの掛け声とともに、全員が前のめりに並んだ。
それに合わせたように、ケイ卿も命じた。
「全員、突撃!」
「突撃っ!」
2つの軍勢が砂ぼこりと雄たけびを上げながら、互いに向かって突進する。
その距離は瞬(またた)く間に詰められ、2つの人の波がぶつかり合った。
衝撃、鎧のへしゃげる音、肉の潰れる音、剣戟(けんげき)。
それらがどろどろに混ざり合い、混沌(こんとん)の中で泥沼の白兵戦が開始された。
「ケイ卿! どこだ!」
レッドは先に身を投じて潰れたプレイヤーを乗り越え、混戦の中を進んだ。
途中、斬りかかってくる連中は魔導腕を用いて吹き飛ばす。けれども、いまいち吹き飛ばす距離が稼げず、手ごたえがない。
やはり、何らかのチートMODが作用しているようだ。
「勝負だ。レオナルド・マクスウェル!」
レッドに向かって新たな敵影が来る。それはグラム・グラス。エリンの元居た騎士団の団長だった男だ。
「邪魔をするな!」
レッドは再び魔導腕の魔素操作を使い、グラムを弾き飛ばそうとする。しかし、グラムは全く微動だにしない。
「何っ!?」
「隙ありだ!」
グラムは華麗(かれい)に宙を舞ったかと思うと、レイピアの細い切っ先をレッドに伸ばす。更に距離を近づけ、レッドの懐に入った。
「攻撃さえ届けば魔導腕を使う隙は与えない!」
グラムは片手を後ろに、レイピアを上手く扱ってレッドを逃がさない。しかもレッドは片手剣でレイピアを振り払うのが精いっぱいで、魔導腕を用いる暇がない。
「弱い弱い! 所詮は『居残り組』。戦いのスキルはこちらが上ですよ!」
「そうかもな。けれど戦いの年季は俺の方が上だ」
レッドは間髪入れずに片手剣を、投げた。
「何っ!?」
グラムはあまりにも急な奇矯(ききょう)にレイピアで片手剣を逸らすのがやっとで、一瞬隙ができた。
「魔導腕!」
レッドは浮かべた5つの浮遊窓腕の総力を結集して、グラムを歪めようとする。
しかし魔導腕の力が入る寸前、なんとグラムは防御したのだ。それも明らかにグラムの反応速度を越えてだ。
「っ! なるほど、自動防御(オートディフェンス)か」
「いかにも! しかもこの防御は職や相手の攻撃に関係なく、全ての行動を軽減させるのだ。おかげでこの通り、魔素操作とやらも弱体化だ!」
「……そうかい。いい情報をどうもありがとう」
レッドは急速に思考をする。すべてを防御し、すべてを軽減させるチートMOD。それでも無敵ではない。ならば対応策はいくらでもある。
「すべてを防御するなら」
レッドは蒸気銃を引き出すと、攻撃する。ただその攻撃は通常攻撃。なんのスキルものせていない。
「はははっ。無駄無駄。その程度でこちらは傷つかない!」
グラムはレッドの攻撃の全てを防御する。グラムの言う通り、銃弾は左右に掠(かす)め、届きさえしない。
「すべてを防御する。つまり逆説的にいえば、回避ができないわけだ」
「あっ?」
レッドは銃撃を繰り返しながら、魔導腕を操る。
とは言っても、グラムを攻撃するためではなく、ポーチからあるものを持ってくるためだ。
「火炎玉、氷結玉、雷撃玉、アシッド玉」
レッドが名を呼ぶそれらは、魔導によってできた魔導道具だ。どれも破裂すればその効果を発揮する、優れものだ。
「ヘドロ玉、ポイズン玉、火薬玉、水滴玉」
「……おいおい」
レッドは銃撃をしたまま、魔導道具のそれらをグラムの足元に転がした。
「避けられない。逃げられないは大変だな」
「ま、待て――」
レッドはグラムの言葉を最後まで聞きはしない。
「豪華もりだくさんだ。吹き飛べ!」
レッドは照準をグラムから足元の魔導道具に移し、銃撃で発破させた。
――ズドンッ。
それはまるで砲撃のような衝撃と爆発。グラムの周りで複数人のプレイヤーを巻き込み、土と欠片がばらばらと散った。
爆心地にいたグラムは当然、肉塊だ。それ以外の近くにいたプレイヤーも腕や足が無くなってしまった者が見られた。
けれどもプレイヤーたちは腕や足がなくなった痛みや不便さで戦いを止めない。皆が目の前の敵だけを見据え、闘争に狂っていた。
レッドは地面に突き刺さった片手剣を拾い、自分がターゲットになるのを避けつつ、白兵戦の中を駆けていく。
雑兵など相手にしない。目指すのはただ1人のプレイヤーだ。
「ケイ卿!」
ケイ卿は乱戦を高みの見物するように、1人だけ殿(しんがり)に立っていた。
レッドはやっとのことでそこに辿りつき、声を上げた。
「来たか、パーシヴァル」
レッドは片手剣を手に、勢いをつけてケイ卿へ飛び込む。
ケイ卿は待っていましたとばかりに、レッドの片手剣を自分の片手剣で受け止めた。
そうして互いの黒い刃が交差し、白い火花を放ちながら鍔(つば)迫り合いとなり、2人は顔を見合わせた。
「アンタさえ、アンタさえ倒せば」
「私を倒したところで形勢はかわらんよ。そもそも――」
ケイ卿の言う通り、戦力2倍の差は決定的だ。最低でも1人に対して2人以上で囲めるのだ。勝てる道理がない。
戦況は有志連合の敗北濃厚。その逆転のためにも、レッドは勝たねばならぬのだ。
「――私は負けるつもりなどないのだがな!」
ついにレッドとケイ卿の最後の戦いが始まった。
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